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番外 王に問い詰められた結果、




 ブルディオグ帝国、城の図書館は図書館と言うだけあって独立した建物を持ってはいると言えるが、城の中から行くことが出きるように一つの通路で繋がっている。

 気配を消して後ろにいたフリッツとアリスにより開かれた重そうな両開きの扉の向こうは、本棚が規則正しく並べられた静かで落ち着いた雰囲気の漂う空間が広がる。


 壁に本棚が埋まっていると表現すれば良いのか壁はすべて本棚のこの場は一階部分には壁以外にも本棚が並べてあるが上を見ると二階以上は天井で区切るのではなく、円を描くように十分な幅の通路が設けられいることで本の壁に囲まれながらも解放感のある空間となっている。

 塔のように長く、二階三階以上の高さを見上げると一番高い天井には灯りが吊るされているシャンデリアを見つけられる。そう、この空間は吹き抜けになっているのだ。

 手すりの向こうを歩くゆったりとした服装の姿はおそらく図書館に勤める司書の吸血鬼。


 収納としては一階二階と分けて床を作り本棚を置いた方が多くの本を収納できるのかもしれないが、ビアンカは初めてこの場に入ったときにこちらの方が素敵だと思った。

 それに地下にも何階分かあり、そちらは吹き抜けではないそうなので収納は十分なのだと思われる。そもそも、こんなに広いのだ。







 アリスが借りていた本を、デューベルハイトが持ってくれていた分も含めて返しに行ってくれた。

 その間にビアンカは今回借りる本を見て回ることに。


 ただ、すぐに問題に行き当たった。

 ビアンカの身長では自力で取ることができる範囲は限られている。結果としていつもはアリスに頼んでしまうことになるわけで、歩きはじめて五分、興味を引かれる本は明らかにビアンカの手の届く範囲外にあった。

 アリスはいない。顔見知りになってきていた司書も今日はお休みか、姿が見えない。

 どうしたことか。


 ……今度にしようとしっかり本の位置を記憶に刻みつけて判断したのはビアンカの判断速度としては異例の三十秒足らず。


「これか」

「――え、あ、ありがとうございます」


 まさに立ち去る直前、デューベルハイトが取ってくれた。そのまま「では私が預かっておきますねー」と本はついて来ていたフリッツの手に吸い込まれる。

 見事な流れである。


 再び歩きはじめたビアンカは当然綺麗に並ぶ本を見ているのだが、実は意識は別の方にいっている。

 隣を歩くデューベルハイトへ。


 デューベルハイトの隣を歩くことは新鮮だ。どうしてそのように感じるのかと考え、思い返してみると、ビアンカは出会った当初からデューベルハイトに抱き上げられて運ばれていたような記憶がある。横に並んでみると彼はとても背が高いことを改めて実感した。


 最初はそのくすぐったいような感覚に浸っていた。


 ――彼が喜ぶこととは何なのだろう


 図書館に行こうと部屋に出てくる前に考えていたことを、フッと思い出した。

 ビアンカは何か、デューベルハイトが喜んでくれるようなことをしたい。それはビアンカが彼から与えられること、与えられてきたことに感謝をし、その結果もったいないほどの夢ではないかと思うほどの幸せで満ちているから。


 だから、本人を改めて見てみると何かしら思いつくこともあるのでは――とここへ来るまでもしていたこと。ちらっちらっと、こそこそ窺って見てみる。

 その行動も一度「どうした」と言われたことを気にして出来る限り視線を感じさせない方がいいと目を向ける時間を短くしていた。

 ――が、それが余計に不審に見えることになろうとは思ってもいなかった。


 デューベルハイトは彼よりももっと背の高い本棚を見上げている。どこにいても自然に見えてしまう彼なので、図書館という場所にも見事に馴染んで……というよりは絵になりそうな光景にしていた。

 おそらく何をしていようと、周りが取り込んでしまうのではなくデューベルハイトのその容貌と雰囲気が周りを飲み込んでしまうのだ。

 と、目的も忘れて見とれてしまっているとわずかに上に向けられていた顔が戻り、赤い瞳がこちらへ動く。ビアンカが我に返って視線を逸らす前に――目が合った。


 気がつかれた。でも今目線をずらすのはおかしい。

 ビアンカが二度目のことに判断が遅れ目を逸らせないでいると、デューベルハイトはずっと見ていたことなんて分かっていたように表情を全く動かさずに止まった。ビアンカも止まる。


「ビアンカ」

「は、はい」

「言いたいことがあるのならば言え」


 言葉だけ聞けば突き放したように聞こえるかもしれない。しかしながら声は厳しく問い詰める響きではないから、単純にどうして分かったのだろうとドキリとした。


「……い、いいえ特に何もありません」


 動揺したビアンカは目をうろうろさせながらしどろもどろに、首も振りながらそう述べる。自分でも繕いようのない様子だと分かっていたが、言いたいことがあるわけではないからあながち嘘ではない、はず。


「それで誤魔化されると思うか」


 けれどデューベルハイトがそんな怪しい様子に納得するはずはなく、


「昨日はそのようなことはなかったな、今日私がいない間に何かあったか」


 「何」といえばベアトリスの話で色々考えるところが出てきたのは今日、一時間ほど前のことでズバリと言い当てられてびっくりする。それほどまでに気づかない内に様子にでも表れてしまっていたというのか。


「――私には言えないことか?」

「いえそんなことは……! …………ない、のですが……」


 含みのある声音にさっきより倍の勢いで首を横に振り力一杯の否定には力ない続きが付け加わってしまう。


「わたし……」


 歯切れの悪すぎる言い方にデューベルハイトが眉を上げたので何か言わなければと口を開いたのに、上手く言葉が思い浮かばない。

 何とかデューベルハイトを見上げて彼を見つめると、ビアンカの様子に不審ではなく違和感を覚えたのか、


「一体どうした」


 和らいだ声が問い詰めるそれではなく問いかけ、ビアンカの方に手が伸びてきて横髪を器用に避けて頬に滑る。あてがわれた長い指は元々上がっていたビアンカの顔をもう少しだけ上げてデューベルハイトとより真っ直ぐに顔を合わせる形にした。


「ビアンカ」

「……」

「お前は妙なところで強情なのは変わらないな」

「……あ、の……」

「無理に言わされたいか?」


 指が優しげな手つきで頬を撫でる。

 いつか見たように冷たいものではないが、隠していることを要求する赤い瞳は今にも不思議な色味を帯びそうな感じがした。


 その瞳と目を合わせて、ビアンカは呆気なくも言わずに心に留め置くことを諦めた。


 自分の失態をひしひしと感じているところだった。誰だってこのように明らかな隠し事をされて誤魔化されるのは良い心地ではないはずだ。

 このまま黙っていては良くない方へ進むことは明白。ああ、自分で見つけられない内に本人に言うことになってしまうなんて。


 情けないやらで伏し目がちになる。


「…………何か」


 溢した声は、とても小さなものだった。

 ビアンカは息を一度吸い直して続ける。


「何か、デューさまがお喜びになることを見つけたかったのです……」


 ベアトリスが膝枕をすればデューベルハイトが喜ぶと言ったことがきっかけだった。それがなければビアンカは気がつくことが出来ていたのだろうかと思うと、どことなく恐ろしい。

 普段される行動からして、ビアンカとデューベルハイトとの関係はおそらく良いものであるのだろう。

 しかしデューベルハイトが物、環境は挙げるまでもなく何もかもを与えてくれる反面、ビアンカは一体何をしたか。


 何もしていないと気がついたからこそデューベルハイトが喜ぶこと、そうではなくとも嬉しいと思うようなことを何か、何かそんなことを見つけて出来たらと思った。

 でも思っただけでそれを見つけることは容易ではなくて。本人の様子を窺っても分からなくて、あろうことかこのようなことになってしまった。

 せめて、何か見つかった後であれば良かったのに。


「私が?」


 問い返しにビアンカははい、と微かな声で認める。

 頬にある手、指の動きが完全に止まっていた。新たに問われることもなく、生まれた沈黙が痛いほどに感じられたビアンカは伏せたままの睫毛を震わせた。


「――わたしは」


 耐えきれずに開いた口は、さっき閉じたばかりのはずが動かし辛い。


「今、わたしはとても幸せです」


 ぽつ、と言葉が零れる。

 ビアンカはとても幸せだ。もちろんこの国に来てから良いことばかりとはいかなかったけれど、今は疑いようもなく幸せに満ちている。


「デューさまの側にいられることが、嬉しいです」


 何よりデューベルハイトの側にいられるから、嬉しい。

 そこに「でも」、がついてしまうのはどうして今まで気がつかなかったのだろうという重要なことに気がついたから。


「けれど、わたしは、デューさまに何も差し上げることができていません……」


 ビアンカの周りはデューベルハイトに与えられた「もの」でいっぱいだ。さらには側にいられて、優しく包まれて。包まれて、包まれているばかりであまりにも心地良いから気がつかなかった。

 一体、ビアンカに何が出来るのだろう。これは軽く見るべきではない問題であると思うのに、彼を目の前にして心の中の思いを明かすとなおさらに分からない。

 すでにこの身に余りすぎる幸福に値することを出来る自信はないし実際に出来ないだろうけれど、ビアンカは「何か」返したい。そう、強く思う。


「お前はそんなことを思っていたのか」


 ビアンカが途方に暮れた心地に陥って言葉を途切らせると、言うことを遮らずに黙して聞いていたデューベルハイトの声が落ちてきた。




「愚かだな」




 冷や水を浴びせられたように、ビアンカが不甲斐なさに握りしめようとしていた手から瞬きまで全ての動きが止まった。


 反対に、ビアンカがたどたどしく話している間頬に触れたまま一切の動きを止めていた手が動く。

 落とされた言葉を理解しきれていないビアンカは、目を伏せていることでもっと上げさせられる顔をどうすることもできずに、視界に入ったデューベルハイトの顔を目にする。

 彼がどのような感情を持っている表情をしているのか知ってしまう前にその顔が近づいていたから、ぎゅっと目を瞑る。


 引き結んでいる唇に柔らかく何かが触れた。


 驚きで唇からそれが離れるか離れないかのうちに思わず開いた目の先には、少し離れた位置からデューベルハイトの顔がビアンカを見下ろしていた。

 デューベルハイトの突然の口づけは今さらのことではあるが、このタイミングでそうされるとは思わなかった。

 愚かだ、と言われた。

 言葉の意味を頭のどこかが捉えて、血の気が引くようだった。ビアンカが何かをあげるなどということ、傲慢だったのかもしれないと――


「お前は愚かなことを考える」


 しかしデューベルハイトと再度顔を合わせた今、その声音や赤い瞳が決して突き放す意味で愚かだと言っているのではないと分かった。

 頬にある手に、最初にされていたときより丁寧に触れられる。


「お前が私に何も与えていないと、本気でそう思っているのならこの上ないほどの誤りだ」


 滑らかに動く手が奥に、髪に指を差し込まれ、ビアンカがそちらに気を取られている間に腰を抱かれ、引き寄せられる。


「お前が側におり触れるだけで満たされるというのに」


 熱い息を感じる。

 下らないことで悩むな、との囁きはビアンカの息と混ざりあって、口の中に消えていった。










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