9 お出かけの予定
ベアトリスに連れ出されて何だかんだ色んなお店を回って街を歩き回ったビアンカの貧弱な足は、翌日だけに収まらず翌々日にも悲鳴を上げていた。
歩くたびに足が切られたとかではない種類の、足中に響く痛みを訴えるのでいつにもましてじっとしている二日目。
「狩猟祭? ですか?」
「と、舞踏会です」
現在部屋の主は不在の王の執務室の隅っこにて、大人しく椅子に座って言われた内容の要点を復唱したビアンカの言葉に、フリッツによりすかさずつけ加えられる。
帝国において最近では五年に一度固定で盛大に行う催事があるそうだ。それが城で開かれる舞踏会であり、狩猟の方はそれ以外でもときおり森へ赴くことがあるようだが、催しものの一つとして大規模に執り行われるという。
なぜ五年に一度なのかと聞いてみると、「そんなに頻繁にすることではないので」だそうな。一年に一度でもおかしくはないと思ったのだが、生きる年数が違うとそういった時間感覚が違うのだろうか。
他にも目的が異なる(周辺国の使者が参加するといった形)のものや定められた記念日における催しも大きさに差はあれどあり、年をずらしたりして執り行い、また、貴族が個人的に主催するパーティーだったりはその限りではないらしい。
「先日帰って来た母上もそのために帰ってきたのではないかなと思います。母上は楽しいことや華やかなものが好きですから」
確かにベアトリス自身に似たようなことを聞いた気もする。着飾ることも外に出ることも大好きだと。狩猟と舞踏会とはまさにうってつけ、ベアトリスならば馬を自由に乗りこなし鮮やかに獲物を狩ってしまいそうだ。
そう、動物を狩る。狩猟祭。
「あの、狩猟祭は狩猟をするものなのですよね……?」
「はい。――あ、大丈夫ですよ。まさかお姫様に狩りをしてくださいとは言いません」
ビアンカは首を捻った。
狩猟祭がどういうことをするものなのか具体的なことを知らないのだ。名前からして狩猟をするのだろうと思い尋ねてみると、やはり肯定されるがビアンカにしろと言うわけではないという。それはそうだろう、ビアンカが狩りができるようには見えないだろうし事実馬にさえ満足に乗れない。
ビアンカが誘われた理由はどこに。
「参加者の中には奥方や婚約者を伴ってくる貴族の方もいるので、共にいらした女性の方々は狩りをのんびり待ちつつお茶などをする形なんです」
「そうなのですか」
「今回行く森には近くにお花畑があるので狩りに参加しない女性陣はそこに行くんじゃないかなと思います。いい景色ですよー」
なるほど、それで狩りをする必要はないと。
それにお花畑とは、一面花が咲いているという場所というあれだろうか。狩りをしろと無理難題をつきつけられる心配はなくなり、ちょっと興味が湧く。
「ですが、わたしがそのような場に出ても良いのでしょうか」
しかし少しだけ、心配になる。
祖国で末席とはいえ立場上出たことのある催事は、微妙だった立場上出ない方がましだったくらい楽しむ以前の問題だった。王女らしからぬ貴族の令嬢よりも劣る身なりで笑われたこともあり、母親の出自で扇の向こうなどでこそこそくすくすと噂と嘲笑が飛び交っていたこともある。
苦い記憶しかない。
確かに今は気が引けるしもったいないくらいの扱いでドレスをはじめ装飾品まで明らかに一級品で、身なりで笑われることは……似合っていない以外ではないだろうと思われる。
けれど反射的に身構えてしまう。苦い記憶に加えて帝国の催事に顔を出しても良いのだろうか、と。
「舞踏会も……」
「舞踏会行かないんですか!?」
顔を曇らせて呟きを重ねると、すぐ側から驚愕の声。フリッツは目の前にいるがその方向からではなく、そもそものところ声は女性のもの。言わずもがな、アリス。
「せっかく、お姫様にぴったりの素敵なドレスができたんですよ?」
「ど、ドレス?」
「どんな髪型にしてネックレスをつけて……計画は準備万端ですよ!?」
いいのだろうかと気にやみかけていたビアンカにずい、ずいと言葉が切られるごとにアリスの顔が近づけられてきて一気に勢いに押され気味に。
計画とはいつの間に、と拳を握り語られる事にビアンカは戦く。ドレスができたとはわざわざ作ったということなのだろうか。いつからビアンカが参加することは予定されて――あれ? 待ってほしい。
――「今度のときはもうそれは腕によりをかけてお姫様をより可愛らしくしてみせます!」
最近同じような勢いでこんなことを言われたことがなかったろうか。これは催事を指していたということか。
とにもかくにものけ反りかけて押されているビアンカが視界いっぱいにアリスの「行きましょうよ!」とありありと書かれた顔を収めていると、今度は再びフリッツの声。
「アリスのやる気はさておき、」
「置かないでください!」
「狩猟祭はまだしも舞踏会なんて他の目に触れるかもしれないのは会場に行くまでで、あとは紗幕の内側にいればいいだけですから気は負わないでください。狩猟祭もまあ少しの遠出とでも思ってもらえれば」
「そ、そうでしょうか」
耳にはフリッツの声、視界には押し強めのアリスの顔。
要は気負わず気楽に参加すれば、とのことで。せっかく準備してくれたものを無駄にするのも申し訳はない、とビアンカは考えはじめる。
「陛下にも許可は取り済みです。陛下自身も行くからか、すんなり行きましたよ」
王にも。
そのときちょうど扉が開く音と靴音がした。執務室の外から中へ入ってきたのはおそらく部屋の主であるデューベルハイト、声がそうだ。誰かと話している。
それゆえかアリスが身を引きビアンカは体勢を元に戻したが、今いる隅っこには今では背の高い衝立があるので座っているビアンカからは扉方面――入ってきた姿は見えない。
王の執務室は吸血鬼たちが入れ替わり立ち代わり出入りすることが少なくないけれど、きっとよく観察すると限られた顔なのだろう、が、当初落ち着かなかったことから衝立が配置される配慮がなされた。
ありがたいにはありがたいのだが、明らかに仕事をしている室内でのんびりとは出来るはずもなくあまり状況は変わってはいない。
「あ、陛下、机の右手にあるのは一時間後の会議での追加案件です」
フリッツがまず頭をヒョイと出し、次いで「前向きに考えておいてください」と言い残して衝立の内側から完全に出ていった。
「お姫様! 舞踏会行きましょう!」
「えぇと、……はい」
結局のところ、途端に勢いよく言われたビアンカはおぉ……と押しきられた形で頷いた。
狩猟祭はどうしようか。
と、思っていたら。
寝る時間になって王に抱き上げられ移動中というとき、フリッツがふいにその話題を出してくるではないか。「そういえばもうすぐ狩猟祭と舞踏会ですねー」と。
それを当然耳にした王が「そうだったな」と言い、
「私が行くのだからお前も連れていくぞ」
「……え、あ、はい」
続けてビアンカにそう言うではないか。
「お前は度々外に出たがるからちょうどいい機会だろう」
どちらかというと、外に出るのは狼に引っ張り出されている感じが否めないのではある。
ここまで来ると何だか狩猟祭の方も断る方面はなさそうで、前向きに考えると悩む必要もなくなったとも言える。
――お出かけの予定が決まりました
アリスが主に舞踏会しか押さなかった理由は、(ビアンカを着飾らせることを)楽しみにしていた舞踏会にビアンカが行かないかもしれないという非常事態が起きたから。




