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「おー」
「すごーい!似合ってるー」
クラスメイトが一人の生徒を囲んで口々に賞賛の言葉を送る中、その輪の中心の人物の顔はひきつっていた。俺、飯塚真司の親友である水野明、彼は今この東高校2年6組の生徒たちの視線を独り占めしている、メイド姿で。
「どうして僕がこんな格好を……」
「だって一番似合うし!」
どうして彼がこんな格好をしているのかというと、うちのクラスの学園祭の出し物としてメイド喫茶にやることになったのだが、普通にやってもつまらない、ということで女子だけでなく一部の男子もメイドに扮装することとなった。
そういうわけでこのクラスで一番、いやおそらくこの高校でナンバーワンの女顔の美少年である明が、男子の中のメイド要因として、真っ先に選ばれてしまったのである。本人にやる気は皆無だったのだが押しに弱いことが災いし、渋々引き受けることになってしまった。そんな可愛そうな親友を慰めるべく俺は一声かけてやる。
「大丈夫だ、今のお前はどこからどう見ても素敵なメイドさんだ」
「それが嫌だといっているんじゃないか」
ジロリと睨まれるがその格好ではまるで怖さを感じない。むしろ少しドキッとしてしまった。我が友人ながら恐ろしいやつである。しかし残念ながらこのキュートなメイドさんが『お帰りなさいませご主人様』と決まり文句を言うことはない。明はメイド姿になる条件としてこの格好で接客をすることは断固として拒否したからである。では何をさせるために彼はメイド服に着替えさせられたのだといえばだ。
「じゃあ行こうか、デートに」
「気持ちの悪いことを言わないでくれ、ここの宣伝をしに行くんだろう」
ここ2年6組で催すメイド喫茶の宣伝をするためにメイド姿で校舎中を回るのである。正直こっちの方がきついような気がしないでもないが、まあとにかく明は15分ほど迷ったうえでこの姿で接客よりはマシだとこちらの方を選んだのであった。
ついでに俺も明と一緒に宣伝をしに回るのだが、別に俺はメイド服を着ていない。代わりに「可愛い子いっぱい!2年6組でメイド喫茶営業中!!」とでかでかと文字の書かれたTシャツを着ている。このTシャツを着た俺とメイド服の明が並んで歩くことでうちの教室の宣伝をするのである。
『これより東高校学園際がはじまります。生徒の皆様および、本日お越しいただいた皆様、今日一日存分にお楽しみください』
校内放送が学園際の始まりを知らせ、教室中がワァッと盛り上がる。まもなくこの高校の校舎中、学生と外部客で溢れるようになるだろう。俺も宣伝役として身が入る。
「じゃあ水野君、飯塚君いっぱい宣伝してきてね~」
「はーい、いってきまーす」
「本当に行くんだ……」
クラスの中心人物である野川さんと他クラスメイト達に見送られ、俺とメイドの学園祭デートは幕を開けた。
明と一緒にブラブラと校舎を歩き始めるが、常に周りからの視線を強く感じる。とは言ってもその視線は全て、俺ではなく横の明に向いているのだろう。明も周囲の視線には気づいているようで落ち着かなそうにして俯きながら歩いている。
「ずっとこうして歩いているだけなのかい?」
そう言う明はすでにやつれた顔をしていた。誰かとすれ違うたびに二度見されることにげんなりしているのだろう。どこか教室に入って人の視線から遠ざかりたいのだろうが、この学園祭においての俺たちの仕事はメイド喫茶の宣伝であるので、そういうわけにはいかない。
「普通に買い食いとかして楽しむつもりだが、人気のないところにいくつもりはないぞ」
「はぁ、わかったよ」
溜息をつきながらも腹を括ったらしく、さっきまでより堂々と歩くようになった。凛とした顔で歩く姿が画になり、今までよりさらにに注目を集めるようになった気がする。
「それで行き先は決まってるのかな」
「早速だが何か腹に入れようと思う」
「始まったばかりなのにいきなり食べるのかい?」
「ああ、腹が減ってはメイドができぬと言うだろ」
「そんな諺はない」
俺の提案により、とりあえず何かを買って食べる方向に決めた。それで今度は何を食べに行くかという話になる。
「せっかくだから学園祭ならではのものが食べたいね」
明が意見を述べる。基本的にクールな男なのでこういう祭りごとには関心が薄いタイプだと思われがちなのだが、やるとなったらきっちり楽しもうとするやつだ。
「学園祭ならではの食べ物……牛丼とかか」
「牛丼のどこが学園祭ならではなんだ。そもそも昨日、一緒に食べに行っただろう」
そして俺のボケにいちいち反応してくれる優しいやつなのである。
「お、真司じゃねえか、それとそっちのメイドはひょっとして明か?」
何を食べるか相談しながら明と歩いていると突然男に声をかけられた。声がした方を見ると男子生徒が甘いにおいを漂わせる屋台の中で立っており、ホットプレートの上で何かを焼いている。屋台の上に掲げてある看板を見ると『甘くて美味しいクレープはいかが?』と書いてある。
「クレープ!いいじゃないか、ここで食べよう」
そう言いながら明は屋台の方に駆け寄っていった。相変わらず甘いものに目がないやつである。
「おお、好きなモン選んでくれ、もちろん真司も買うよな?」
そういって俺たちに声をかけた男、山下は俺に視線を向ける。俺はまだ何も言ってないのだが、明はすでにここのクレープを食べる満々のようなので、俺も買うことにしよう。
「僕はイチゴチョコクリームで」
「あいよ」
明の注文に山下が笑顔で返事する。俺はどれにするかな。
「じゃあ俺は……キャラメルカスタードで」
「おう」
「それとスマイル1つ」
俺がそういった途端、山下は真顔になり、その後も黙って手を動かし続けた。まったくノリの悪いやつだ。
「へいイチゴチョコクリームとキャラメルカスタード、お待ちどう」
注文してからしばらく待った後、出来上がったクレープを山下から受け取った。会計は調理中に済ませたので、俺たちはクレープを受け取ると、すぐさまかぶりつく。
「うん、すごく美味しいね」
明は満面の笑みを今日初めて見せた。メイド姿も相まって老若男女問わず一撃で虜にしそうな犯罪的な可愛さである。
「少しでいいから明貸してくれよ。ここでクレープ食ってくれてるだけで宣伝になる」
山下が明の笑顔を見てそんなことを言い出すが、当然認められるわけがない。
「明は俺の、もとい2年6組のメイドだから駄目だ。うちでメイド喫茶やってるからお前も後でこいよ」
「好きでこの格好してるわけじゃないんだけどね」
多分山下は後でうちの教室に来てくれるだろう。あとここで明のお食事タイムを見ていた他の客達も。無事ここでの宣伝が完了したので俺たちはクレープ屋を後にするのだった。
クレープをかじりながら明と並んで歩いていると、明が俺の顔をじっと見つめていることに気づく。クレープを幸せそうを食べる俺の笑顔が明の母性本能をくすぐってしまったのだろうか。
「真司、頬にクリームがついているよ」
「え?俺の頬についたクリームを明が舐めとってくれるって?」
「そこのトイレで顔を洗うついでに頭も冷やして来たらどうだ」
相変わらずつれない反応をしてくる。たまには「もう!変なこと言わないで!」「でも、もし真司が本当にして欲しいんだったら……してあげても、いいよ?」ぐらいのことを言ってほしい。と思ったがそれはもはや明ではないのでやっぱりいいや。
「というか明も頬にクリーム付いてるぞ」
俺がそう言うと同時に明はズザザと素早く後退し、俺と距離を取った。さらに自分の顔をクレープを持っていない方の手でガードしている。まったくもってこの態度は心外である。
「何をそんなに引いてるんだ、まさか俺に頬を舐められるとでも思ったのか?するわけないだろ、人がいるのに」
「いなければするのか!?」
冗談だよ、半分ぐらい。
「あ、藤田先輩から『うちでお化け屋敷やるから是非来てくれ』って言われてるんだった」
クレープを完食し、腹ごしらえを終えたところで、学園祭前に聞いた、先輩からの言葉を思い出す。藤田先輩は俺と仲のいい先輩であり、明との面識はない。
「……じゃあ勝手に行けばいいじゃないか」
「なんだその言い方は、まるで俺に一人でお化け屋敷に行ってこい言っているみたいじゃないか。男一人でお化け屋敷に入るなんて寂しい真似できるか」
「男二人でも虚しいのは同じじゃないか」
「何を言ってる、今俺の隣にいるのは可愛いメイドさんじゃないか」
「誰が可愛いメイドさんだ」
いやだって可愛いもんは可愛いし。これに関しては俺が間違っているとはこれっぽっちも思えない。
そんな会話をしながら藤田先輩がいる3年4組の教室に向かうために階段を上がる。ぶつぶつ言いながらも明も付いてきてくれた。いい友達だ、何が悲しくて俺の友達なんかやっているのだろう。
「おう、よく来てくれたな」
3年4組までやってきた俺たちに椅子に座った藤田先輩が声をかけてきた。椅子に座る先輩の前の机の上には小銭が入った小さな金属の容器が置いてある。どうやら先輩がこのお化け屋敷の受付をしているようだ。
「ってか、なに可愛い彼女連れてきてんだお前」
「先輩、これが俺の友達の明です」
「……どうも水野明と言います」
明は人見知りのせいか、今の格好が恥ずかしいからか、うつむきながら藤田先輩に挨拶をする。
「ええっ、この子がお前がよく話してた友達かよ。本当に男には見えねえな」
「どうです?うちの明は可愛いでしょう」
「何でお前が威張ってんだ」
胸を張る俺にツッコミを入れながらも、藤田先輩はしげしげと明を眺めた。その間、明は何でもないような表情で、先輩からの視線を受け止めて立っていたが、よく見ると若干頬が赤らんでいた。やはり可愛い。
「しかし、凄いな。性別を間違って生まれえきたとしか思えん」
「何言っているんですか先輩、明は男だから良いんじゃないですか」
「君が何を言ってるんだ」
明は冷たい視線を俺に浴びせた。冗談だよ、3割ぐらい。
「まあこの子の格好についてはおいといてだ。ここに来たってことは当然入っていくんだよな?」
そういいながら藤田先輩は教室の入り口を指さす。教室は黒いカーテンで覆われており、入り口の戸には大人50円子供10円と書かれた画用紙が貼られている。
「ええ勿論、それにしてもメイク凄いですね」
お化けの屋敷内の仕掛け人となる生徒は当然なにかしらの仮装をしているのだろうが、受付をしている先輩もお化けの格好、ゾンビのメイクをしていた。顔は緑色に染まり、目には縦に大きな傷のメイクが施され、さらに矢が刺さったカツラをかぶっている。
「ああ、気合入ってるだろコレ」
「ええ、とてもよく似合ってますよ」
「あれ、今、俺後輩に馬鹿にされた?」
俺と明は先輩に50円玉を渡し、お化け屋敷の中に入っていった。
「暗いな……」
明が不安そうにつぶやく。お化け屋敷の中に入ると小さな懐中電灯を渡されたが、こいつの出す光は頼りないもので、ピンポイントに照らしている部分以外はまともに見えない。しかも複数人数で一緒に入ると、そのうちの一人にしかくれないようで、俺には懐中電灯が手渡されたが明には渡されなかった。
教室を使っているのでお化け屋敷全体は、あまり広くない。入り口から出口までの距離が長くなるようにするため、通路が狭くなっている。俺と明が並んで歩くことは出来ないので、懐中電灯を持っている俺が前を歩くことになった。
「どうした明、怖いのなら手を繋いでやろぶわっ!」
明をからかおうとしたところ、俺の顔に何かひんやりとしたものが当たる。正面を懐中電灯で照らしていたにも関わらず顔に当たったから、どうやら紐か何か俺が通りかかる瞬間に顔の前まで下ろしてきたのだろう。
「わっ!ど、どうしたんだ」
「なんか顔に当たった。多分こんにゃく」
「なんだこんにゃくか……」
俺の声に動揺を見せた明が安堵の声を漏らす。てっきりこういうので本気で怖がったりはしないと思っていたので意外な反応だ。
「何だ、マジでこういうの苦手なのか?」
「……別にそんなことはない」
俺にからかわれると思ったのか誤魔化すようにそっぽを向いてしまった。本気で嫌なら戻ろうかと心配していたんだが。まあ強がることが出来るぐらいなら苦手だとしても致命的なレベルではないだろう。
引き続き俺が前を照らしながら進んでいくと不意に明から声をかけられた。
「……真司、僕の服の裾を引っ張るのをやめてくれないか」
そう言われても俺は右手に懐中電灯を持ち、左手は遊ばせている状態で明には指一本触れちゃいない。
「明、俺はお前の裾を引っ張ってなんていないぞ」
「えっ、でも……」
「ほれっ」
俺が明を懐中電灯で照らす。明の裾を引っ張っている白くて細い腕が見えた。その腕は通路の壁から生えていた。
「うわぁっ!?」
裾を引っ張る腕の正体に気づいた明は驚いて飛びのいた。これまた悲鳴も可愛らしい。
「今の腕は女の人の腕かな、いい仕事しますね、グッジョブ」
俺が壁から生えている腕に親指を立てると力強く親指を立てて応えてくれた。ノリのいいお化けだ。山下も見習ってほしい。
こんな感じのドッキリに引っ掛けられ続けながら俺たちはお化け屋敷を突き進み、出口まで辿り着く。道中で何度も明が「ひっ!?」とか「ひゃあっ!?」とか悲鳴を上げてくれて、そのたびに幸せになれた。暗くて表情まで見れなかったのが残念だったが、とても有意義な時間だったと思う。
「よお、入ってみた感想どうだ?なかなか凝ってただろ」
お化け屋敷を出ると再びゾンビ男、藤田先輩に声をかけられた。
「怖かったです……」
「はは、そうだろう」
正直な明の感想に先輩は笑みをこぼす。
「お前はどうだった真司」
そういって先輩はニヤついてる俺にも感想を聞いてきた。
「ええ、凄くドキドキしました」
「お前のドキドキはなんか違うドキドキな気がするが、まあ楽しんでくれたようで何よりだ」
先輩は俺の邪な心に気づいていたようだが、それを無視して満足そうにうんうんとうなずく。
「あ、そういえば先輩、他に何かおすすめの出し物ってあります?俺たち、うちの教室の宣伝も兼ねて適当に回ってるんですけど」
お化け屋敷も堪能したので話題を変え、他にどこか面白いことをやっているところはないか聞いてみた。すると藤田先輩は「うーん」と首を捻り出す。
「俺のおすすめ?つっても俺もまだ見て回れてないからなあ……そういや俺はまだ見てないけど、今年の映研の作品は面白いらしいぞ」
映研の話は俺も聞いたことがある。何でもうちの映研は普通の高校よりも規模が大きいらしく、毎年学園祭になると確かなクォリティの作品を披露し、入場者を楽しませているらしい。
「映研か、次はそこでいいか明」
「うん、僕も見てみたいな」
クレープ屋、お化け屋敷に続いて映画と、完全にカップルのデートコースを歩んでいることに気づいていない明は、この提案に賛成する。
「じゃあ、俺たちはこれで、先輩も良かったらうち来てください」
「藤田先輩、お疲れ様です」
「おう、お前らも頑張れよ」
こうして俺とメイドはゾンビに別れを告げた。周りから見ればかなり奇妙な光景だったろうな、俺たち。