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「様子を見に一旦教室に戻らないか」


 ゆいちゃん親子と別れた後、次はどこに行こうか相談し始めたところで俺が提案した。俺たちは学園祭が始まると同時に歩き回り始めたので、メイド喫茶の様子をまだ一度も見ていない。


「確かにお店の方も気になるね」


 俺の提案に明も同意し、教室に戻ることにした。2年の廊下を歩くと外装が飾り付けられた俺たちの教室、メイド喫茶が見える。そこでは多くの学生や学園祭の一般客が出入りしていた。ちゃんと客は入っているようだ。

 この光景を見て宣伝をしたかいがあったと満足しながら教室に入ろうとしたときだ。


「しゃあああぁぁぁせええええぇぇぇっ!!!!」


 野太い声と共に、やたらガタイのいい坊主頭のメイド服を着た男に出迎えられた。俺の後ろで困惑しているメイドと同じ種類の服を着ているとは思えない威圧感を放っているメイドは、俺たちの顔を確認すると「なんだ」と浅い溜息をついた。


「客じゃなくて飯塚かよ。無駄に声張っちまった」

「俺で悪かったな。それより今の出迎えはなんなんだよ三浦」


今俺たちを出迎えたメイド、三浦は、明と同様にメイド服を着せられたうえ、接客までやらされることになった男子生徒の一人である。明のように本当にメイド姿が似合う男など他にはいないので、2年6組の男メイドは明以外イロモノしかいない。


「最初は普通に『お帰りなさいませご主人様』っていってたんだけどよ、友達にふざけてさっきみたいな出迎え方したらウケたんでそれからはこうしてる」


 大半の客はドン引きすると思うんだが今も続けているということは意外と評判はいいのだろうか。


「2番テーブルメロンソーダ一丁、コーヒー一丁お願いしやーす!!」


 客の注文を取っているメイド、サッカー部員の高崎が太い声で叫んだ。まったく安らぎのない空間だなここは。まあ注文した女性客は喜んでいるから別に良さそうだが。


「どうやら今のとこらは上手く回ってそうだな。ガラの悪い客がトラブル起こしたりしなかったか?」

「俺の目が黒いうちはそんなことさせんよ」


 180センチ以上もの長身のメイドが頼もしく答える。むさ苦しいことを除けばとても優秀なメイドだ。


「ただ何も問題がなかったとは言えねえな……」


 と言う三浦の視線は明の方に向いていた。そこで明が何か言おうとした時だ。


「あ、水野君いいところに!お願いだからちょっと手伝って~!」


 メイド服を着た野川さんが教室の入り口付近で喋っている俺たちに手を合わせながら突進してきた。明に用があるみたいだが、三浦がいいかけたことと関係しているのだろう。野川さんはポカンとしたままの明に説明を始めた。


「あのね、うちに来るお客さんが『廊下で可愛いメイドの子とすれちがったのですがこの教室の生徒ですか』とか『宣伝してたメイドはここにはいないの?』とか『あのメイドの子の名前教えて!』とかみたいに水野君のことばっか聞いてくるの!」


「う、うん」


 明は野川さんの勢いに圧されながらもなんとか返事をしているが、あまり状況が飲み込めていないようだ。


「でね、元々水野くんには宣伝だけやってもらうつもりだったんだけど教室の方も手伝ってほしいの!」

「えっ!?」


 野川さんのお願いを聞いた途端、明は間抜けな声を上げて凍り付いてしまった。やはりその格好で客の相手をするのは嫌なのだろう。


「……僕は注文の取り方もわからないんだが」

「大丈夫!そこまでやってもらわなくていいから!ただお客さんに『お帰りなさいませご主人様』と『いってらっしゃいませご主人様』って言ってくれるだけで十分だから!」


 なんとか免れようとする明だったが、余程客に明について聞かれたのか、野川さんも逃がそうとはしない。

 仕方ない、どうやらここは俺が一肌脱ぐしかないようだ。


「野川さん、メイド服を貸してくれ、俺の中に眠る『ご奉仕の心』を呼び覚ます時が来たようだ」

「ありがとう飯塚君、気持ちだけ受け取っておくね。で、水野君お願い!お客さんへの対応についてなら何でもちゃんと教えてあげるから!」

「うーん、やっぱり不安が……」


 俺の覚悟は軽く流され、明に対する野川さんのお願いは続行した。ありがとうと言ってもらえたのがかえって虚しい。



「……わかったよ、お客さんの出迎えと見送り以外はしなくてもいいんだよね」


 結局先に折れたのは明の方だった。やはり押しに弱い。明の返事を聞いた野川さんは瞬く間に笑顔になる。


「ホント!?ありがとう!」

「ただ僕が男だと言うのはお客さんには言わないでほしい、これ以上変な目で見られたくないんだ」


 俺と校舎回っている間に散々好奇の目で見られたことに辟易しているようだ。もっともこの教室には悪い意味で存在感を放っているメイドたちがいるから相対的に明は目立たないような気がするが。


「うん!大丈夫!ちゃんと内緒にするから、じゃあ早速あっちで練習しよう!飯塚君、水野君借りるね!」

「うう、明が寝取られてしまったわ。この泥棒猫!」

「君は僕の何なんだ……」


 そそくさと野川さんと明は教室の隅に行ってしまった。これから明は野川さんにメイドのいろはを教わるのだろう。明のメイドとしての成長が楽しみである。


「水野が教室にいるんならお前は暇になるだろ。なんかコーヒー豆が足りねえらしいし買い出しにいってやれよ」


 俺たちがここに来てからも野太い声で客の案内を続けていた三浦が俺に声をかけてくる。何故こいつのメイド姿は許されて俺は許されないのか。

 それで買い出しに行けという話だったか、しかし俺にそんな暇はない。


「俺には明のメイドとしての成長を見守る使命がある。だから買い出しには……」

「御託はいいからとっとと行けよご主人様」


 教室の外へ追いだされてしまった。まったく強引なメイドである。誰かにしつけてもらいたいものだ。



 渋々と買い出しに向かうことにし、廊下を歩いていた俺は今日すでに一度顔を合わせた男と再び遭遇した。


「お、山下、ここにいるってことは今からうちに来てくれんのか」


 クレープ屋のノリの悪い店員、山下である。


「ああ、そのつもりなんだが何で一人で廊下歩いてんだ?水野はどうした」

「俺は買い出し、明はこれから教室でメイドやるらしい」

「え、水野もやんのかよ」

「やる予定はなかったんだが、急にな、今は接客の勉強中だと思う」


 今頃明は野川さんに何度も『お帰りなさいませご主人様』と言わされているだろう。野川さんが羨ましい、俺でさえ明に言われたことないのに。


「ふーん、じゃあ今店で客の対応してるの誰なんだ?他にもメイドいるんだろ」

「ああ、今入ればバスト100センチの悩殺ボディのメイドに出迎えてもらえるぞ」

「マジかよ、何でお前がそんな数字知ってるかは知らねえが今すぐ入りたくなったわ」


 そう言って山下は小走りで2年6組に向かっていった。山下が教室に入ると同時に廊下に「しゃああぁぁぁせええぇぇぇっ!!!!」という声が響き渡る。待望のメイドに出迎えられてさぞ幸せに感じられたことだろう。



「あー疲れた」


 買い出しを終えた俺は現在、教室に戻ろうと廊下を歩いている。スーパーについた後俺の携帯が鳴り、俺が買わなければならないものが追加されたため、大量の荷物を抱えながら羽目になってしまった。教室に辿り着き、ようやく一息つけると思いながら戸を開けた瞬間だった。


「お帰りなさいませご主人様」


 天使にお出迎えされた。今俺の目の前にはガワだけ真似た屈強なメイド野郎などではなく、可憐なメイドさん、明の姿があった。


「あっ真司か……」


 今自分がご主人様と呼んだ相手が俺であったことに気づき、メイドは目を逸らして頬を赤らめる。これこそが俺の求めていたものだ。


「いい……」

「キモいなお前」


 三浦が何か言ったが今の俺にはそんな言葉は耳に入らない。


「ラッキーだね飯塚くん!さっき明くんの練習終わって明くんがお出迎えするの飯塚くんが初めてだったんだよ!」


 恍惚としていた俺に野川さんが声をかける。どうやら俺が明のファーストご主人様を貰ったようだ。これはもう俺が責任を取るしかない。


「練習中にすでに何度も野川さんに言っているのだけどね」


 なんと明が俺の心を読んできた。これぞご主人様とメイドの絆がなしえる業か。


「さっきから全部口に出しているよ」

「おっと、ついうっかり」


 どうやら明と心が通じ合ったわけではなく、こみ上げる俺の熱いパトスが溢れ出てしまっていただけのようだ。


「キモいなお前」


 メイド野郎が再び口を出す。今のお前には言われたくない。

 三浦の格好がキモいのはおいといてついに我が2年6組にパーフェクトメイド明ちゃんが爆誕してしまった。このメイド喫茶はこれからますます忙しくなるだろう。

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