表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/86

庭と花と散歩事情 中編







 花をもらった。

 例の、新種だという花だ。

 植木鉢であれば、室内でも楽しめるからと、まだ花の咲いていない状態のものをもらった。

 すでに蕾はついていて、後は咲くのを待つばかり。

 花瓶に飾ってある花とは異なり、咲いてゆく過程を見られると思うと、どことなく楽しみだった。


「ガウ!」


 小さな小さなじょうろを手に、日課となっていた水やりのためにバルコニーに出ようとしていたら、先に出ていった銀毛の狼が吠えた。


「どうしたのですか?」


 何事かと、カーテンを避け、ビアンカは後からバルコニーに出た。

 出てみると。


「あ」

「お姫様、どうしましたか?」


 後ろからのアリスの問いに、ビアンカはじょうろを手にしたまま、振り返り、目にした事実を伝える。


「──咲きました」


 水をあげ続けること五日。

 部屋の外に置いていた植木鉢に、光る花が咲いていた。庭で見たものと同じく、淡い青い光を発する花びらだった。

 教えるためにカーテンを開いたため、部屋から少しだけ灯りが漏れて輝きが薄れたけれど、確かに、あの光る花だ。

 ビアンカの報告にやって来たアリスがやって来て、花を見て、たちまち瞳と表情を輝かせた。


「綺麗ですね! お姫様!」

「はい」


 ビアンカは水をあげることしかしていないから、直前まで育てていた庭師がすごいのだ。

 しかしながら、自分で何かを育てることは初めてだったビアンカは、数日水をあげた花が咲いたことに何やら感慨深い。

 今日もとても綺麗に光が見えると、しばらく花をじっと眺めていたけれど、空に月が出ていないことに気がついた。

 雲っているのではなく、月がない。

 新月か。

 どうりで。


「が、ガウちゃん。食べては駄目ですよ」


 銀毛の狼が、くんくん花のにおいを嗅いでいたかと思えば、ちょっと口を開いたから慌てた。


「ガウ」


 本当に食べようとしたのかは定かではないけれど、銀毛の狼は素直に口を閉じて、身を引いた。


 しかし……。

 ビアンカは、月の姿のない空を思いながら、改めて花を見下ろす。

 空は、当然夜空だ。夜。帝国は、夜の時間の方が長く、朝昼の方が短い。つまり、太陽が出ている時間も短い。

 この国の草花は、月光で育っているのだろうか。わずかな時間の陽光で育つのだろうか。

 今更なことを思った。


「……月光で育つと聞くと、とても素敵に聞こえますね」


 光る花は、明かりのない夜に合わせて咲いてきたかのように、鮮やかに咲いている。

 そのとき、不意に、この不思議な花をくれた庭師の言葉を思い出した。

 あの庭師がこの花を最も見て欲しいのは……デューベルハイトではないだろうか。

 この城は、誰よりも、この国の王のもの。庭も王のもの。

 その庭を彩り、整える庭師。


「ガウ……」


 花を見つめ続けるビアンカの側で、狼が鳴いて軽くビアンカに身を擦りつけた。

 ビアンカは、ほぼ無意識に狼を撫でる。


 庭師は、デューベルハイトは花が興味がないだろうと言った。ビアンカが見て欲しいと思うのも、勝手だろうか……。

 せめて、この植木鉢だけでもそっと置いておいてもらおうか。余計なお世話だろうか。

 そっと、小さな植木鉢に手を添え、持ち上げてみる。意外と重い。

 ここに置かれるには、図書館での本のようにアリスが持ってきてくれたのだ。そもそもいつも本だって何だって運んでもらってしまっているから、元々貧弱だったのが、より貧弱になっているのでは。

 ビアンカがこっそり置いていくのは、色んな意味で困難そう……。


「ここで何をしている」


 綺麗な花が咲いたにしては、似つかわしくない顔で花を見つめていたビアンカは、びっくりした。

 びっくりして、手にしていた植木鉢から手が滑りそうになった。

 否、手は滑らなかったが、手の力が緩んで、植木鉢が滑った。


「──あ」


 と、零れた声が虚しく落ちた。

 落ちてしまう。意識のどこかが、植木鉢が手から滑り落ちる感触に悟った。

 だけれど、ビアンカの手が植木鉢を追いかけられるかと言えば、とっさと言えど、とっさだからこそ機敏に反応できなくて。

 数秒後には、夜の静寂を裂く音が響くかと思われた。


 思われた、が。

 ビアンカの後ろから、落ち行く植木鉢を易々と捉えた手があった。

 植木鉢の落下を阻止した手に、ビアンカは背後を見上げる。

 手を辿り、腕を辿るよりも前に、現れた人が背が高いことが分かっていた。


「デューさま」


 後ろに、いつの間にかアリスはおらず、音もなく現れていたデューベルハイトは、赤い瞳でビアンカを見下ろす。


「あの、ありがとうございます」


 それ……、とビアンカが植木鉢を控えめに示すと、赤い瞳が植木鉢を一瞥してから、その手がビアンカに返すように植木鉢を下ろしたので、ビアンカも手で植木鉢を迎い入れた。

 小さな植木鉢を、思わず抱き締めるように受けとる。

 ほっとした。落としただけでは花は枯れないかもしれないけれど、もう少しで、庭師が育てた花を台無しにするところだった。

 もう間違っても落とさないようにと、ぎゅっと植木鉢を包む。


「それは何だ」


 上から降ってきた声が、簡潔に問うた。

 ビアンカが見上げると、デューベルハイトの目は、ビアンカの腕の中を示した。花が咲いた植木鉢である。


「花、です」


 それ以外に答えはなく、ビアンカは答えたが、言わずとも、そんなこと分かっただろう。そんな単純なことをデューベルハイトが問うはずはない。かといって、他に心当たりの答えはなく、口がとりあえず別の情報を付け加える。

 ここで何をしているのかと、問われた気もしたから。


「庭師の方にもらって、ここで、育てていたのです」

「庭師に?」


 デューベルハイトが掬い取ったのはその部分だった。


「誰だ」


 誰、とは。

 庭師と言ったばかりのビアンカは、とっさに差し出すべき情報を見つけられなかった。


「アリス、誰?」


 妙な間を空けることを防ぐように、答えを異なる者に求める声がした。

 どうやらデューベルハイトの後ろにいるらしいフリッツの声だ。部屋の中にいるはずで、同じく姿の見えないアリスに尋ねた。

 それに対し、


「デズモンド様です!」


 アリスが元気よく答える声が聞こえてきた。

 続けて、アリスはこの間庭に出る許可をもらったのは、その庭師(デズモンド)に誘われたためだと明かした。


「だそうです、陛下」

「そういえば、あれは庭師になったのだったか」


 フリッツにより、ビアンカから得るより余程手際よく引っ張ってこられた情報に、デューベルハイトが呟くように言った。


「あ、あの」


 植木鉢を抱く手に力が籠りながら、ビアンカはデューベルハイトに声をかけた。

 言うなら今。言えるなら今しかないと思った。

 この植木鉢の花がいつまで咲いているのか、庭のあの花がいつまで咲いているのか。

 ビアンカが勇気を出すのが先か、迷っているうちに枯れかねなかった。


「新種のお花だそうです」


 あの庭師の吸血鬼が、「意図して作ったものではないため、理由も分からなければ、いつまで咲いているのかも分かりません」と言っていた。

 もしかすると、もう二度と見られないかもしれない。


「お庭に、たくさん咲いていて」


 夜に浮かび上がるように、自ら光る花なのだ。


「その……とても綺麗で」


 綺麗で、綺麗で。

 自分だけが見るのも、知っているのももったいない気がして。


「……デューさまにも、」


 見てもらいたいような気がしたのだとは、忙しいデューベルハイトに言うには、声が小さくなった。


「私に?」


 デューベルハイトは、ビアンカの小さな小さな言葉を拾い上げた。

 彼の首が僅かに傾げられたので、ビアンカは遠慮がちに頷く。

 言ってしまったなら、後には引けない。下から、そっとデューベルハイトの様子を見つめること、少し。


「それならば、案内しろ」


 すんなりと言われた、つまりは庭へ出るという意より、ビアンカの意識が引っ張られたのはその言葉そのものだ。

 案内、とは。

 ビアンカは大きく瞬いた。








 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ