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番外 悩めるお姫様は、

今日二話、明日二話でいきたいと思います。


ビアンカ、ちょっとしたきっかけで悩みはじめるの巻。おそらくとても贅沢な悩み。






 王の側近であるフリッツは実は王の弟であるが、兄であるはずのデューベルハイトと兄弟であるとは言われてみなければ絶対に分からないと思わせるくらいには似ていない。本人談でも似ていると言われたことはないらしい。

 これはどうやら彼らが極端に父親似と母親似で分かれてしまったからだとビアンカは考えている。

 フリッツは母親似だ。髪の色という色彩からはじまり表情、笑顔の雰囲気が一緒なのだ。

 対してデューベルハイトは彼らの母親曰く先の王、つまり父親似だという。当の先王はこの世にはいないが、その弟ドレイン公の髪色からも察するにデューベルハイトの白金色の髪色は父親からの遺伝。フリッツや母親とは似ても似つかない雰囲気を醸し出す癖のある笑みや圧があるとも言える表情もそちらに似たのだろうかと思われる。


 逆算するに、この世におらず実際には見たことのない前王がどのような人物像だったか分かりそうだと以前に思った――




 先の王のイメージがどんどん崩れていっているところだった。


「すごく甘えるのよ」


 度々旅に出ては数年は戻って来ないと聞いていたベアトリスは予想外にも城に滞在し続けていた。

 と、ビアンカは思っていたのだがフリッツの話では出掛けては今までになく短期間で帰ってきているのだと。どうりで部屋に訪れてくれるベアトリスは毎回何かしらのお土産を手にしている。


 ちなみにベアトリスからの外へのお誘いは健在で、城の外へのお出かけは最初突然にも抱き上げられて気がつけば城の外どころか街へいた、という事態はもう起こされてはいない。デューベルハイトに話を通すという手順を踏んでいる。

 ベアトリスが前もってデューベルハイトに話を持っていってからビアンカを誘っているようで、ビアンカまできたときは基本的に断ることはないけれどどうもその前の段階で時々跳ねられるときもあるそうだ。


 お茶をして楽しそうに話をしたり、一緒に庭を散歩をしていたときにベアトリスがやれやれといった様子で溢したことで発覚した。


 そして現在。外での散歩でもなく街でもなく、城の他のどこかでもなく、いつものビアンカの部屋で小さな『お茶会』をしているところ。


「元から他の視線なんて気にしない性格だったけれど、他に誰もいなくなるとねー」

「そ、そうだったのですか」


 にこにことベアトリスが楽しそうに話す内容は今は亡き彼女の夫について。それも、主に彼女しか知らない姿について。

 彼女の夫であった吸血鬼の名を「アルファルド」と言う。ビアンカのイメージ的には、完全無欠な王のイメージ。帝国の王として毅然と全てを従える吸血鬼、だったのだが。


 ――どうやらすこぶる妻を愛する吸血鬼の王であったようだ。


「特に膝枕が好きだったわね」

「膝枕……?」


 聞いているだけでこちらが照れる話の合間にお茶を飲もうとしていたら、聞き慣れない単語が耳に届いた。

 膝枕。

 膝枕?


「あら、知らない?」


 ベアトリスがビアンカが「膝枕」とやらがどのような事象か分かっていないと気がついてコテン、と首を傾げたのでビアンカは頷く。


「まあそうねぇ、普段見かけたりするようなことでもないもの」

「膝が、枕なのですか……?」

「簡単に言うとね」


 言葉を直訳のようにしてみるとベアトリスが肯定して、なぜか立ち上がった。

 ビアンカとベアトリスがいるのは小さなテーブルを挟んだ椅子であり、立ち上がったベアトリスが何やら向かう方はソファー。


「ビアンカ、いらっしゃい」

「はい」


 ベアトリスがソファーに座るところまで見ていると手招きされたのでビアンカも椅子を後にしてソファーへ行けば、促されてベアトリスの隣に座って一体何だろう、と見上げる。


「さ、ここに寝転んで」

「え」

「膝に頭を乗せるの」


 ポンポンと膝を叩く手にここだと教えられる。

 膝に頭が乗るように、寝転ぶ。


「膝枕とはそういうことだったのですね」


 文字通り、膝が枕だった。ビアンカの当てずっぽうは苦労せずとも当たっていたのだ。

 そうよ、とビアンカの納得を認めたベアトリスは笑顔でさあさあと寝るように要求は止めない。

 あまりに期待するような笑顔で、ビアンカは言われるままにしようと寝転びかけるけれど果たしていいのだろうか、ドレスに皺ができやしないだろうか。

 今日のベアトリスの装いは薔薇の模様が美しい深い紅のドレスである。


「大丈夫。皺なんて気にしないの、それが膝枕よ?」


 こちらの躊躇い内容を容易くも読み取ったベアトリスがそう言うので、ビアンカは待ち構えるドレスに覆われたその場所とベアトリスの顔を交互に見て……


「で、では、失礼します」

「どうぞ」


 負けて、伺いを立ててから寝転んでしまう。ソファーに身を横たえて、頭はベアトリスの上に落ち着く。





 初体験の膝枕は一言で表すのならば、不思議な心地だった。


「どうかしら?」


 膝枕――正確には太ももを枕にしていることになるのだろうか。不思議な感覚、頭に当たる感覚だけでなく見える景色も相まって慣れないけれど、心地がいい。


「私もアルにしてもらったことがあるのよ。何だか安心するのよね、抱き締められることとは違う安心」


 安心、という言葉にビアンカも同意する。

 ドレス越しにも関わらず体温まで伝わってくるようだ。


「圧倒的に私がしてあげることの方が多かったけれど、私もしてあげることが好きだったわ。可愛くもあったの、とても無防備に寝るのだもの。そんな面を見られることが、普通に一緒に寝ているときとは違ったものがあるのよ」


 先の王もこのような心地を体験したのだと思うと、分かる気がする。

 もはや想像していた像などどうでもよくなっていた。これでは仕方ないと、ビアンカはベアトリスの膝枕に浸ってしまっていたのだ。

 ビアンカを上から見下ろすベアトリスの位置も見慣れないが、優しい眼差しが下りてきているので、ビアンカとしては幼い子どもに戻った気分になる。ベアトリスが繊細な手つきでビアンカの髪を撫でているからかもしれない。母親のように。

 眠気が襲ってきたということでもないのに、目を閉じたくなる。


「ビアンカもデューに膝枕でもしてあげたら、喜ぶかもしれないわね」

「……デューさまに、ですか?」


 上からの言葉に閉じかけていた目をパチリと開いた。

 デューベルハイトの名前が出てきたから。


「そう」


 ビアンカの頭を撫でる手を止めずにベアトリスは笑顔で頷いた。


 喜ぶ、とはあまりデューベルハイトには想像し難い表現でビアンカは首を傾げそうになる。

 膝枕をして、デューベルハイトは喜ぶのだろうか。

 その後に、思い立つ。デューベルハイトは――喜ぶ様子は想像出来そうになかったので断念するが――嬉しい、とか思うことはあるのだろうか。いや、彼にとて感情はあるのでないことはないだろうけれど……。


「……デューさまは、何をすると喜んでくださるのでしょうか」


 ビアンカは抱き締められたりしているときにふと、幸せだなと以前は意識することのなかったそれを染々と感じることがあり、彼に見つめられていると顔が赤くなるような照れもあるけれど嬉しいとの感情も生まれる。


 だが、デューベルハイトはどうなのだろう。笑みを浮かべてはいるもののそんな風に思えるところを見かけた覚えがない。

 そもそも他のことであったとしても少なくともビアンカは彼に何もしていない、することができていない。これでは何だか不公平なのではないだろうかとの気分に陥る。

 ビアンカばかりもらってはいないか。


「膝枕はデューさまも、嬉しいのでしょうか?」


 先の王がベアトリスの膝枕が気に入っていたというのであれば、デューベルハイトにもその可能性はゼロではない、と考えるべきか。

 それならばビアンカが膝に乗せられてばかりいるから、ビアンカは枕になってみるべきなのだろうか。


「嬉しいのではなくて? ビアンカがするのだから」


 しかし……ベアトリスならいざ知らず、ビアンカが枕になってもこのような魅力的な感覚を及ぼせるとは思えないことが問題となる。間違いなく、ベッドの上に乗っている枕やソファーの上のクッションの方が余程良い感触である。

 少し真剣に考えたビアンカはベアトリスが言ってくれたものの、要素の不足に行き当たってしまった。それ以前にそんな流れになる過程が思いつかなかったので実現できそうにない。


「……」

「ビアンカ?」

「!」


 びっくりしたのはベアトリスの声にではなく、ヌッと狼の顔が視界に現れたことによる。

 思考を回し続けていたビアンカが不意を突かれて飛び起きると、狼がさっきまでビアンカがしていたようにビアンカの膝に顎を乗せてきた。


「ガウちゃんも膝枕がしたいのですか?」


 あれ? 今思うと狼の頭を膝に乗せたことはあったなと思い出す。あれはもしや気づかぬ内に膝枕をしていたのか。

 思わない事実が発覚。







 ベアトリスと別れてからもビアンカの頭の中にはデューベルハイトに何か出来ないだろうか、という疑問があり続けた。

 けれども悲しいかな、何も思いつかないではないか。

 ビアンカは情けない顔になる。


「……膝枕……」

「膝枕するんですか?」

「わたしがして、果たして心地良いでしょうか……」

「私ならとても嬉しいです!」


 力強い声が返ってきた。

 アリスはぐっと拳を握りしめてそれは間違いない! と顔にありありと書いているがどうにも、アリスは何でも嬉しいと言ってくれるから……。


 頭をどれだけ振り絞っても良い案は浮かばなかった。刺繍の腕は上達途上もいいところ、デューベルハイトにあげるどころか見せられる代物ではなし。だからといって、刺繍で手一杯で他のことには手を出していないので他には何も……。

 困った、本当に何かこういうときに役立つことを身につけておくべきだった。しかしこのようなときが来ようとは思わなかったこともまた事実。

 ビアンカに一体何が出来るというのか。


 考えが負の方へ転がりはじめたことを感じ、ビアンカは首を振る。

 今考えても何も出てこない気がする。


「……図書館に、行ってもいいですか」

「はい、一緒に行きましょう!」


 早くも煮詰まった思考に根を上げたビアンカがぽろりと言うと、突然の話題転換にも関わらずアリスは元気に共に行く旨を示してくれた。

 図書館に行こうとの案はあくまで落ち着いて本でも読もうと思ったまでで、ヒントを得ようと思ったわけではない。結局、一度落ち着こうと思うといつもの行動に戻ってしまうのだろう。

 それに元々今日は図書館に行く予定だった。昨日、まとめて借りていた本を読み終えてしまったので新たに借りに行く目的だ。


 ありがたくもアリスが軽々とほとんどの本を持ってくれて、ビアンカもせめて数冊持って部屋を出る。

 アリスに限らず他の侍女もそうなのだが、ビアンカが自分で持てる限界冊数に留めようとすると本を持ってくれるばかりかビアンカが持ったなら頭の上まで行く高さのそれらを片手で持ち、こっちでも持てますよ? ともっと借りるように促してくれる。

 ビアンカが毎日行かずともいいくらいの本を台車などなく借りられるのは彼女たちのおかげと言っても全く過言ではないのだが、それ以上は申し訳なくてむしろそこまで積み上げたことに気がついて首を振ったことがしばしば。

 何しろ帝国の図書館は、ビアンカの祖国より遥かに広いとはじめて入った瞬間に分かったほどに広い。広さに比例して所蔵している本も倍以上と思われ、ざっと見ただけでも見たことのない本がたくさんあった。

 それでつい、あれもこれもと。


「どこへ行く?」

「――デューさま」


 本を持って歩いていると声がかかり顔を上げると、ちょうどデューベルハイトが向こうから歩いてくるところだった。

 その姿にビアンカの頭に瞬時に浮かんだのは部屋に戻るべきか、という考え。理由は簡単、デューベルハイトはおそらくビアンカの部屋に行こうとしていた。

 けれども、問いかけてきた彼はビアンカの持つ本を見てビアンカが答える前に行こうとしていた場所が分かったらしい。

 図書館か、と呟き、


「私も行こう」


 と予想外のことを言った。

 言うや来た方向――ビアンカが行こうとしていた方向に足を向け直し、立ち止まっているビアンカへ目で促す。

 促されたビアンカは慌てて止まっていた足を動かし、待ってくれているデューベルハイトの元へ。

 もちろん転ばないように注意を払って。








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