13 側近、収束を図る
フリッツ視点。
時として物事は思い通りにはいかないどころか、画策した当事者のいないところで取り返しのつかないことになっていることがある。
王のいる狩りの集団に加わり獲物を追いまさに狩りの最中にあったフリッツの元に、何か起きれば知らせるようにと言っておいた吸血鬼がやって来た。緊急事態である、と。
どこから来たのかと言うと、さすがに城の外であり大勢の吸血鬼が来る中にはじめて混ざるお姫様の周りに内密に配置していた吸血鬼だ。
先頭近くにいる王に対し、今日は周りに護衛がいることから小集団の後ろめ外側にいたフリッツは配置はしたものの連絡が来るまでの事が起きたのかとの事に怪訝に思った。一体何が。
ひとまず向かうが先、と正直いち早く行こうとするならば、この距離であれば大して疲れないし馬で行くより走った方が速いので馬を任せて森を走り、木々の間を走り抜けた。
その先に駆けつけると、一体何が起きたのかと思えば――のどかな花畑に相応しくない光景が繰り広げられていた。
「だから陛下がお決めになったことです! お姫様にこんな仕打ちをすることないじゃないですか!」
森の管理をしている吸血鬼により植えられ咲いた花が一面に広がる場所に、正規の道ではなく森の木々の間からフリッツが足を踏み入れると、アリスが強い口調で珍しくも責める様子がありありと伝わってくる。
花畑の中央近く、アリスが相対して言葉をぶつけている対象はある令嬢のようだった。
だが一番に注目すべきは周囲の注目の的となっている吸血鬼たちではなく、そのほど近くに具合が悪そうにうずくまっている人間のお姫様。
具合が悪いのではない、とのことは近づけばすぐに分かった。感じた。
扇を手にアリスの前にすっと堂々と立つ令嬢が人間のお姫様に、その『力』で圧迫している。
フリッツは顔に微笑みなく、むしろ眉を寄せたくなりながらも彼女たちに近づいていく。
「レオノーラ」
「フリッツ様ではありませんか、お久しぶりですわ」
「そうだね」
アリスの前に立つ令嬢――レオノーラは貴族令嬢の手本の崩れない優雅な笑顔を浮かべてまるで舞踏会の会場で顔を合わせたように挨拶をしてきた。
しかしその瞳は平素とは異なる光を宿し、ともすれば周囲の吸血鬼にも及びそうなほど力を発揮し、事実周りの吸血鬼は遠巻きにしている。お姫様を守るようにレオノーラの正面に立つアリスは心得て力の一番効果が出る目は合わせていない。
地に膝と手をついてしまっているお姫様はおそらく一度目を合わせ、その力に取り込まれてしまっている。
フリッツならば近づきレオノーラの目を見て話すことは可能。花が咲いている中にいる彼女たちの元へたどり着いたフリッツはアリスに目配せしてからその前に立ち、レオノーラの目から目を逸らすことはなく合わせ、向き合う。
「それより力を使うのを止めてくれるかな、今すぐ」
レオノーラはフリッツの又従兄弟だ。
王家の血筋が入った高位も高位貴族の家の出でそれゆえに吸血鬼特有の力はあまねく強い。
呼ばれた意味が分かった、アリスでは対応が難しいのだ。というより間に入ろうとするしないに関わらずこの場に居合わせているほとんどの者に対応が難しい。吸血鬼とは血筋が全てだ、彼女の血筋は言えば貴族の中では一級。
彼女の父親は王と同じ狩り集団にいるはず。
「どうしてこんなことをしているんだ」
「その人間に身の程を知ってもらうためですわ」
悪びれた様子はないものの、フリッツが出てきたことに若干の表情の変化を含ませたレオノーラの言葉。
普段は高位貴族の令嬢として相応しい振る舞いをしている彼女がこのような場でこんなことをするとは、とフリッツはこんな事態でなければため息をつきたい。
実はレオノーラは王の妃候補の一番上と言っても過言ではないくらいに有力な妃候補だった。王が義務で妃をとろうとしていたのであれば彼女が妃となっていたであろう、というくらいに。
しかしながら王は嫁取りをしようとはせずに妃選びは中断された、かと思えばこの度人間を妃にした。
家柄上と性格上プライドが高い。令嬢の数が多い本日、その彼女までも舞踏会だけでなくここに来ているのはおそらく家の言いつけ。
そもそも彼女含め今日こんなにも令嬢の数が多いのは、おそらく王が人間を妻にしたことで今ならば可能性が高いのでは、人間など容易く蹴落とせると考えた家々のせいだろう。
そう考えてもおかしくはない、多くの者は王の執心を知らない。どういう意味を込めて王があの紋章つきの指輪をはめさせているかも知らない。
レオノーラが今日、おそらくさっき実際にお姫様と会ってしまったことによりプライドが傷つけられた可能性は高い。
人間を嫌悪しているわけではない。今回は話が別だ。
高位貴族らしからぬ、ではなく高位貴族だからこそ怒りが芽生えたか。
「フリッツ様までその人間の肩を持つのですか?」
「当たり前だよ。お姫様は陛下に必要な方だからね」
「陛下に必要などとご冗談を」
「こんなときに冗談を言うほど馬鹿じゃなくてね」
レオノーラの表情から笑みが薄まる。
「レオノーラ、止めるんだ」
「止めませんわ。どうして止めるのです、陛下に人間など必要なはずはありません」
「それを決めるのは陛下だ」
思った以上にしていることに非はないと思っているらしい。
「こういう他力本願な脅し方は趣味じゃないけどね、陛下が来る前にやめた方がいい」
騎士団長が何をして王から重い処罰を受けたのか、事細かに知る者はほんの一握り。他の者たち――主に貴族たちは噂に噂を重ね尾ひれをつけてそれらしく信じてしまう嘘っぱちを耳にしているだけ。大方仕事上でとんでもない失敗でもしたとか何とか思われていると予想できる。
仮に真実が流れていたとしても信じなかっただろう。
誰も思っていないのだ、王がそれほどまでにお姫様に執心していることを。排除すればいいと思っている、吸血鬼の王に相応しくない人間を。
国を統べる王だからこそ、反対は強い。
――吸血鬼とは血筋が全て
血筋により優れた能力を必ず得ることが許され、それが誇りとなりそのまま地位となる。
王は優れた血筋の妃を得て、その血筋を残すべき。フリッツとて理解はできこれまでもいずれはそうなるだろうと思っていたが、駄目だ。
話は変わってしまった。
騎士団長の件の折、王はお姫様を自らより引き離し害を為そうとする輩を罰した。
その結果を受けてフリッツは考えた。反対するは無駄、労力も無駄。反対して無理に引きはなそうとした先に何が待っているか前例がないため不明だが、その果てに王による良くない事が待っていることは確実。それならば、あの王が相手なら待つ方が賢い。
それなのに、今のようなことをした者が王自身により罰された前例があるのに伝わらない。あることないこと理由が広まり、多くが知らない。
伝わらないからこそ次に同じことをする者が現れる前に出来る限り早く「お披露目」する機会が必要だとは考えたのだが、ここで障害になるとは。
早めに力を抑えさせなければならない。
ここでフリッツが力で対抗することは簡単、お姫様も今どのような状態か……。
それにそれとなく抜けて来たが悟い王だ、何か感じとり来る可能性がある。
「君はお姫様が陛下にとってどのような存在か分かっていない」
「相応しくない、それだけでは?」
「そういう表面の話じゃなくてね、」
「これはどういうことだ」
話が通じないながらにまだ少しは説得を続けようとしていたとき。
アリスには目で後は任せるようにと言い、周りにいる吸血鬼たちが口を挟む様子は元々なかったのか、少なくともフリッツが来てからはなかった。お姫様は力に威圧されてそれどころではない。
従って完全にフリッツとレオノーラの声だけが互いに行き交っていただけだった。
その、はず。
そこにすっと他の誰かの声が入ってきて、説得の仕方を頭にいくつか組み立てていたフリッツは理解が追いつかなかった。
それでも声の主を理解できた部分があったのだろう、冷や汗が流れた。




