20 側近、途方に暮れる
フリッツ視点。
予定されていた舞踏会は延期、中止されることはなく予定通りに開かれた。
城の大広間、高い位置にフリッツは立っている。玉座の据えられている場から一つの階段でのみ繋がる眼下を見下ろせば、女性の身につけるドレスが音楽と男性のリードに合わせてひらひらと舞う。
見える鮮やかなたくさんの色からして女性が大勢いる下には、香水の匂いが漂っているだろう。吸血鬼の嗅覚はよいものだが特に不快には感じず、むしろ嗅覚がよいだけに不快でない良い香りを好んで身につけるのかもしれない。
狩猟祭の終わりにも、この場においても改めて王に順に挨拶に来る貴族たちが一名として令嬢を連れて来なかった。さらには挨拶に来た貴族たちは一様にぎこちない挨拶をし、決して王と視線を合わせなかった。
何も無礼をしているのではなく、花畑でのことが瞬く間に広まり、また現在この場で王自身の出す空気に彼らは恐れをなしたのだろう。賢明な判断と言える。
空気的には最悪のパーティーであった。
玉座から階段の下を見下ろす王の絶対零度の視線はたかが視線のはずが無視できる代物ではなくなっており、大広間全体に否応なしの固い空気を生じさせていた。音楽が緩和材にもなりやしない。
華やかな視覚情報と肌で感じる空気感が一致せず困る。
「あの、陛下。物騒なこととか考えられたりしてませんよね? 例えば皆殺し、とか」
「私がそこまで愚かに見えるか」
「いえ微少な可能性でも挙げただけです」
下手なことが言えない空気が一番漂っているのは言うまでもなく王がいる場所近辺である。
お姫様を連れて寝室へと入った王は、フリッツが未だに揺れる視界を抱えている間に出てきた。一体どれほどの時間寝室にいたのかは分からない。何があったのかも同じく。出てきた当初の王の様子、雰囲気の記憶は王の力の影響の残りが原因で朧気でそれすらも覚えていない。
だがその後、何時間かを経てこの大広間に足を踏み入れ眼下を見下ろした瞬間、王の目が全てを射殺しそうな冷たい殺気を帯びたことは明確に覚えている。
「見通しが甘かったことを考えると愚かに違いはないか。懸念事項は先に全て潰しておくべきだった」
紛れもなく、王は苛々している。
視線とは正反対に、一つ間違えれば火傷してしまいそうなピリピリとした空気を発しているのだ。
お姫様が先に城に戻っても王自身が狩猟祭も途中では放り出さず、舞踏会も放り出さないのは染み付いた王としての責務という自覚が大きいだろう。そうでなければ放り出してもおかしくはないほどに機嫌が悪い。
原因なんて一つしか思いつかない。
「いっそ壊してしまえば何も気にすることはなくなるか……」
思いきりが良いと言えば聞こえはいい、容赦のない思考は元からであるが、こればかりは一時的なものであるといい。
呟かれた内容が示す事柄が何に対するものか、どれにしたって誰にしたっていいことであるはずなし。
紗幕で隔て設けた場所にお姫様の姿はなく、着いたとの知らせもない。来ない可能性は捨てきれないどころか濃厚なので確認してしまうことを止めた方が賢いかもしれない。
母に助けを求めたが、お姫様の方は一体どうなっているだろうか。
フリッツは途方に暮れていた。




