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明がお出迎え役を始めて、1時間程経つ、やや人見知りでこういうのは苦手だろうとは思ってはいたが、徐々に慣れていっているようで、ひきつり気味ながらも、なんとか笑顔を作れるようになっている。そんな明の姿を見ながら俺たち2年6組の生徒たちが働いているとき、懸念されていた問題が起きた。
「あの入り口のメイドの子って注文取らないの?俺あの子に接客してもらいたいんだけどさー」
「そうそうこの店ってメイド指名できたりとかしないのー?」
とうとう明が男の客に狙われたのだ。金髪のロン毛の男と剃り込みを入れたモヒカンの二人組、この二人の注文を受けに行った野川さんが、明について質問ぜめを受けていた。
「すみませんあの子はオーダーを取る方法まで教わっていないので……」
「えーそんなのいいからあの子にしてくれよー、俺あの子じゃないとやだー」
「ねえ、こっち来てくれよーじゃないと注文しねーぞー」
野川さんが明が注文を受けに来ない理由について説明したものの、聞く耳を持っていないようだ。明について他のメイドに質問する客は俺が見た限りでもちらほらいたが、しつこすぎる場合には三浦はじめ屈強な男のメイドたちが注意しに行く。しかしちょうど今は男のメイドは明しかおらず、迷惑な客を黙らせることのできるスタッフはここにはいない。
目をつけられてしまった明はやむなく助けに行くべきかとオロオロし、野川さんも出迎えと見送り以外はしなくていいと明に言った手前、迷惑はかけまいとどうにかこの場を凌ごうと二人の相手をするが、金髪とモヒカンはなかなか諦めようとしない。
あのメイド、実は男の子なんですと明かせば引き下がるかもしれないが、それは明が嫌がっているし信じてもらえない可能性もある。ここは明のご主人様第一号である俺の出番だろう。
「ちょっと失礼致しますお客様」
俺が野川さんとチャラ男コンビの間に横入りすると瞬く間に二人は不機嫌そうな顔になる。
「君のことは呼んでないだけどさあ、いったい何の用?」
「ええ、あの子がオーダーを受けられない理由についての説明を補足しに参りました」
「補足ぅ?」
俺の言葉に二人組は訝しげな顔をし、野川さんと明は心配そうに俺の方を見る。俺は二人にここは任せてほしいと目で合図を送った。
「実はあの子は……極度のドジっ娘なのです」
「……はあ?」
金髪とモヒカン、さらに野川さんとぽかんとした表情になる。明は俺をジト目で見ていたが、文句を言わないということは、ここはこのまま続けていいということだろう。
「ええ、あの子が運んだ皿は全て雲散霧消し、注文を取りにお客様の方に向かおうものなら体操選手ばりの宙返りを見せながら転倒し、仮にお客様の元に辿り着いたとしても、注文内容が覚えられず『生2つお願いしまーす!』としか言えないのです。ですからどうかここは私どもにやらせてもらえないでしょうか」
「お、おう」
どうやら納得したもらったようだ。結局この二人の注文は俺が受けることになった。明の視線が背中に突き刺さるが必要なことだったと思うので見逃して欲しい。
「でもドジっ娘ってそれはそれでいいよな」
「はあ?」
注文を取った後にモヒカンが呟いた。どうやらこいつはよくわかっているようだ。金髪にはわかってもらえなかったようだが。
その後二人は食事を終えるまでは意外と大人しくしていた。時々明に手を振ったりはしていたが、それくらいなら今までの客にもいたので大きな問題にはならない。
このまま何事もなく帰ってくれることを期待したが、しかしそうはいかなかった。
「ねえ、君いつから暇になるの?」
会計を済ませたチャラ男二人組は、そのまま店を出るのかと思いきや直接明をナンパして来たのである。どうやらまだ完全に明のことを諦めたわけではなかったようだ。
「……まだしばらくは仕事で」
「でも休憩なしにずっとってわけじゃないっしょ」
「連絡先だけでも教えてよー」
男にナンパなんてされるのは恐らく人生で初めてだろう。明はすっかりタジタジになってしまっている。
「なんでそんな嫌がんの〜。あ、ひょっとしてさっきの変な男が彼氏?」
「いや違います」
即否定された。嘘でも彼氏って言えば丸く収まったかもしれないのにそんなに嫌か。
「じゃあ別に良いじゃんかよ〜」
帰る気がなさそうな二人を見て俺が助けに入ろうとすると、明が「はあ」と溜息をつき、話し始めた。
「……こんな格好してますが、僕、本当は男なんです」
「はあ?」
流石に参ったのか本当の性別を明かすことにしたようだ。しかしチャラ男たちの顔は「何言ってんだこの可愛い娘」と言いたげな顔をしている。どうやらまるで信じていないようだ。
「いや男って……冗談にしたってひどいよそりゃー」
「証拠ならありますよ」
このタイミングで俺が割って入った。俺の顔を見てチャラ男二人はまた不機嫌そうになる。
「また君?さっきも出て来たけどさあ、この子がドジっ娘だとかそう言う話も多分デタラメでしょ?これ以上つまんない嘘つかなくて良いから」
確かにさっきの話はデタラメだが、今回のは本当だ。だから証拠を提示するのは容易い。俺は速やかにチャラ男たちに証拠品を見せた。
「これを見てください」
そう言いながら俺が二人に見せたのは俺が携帯で撮った明とのツーショットだ。俺が見せたのはただの写真だが、そこに写っている明が着ているのはメイド服でも女子の制服でもなく学ランである。
「こ、コスプレじゃなくて?」
写真を見た途端に顔色が変わり、にわかには信じがたいと言うような顔をした金髪が、俺に質問する。当然明の真の性別は男であるのでコスプレであるはずがない。仮にこれがコスプレだとしたら、この写真は学ランを着せられた女の子と彼女に学ランを着せる特殊な趣味を持つ男のツーショットだ。
「コスプレじゃありません。他にも写真はありますよ」
と言って俺は今まで明と今までに撮った写真を次々と見せる。そこに写っている明は首から上は女の子と見間違えてもおかしくないような姿だが、服装は普通に男物だ。まあ女の子が男の格好しているだけと言っても納得しそうではあるが、これだけの写真があれば流石にチャラ男たちも認めざるを得ないだろう。
「明、学生証持ってるよな。その時の写真は確か学ラン着て撮ったはずだから、それ持って来てくれ」
「う、うん。取ってくるね」
そしてトドメに明に学生証を持ってくるよう指示した。俺が今言ったようにうちの学生証の顔写真は全員ここの制服を着た姿で撮影している。それを見れば幾ら何でももう一発だろう。
俺の携帯に保存していた写真を呆然としながら見ていたチャラ男たちだったが、やがて震えだし、明が学生証を取ってくるのを待たずに金髪が怒鳴りだした。
「チクショウ!なんだよ紛らわしい格好しやがって!もう来ねえよこんな店!」
明らかに逆ギレだがとにかくようやく出ていってくれるらしい。金髪はモヒカンを引っ張って出ようとするが、モヒカンの方が動かない。何やら神妙な顔をしている。
「おい、何ボケッとしてんだ。さっさと出てくぞこんなとこ」
金髪が苛立ちながらどうしてかここを動こうとしないモヒカンに声をかけた。するとモヒカンは真面目な顔つきで口を開いた。
「なあこの際男でも良くないか」
「は?」
とんでもないことを言い始めた。この言葉には金髪だけでなく学生証を持って戻って来た明も口を開けて固まっている。
「だってよ、こんな可愛いし、ここに来てから何人にも声かけたけど全部断られてるし、だったらもうこの子で問題ないんじゃないかって」
「問題あるわっ!生物学的にっ!」
金髪が至極真っ当なツッコミを入れた。まあ俺の個人的な気持ちだとモヒカンよりな意見になるわけだが、これ以上ややこしくなっても困るのでここは何も言わないでおこう。
「いや冷静になって考えてみろよ、このままだと誰一人として女誘えないで男二人で学園祭回ることになるんだぜ?それなら少しでも華やかになった方が良いじゃねえか」
「男二人が男三人になるだけじゃねえか!お前が冷静になれよっ!」
なにやら二人で揉め始めてしまった。とにかく店の入り口で騒ぐのやめてくんないかな。まあそろそろ解決するとは思うが。
チャラ男たちが喧嘩していると突然教室の入り口の戸がガラッと開き、俺含めチャラ男たちはそちらに注目した。開かれた戸の奥には屈強な坊主頭の男たち、三浦を先頭としてその後ろには一緒に学園祭を楽しんでいたとだと思われる野球部員たちがズラッと並んでいた。三浦は休憩中だったので今はメイド服でなく、2年6組のメイドを除くスタッフ達が着ているものと同じ、我がクラスのオリジナルTシャツを着ている。
三浦が戸を開けると同時に教室内は静まり返り、チャラ男たちも喧嘩をやめて固まってしまった。三浦はそのチャラ男たちの方を睨み、沈黙を破る。
「すみません、うちの教室で揉め事を起こさないで頂けますか」
「……はい」
頭が冷えたのか、三浦のその言葉だけでチャラ男たちはあっさり教室を出て行った。
「水野くんごめんね。私がちゃんと対応できたら良かったんだけど」
「いや元々僕の問題だから、こっちこそ巻き込んでゴメン」
チャラ男たちがさった後、野川さんが結局明が自分の性別を明かすような事態になってしまったことについて謝るが、逆に明は巻き込んでしまったことを謝った。ゆいちゃんのお母さんと会った時と同じようなペコペコ合戦となった。
「それよりも、ありがとう三浦くん」
「おう気にすんな。つーかむしろ悪かったな、肝心な時にいなくて」
「いやいやカッコよかったよ三浦くん〜」
明が二人を追っ払った三浦にお礼を言い、三浦は謙遜するがさらに野川さんがおだてる。メイド二人に囲まれるとはなんて羨ましいやつなんだ。
「それにしてもちょうどいいところで来てくれたね三浦くん」
「ああ、それは真司の方から連絡が来たんだ」
「え、そうなの?」
三浦の言葉を聞き、野川さんと明が俺の方を見た。実はチャラ男たちに真司の写真を見せるため、携帯を取り出した時に、三浦に迷惑な客がいるから出来れば戻って来て欲しいとメッセージを送っていたのである。すぐに『わかった』と返信が来たため、三浦が間も無くやってくることは俺は知っていた。他の野球部員たちまで引き連れるとは想像していなかったが。
「ああ、出来れば俺の方でなんとかしたかったんだけどな。結局三浦に頼っちまった」
運動部員でなく、平均的な男子高生のスペックしか持たない俺が凄んだところで恐らく二人は怯まなかっただろう。どうにか機転を利かせて解決したかったが、結果的には二人を喧嘩させる原因を作ってしまった。
「いや、真司もありがとう。二人に話しかけられた時はパニックになっていたから正直助かったよ」
「そうそう、飯塚くんもありがとうねー」
俺もメイドさんに褒められた。嬉しい。超嬉しい。
「デヘヘヘ」
「キモいなお前」
そのくだりはもういい。お前には言われたくはないって今はメイド服着てないんだったな。
とにかくメイドさんの賛辞に気を良くした俺は、意気揚々とこれからも雑用に励むのであった。