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7 側近、一安心する

フリッツ視点。





 お姫様が母親と一緒に無事帰って来た。

 フリッツがアリスから一報を受けてから実に四時間。放った者たちは何をしていたというのか。

 微笑みを浮かべて長い金髪を揺らして小一時間ほどの散歩から戻ってきたように何事もなかったかのように帰って来た母親と、手を繋いだお姫様は少し疲れていると見えなくもない。


「母上、は後で……お姫様、指輪は」

「え、あ!」


 お姫様の指に指輪がないことに気がついたのはかなりの偶然。ついでに指摘するとどれほど連れ回されたのか、元から体力がなさそうで疲労が隠しきれていないお姫様ははっと自らの手を持ち上げ見て――その慌てぶりは何を意味するのか、若干不安が過るではないか。


「ここにあります大丈夫です」


 ローブのポケットを探ったお姫様がその手を次に出したときには金色に光る指輪があった。フリッツは再びの安堵を覚える。

 お姫様が指輪を指に戻したことを見届け、アリスがローブを預かったあとにお姫様をいち早く王の執務室に促した。




 ***






「母上、止めてくださいよー」

「ちょっとそこまで行っていただけじゃない」


 自分は執務室から出ておいて、フリッツは母を軽く責めると廊下の先にいた母は肩をすくめてみせた。


「どうして無断で連れて行ったりしたんですか?」

「娘と仲良くなりたかったのよ」


 その一点で通すつもりらしい母親はさらりと曇りない笑顔のまま言い、その話は終わったと言わんばかりに、


「ねぇフリッツ」

「はい?」


 呼びかけてきたので一体何だろうとフリッツは返事した。そうすると今の今までお姫様と一緒にいた母はこんなことを聞いてくる。


「ビアンカはデューのことは好きなのかしら?」

「私にはその辺りはよく分からないんですけど、嫌ってはいないですよね。むしろ……」

「そうね」


 お姫様と何を話したのだろうか、母は執務室の方に視線を向けている。

 いち早く帰って来たことを示すために執務室へ行ってもらったお姫様はすぐには出て来る気配はなし。


「けれど、私が見るに今はデューの気持ちが大きすぎるのではないかしら」


 それはもう明らかに。

 今までにない感情を得た王のそれは、際限ないと思えるほどに大きくお姫様に向いている。対してその全部を向けられているお姫様の意思はほぼ尊重されてはいない。ただ向けられただ受け止め続ける、ことを強いられていると言っても間違いではないだろう。考える暇もないほどに。


「ビアンカも狩猟祭と舞踏会に参加する予定なの?」

「はい。まだお姫様には伝えてはいませんけど」

「大丈夫なの?」

「どうでしょう」


 王、デューベルハイト・ブルディオグの『結婚』は容易に隠しきれる物事ではない。すでに結婚誓約書を交わしたことはどこからか広まって少なくとも貴族たちほとんどの知るところとなり、戸惑いと良く思わない顔が揃っている状態。

 いくら会議で黙らせ結論が出たと言えどこればかりは防ぎようがない。何が起こったのか、情報を耳にしたとはいえお姫様のことも見たことがない者が大半。


 近く予定されている催事、狩猟祭と舞踏会には帝国の貴族たちが集まる。


「見せた方が早いじゃないですか」


 そして一度に知らしめた方が。

 微笑んで言うと母は反対などする様子はなく、少し呆れた風になる。


「力技ね」

「それ以外には方法が見当たらないので」

「ちょうどいい機会だということは分かるわ。でもね、デューベルハイトの独占欲は表れるべきではなくせめて大事に大事にしまって置いた方がよかったのではないかしら」

「結婚せずに、ということですか?」

「ええ。どのようにして会議を通したかは空気までは分からないけれどそんなに簡単に波風は収まらないでしょう。ここは帝国、人間の国ではないわ。その土地で、それも王の隣に突然立たされたビアンカは貴族たちの間でどう思われているか、分かるでしょう?」

「重々承知です。だからこそ会議からあまり月日経たない内に、薄れない内にここで収めておくべきことではありませんか?」


 いつまでもこの件にかまけてられない。


「フリッツ、あなたも随分その位置が板についてきたわね」

「それはそうですよー。完全無欠に国を第一に行動してきた陛下の側にいるのなら、合理的に国の運営にとって一番穏便で一番最短の道を選びます」

「ビアンカのことを、それなりに気遣っているように思っていたのだけれど?」

「陛下と合わせて見るとお姫様は補食される寸前のウサギみたいに見えるもので保護心が働きますねー。それにあんまりなことを見るのはごめんです。ただ、それだけですよ」


 お姫様は王にとってどんな存在であるか。それが明らかになっていくにつれお姫様という存在はかなりの重要度を増してきた。

 王を唯一変化させる存在。

 そして王は国を変化させる存在。

 ただし、お姫様が人間。全てはそこが原因であり、しかしフリッツには王を止めるより人間という特性があるために妻に迎えるような流れに反対するどころか流れを淀みなくしに働いた。

 人間の寿命は短い。お姫様には悪いが無理に排除するよりはそれを経て行く方がよっぽど波風は立たない、とフリッツは考えていた。


 兄が幸せになればいい、お姫様が幸せになればいいと願いそれを第一に考えていたわけではない。そうなることはまあ望ましいだろうが、お姫様に結婚誓約書へのサインをするように外堀を埋め唆したのもそのため。

 王が落ち着けばいい。

 フリッツは臣下だ。


 時折、アリスが本当にお姫様のことを思って動いているところを見てこれでいいのかと思うこともあるが、これでバランスが取れているのではないかとも考えている。


「母上はお姫様が心配ですか?」

「とてもね。人間か吸血鬼かなんて私にはどちらだっていいのよ、思うのはとても弱そうなビアンカが受け止め切れるのかという話」







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