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9 真実




 明くる日、起きたら全てが全て、一部として夢ではなくて現実であった。

 やけに自分の体温だけではない温かさに包まれていたというか、むしろ身体に直接伝わっていた。


 目の前に、起きてすぐに見るには心臓に悪いくらいの綺麗すぎる寝顔があった。


 目を閉じてみる。開く。

 ぎゅっと閉じて、開く。

 消えない。夢ではない。視界以外の感覚は閉ざされないけれど、ビアンカはちょっぴり期待していたのに現実とは実に容赦がない。

 城に来てお風呂で身体を磨かれて最終的に吸血鬼の王に寝室に引きずり込まれて――記憶が途切れている。が、記憶に間違いはなく、ビアンカは未だに腕の中だった。

 どうもここのところ満足に寝ていなかったから、意識が落ちればそのままだったようだ。おそらく。瞼はまだ重さを訴えてくる。


 しかし目覚めた目は再度閉じる気にはなれなかった。

 ビアンカは息を殺して近くの顔を見つめ、特有の赤い瞳が隠れた顔が眠っていることを十分に確かめる。

 それから意を決してもぞりもぞりと腕の中で身を捩り、脱出を図――れない。腕による拘束が、思わず寝ていることを再び確認してしまうほどびくともしない。


(……このまま、待つしかないのでしょうか……)


 どうにかして避けたいことである。

 この状態でまた眠りに落ちれられるはずもなく、腕の主が起きるまで待つなんて考えただけで途方がない。


「陛下、いらっしゃいますかー? 起きてます?」


 誰か来た。扉の向こうから声が届けられている。


「入りますよー。おはようございます」


 間を空けず、返事も待たず、扉が開けられた。ろくに身動きできないビアンカが靴音に耳を澄ませていると、ベッドの傍にまでその人物は来たようで、


「あ、お姫様はお目覚めですね。おはようございます」

「お、はようございます……?」


 ビアンカの状態を気にすることなく、上から覗き込んできたフリッツの起こしに来たような言葉で、どうも今は朝らしいと知る。いやいやそんなことはいい。


「眠れましたか? あははわけわからないって顔してますね。すみませんねひとまず陛下起こさせてもらいます。陛下ー」


 のんきに笑われ、その上で吸血鬼の王を起こしにかかってしまう。

 その一声目で、ビアンカの側で目が開かれた。

 ぱちり、と。


「……」


 むくり、と。身体が起き上がった。

 同時にビアンカの身体に巻きついていた腕がなくなったことも意味していたが、ビアンカは急に起き上がった吸血鬼の王に呆気にとられていた。

 美しき吸血鬼は膝を立てて顔を下に向け、身体の横に手をつき動きを静止した。その様子は、白金の髪が起きたばかりで乱れていることも障害にはならずまるで一枚の絵画のようで――


「待っていても起きていらっしゃらないので入らせていただきました。どうでしたか?」

「……」

「快眠だったようですね」


 その頃我に返ったビアンカも身を起こしており、毛布にくるまりじりじりと念願の距離を置くために後退する。

 吸血鬼の王から目を離さずにじりじり、じりじり……視界に収め続けている男が動きを見せた。その直後にビアンカがとっさに大きくより下がろうと思って、後ろについた手は空を切った。

 前ばかり見ていてベッドの端まで来てしまっていたのだ。身体が背から後ろに傾き――


「……あ」


 手を、掴まれていた。

 ビアンカの手を掴んでベッドから落ちることを止めてくれ支えてくれていたのは、吸血鬼の王だった。


「…………落ちるぞ」


 寝起きだからか掠れた声と薄く開いた赤い瞳が向けられ、クイ、と手を引かれてビアンカはベッドの上に帰還する。

 離された手にははじめて気がついたが指に一つだけ指輪がはめられており、さっき掴まれた手に感じた固いものはあれだったのだとどうでもいいことが分かった。

 ビアンカが意味もなく手を目で追う中、暗いので指輪の金色の輝きを鈍くさせながら手はゆっくりと戻ってゆき、吸血鬼の王は自身の髪をかきあげた。気怠げに見える。


「あの、あ、ありがとうございました……」

「……ああ」


 短い声を出してから目をゆっくり閉じ、次に開くとその王はベッドから立ち上がった。

 無言の行動を目で追うビアンカは、扉に向かい、出ていくかと思われた姿にふいに手を伸ばされわしゃわしゃと髪をかき混ぜられた。

 それから王は今度こそ扉から出ていった。


 ……撫でられた、のだろうか。ぐしゃぐしゃになった髪の絡まりそうな部分を手探りで、心がそこにない状態で直しているのかさわっているだけなのかと指で触れながら、ビアンカは隙間が空き閉じきっていない扉を見続けていた。


 雰囲気がまるで違った。


「まだ完全に覚醒してらっしゃらないみたいですね、あれは」


 そういえば出ていったところは見ていないフリッツは何をしているのかと思えば、にこにこと笑っていた。

 ついて行かなくてもいいのだろうか。それとも、そろそろこの意味が分からない状況を説明してくれるつもりなのだろうか。


「陛下は不眠症までとはいかないんですけど、長く眠れないし質が良くない方みたいなんですよ」

「……え、でも、」

「それが、いつからか知りませんが連れて帰って来ていた狼が寝室に忍び込んできて寝たときに睡眠の質が改善したらしく……要は生き物の温もりがちょうどいいということなんでしょうかねー」


 にこにこと、それは他人事のように話す。


「それならばそもそもお妃様を見つけられては? と思うわけでして周りが勧めていたのですが、えーとどれくらい前かは忘れましたけどさすがに普段は暴力に訴えようとしない陛下も限界が振り切ったようで机を飛ばしまして、やめたんです。いらない世話をするものじゃありませんね」

「はぁ……」

「結局狼が抱き枕代わりになるのならいいか、なんて」


 なんて。

 冗談っぽく軽くフリッツは言っているが、ビアンカは置かれた状態から身に覚えがありすぎて笑えない。


「…………抱き枕……ですか。……あの、つまり、わたしは」

「陛下をよろしくお願いしますね」


 人良さそうに微笑めばいいというものではないと思う。ビアンカは途方に暮れた。



 ――『狼枠』は実は抱き枕枠だったのです。






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