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4 側近、かなり考える

フリッツ視点。




「母上が!?」


 夜一番とは言わないが、けっこう早めの時間に素っ頓狂な声を上げるだけでなく驚きの表情になることになっているのは誰であろう、フリッツ。

 王の執務室を出ところで廊下の先に潜んでいるような形のアリスにちょいちょいと動作だけで呼ばれて行ってみれば、


「フリッツ様、聞こえちゃいますよ!」

「ごめんごめん……でも母上がお姫様を連れて行ったって本当?」

「本当です」


 壁際で揃って執務室の方を見てから念のためもう少し離れて聞いたことをこそこそ確認すると、あまり本当ではあってほしくなかった話がすぐに肯定された。

 それを報告しに来たようなアリスは神妙な顔をして「これを」と何やら一枚の紙を差し出してくるのでフリッツはすぐに受け取り目を通す。話題に関係があることは言われるまでもなく、だからだ。


「その場で走り書きされて、これを渡すようにと」

「『娘との交流をはかりたいから少し借りるわね』」


 走り書きと言うとおり、なるほどさっと書かれた感の出た一文を読み上げたフリッツはそれを含めて起こった出来事を理解した。


「お許しを得られてからの方が良いのではと急ぎ陛下の方へ知らせをと思ったのですが……それを待たずに出て行ってしまわれました。止められず、申し訳もありません」

「いいよ、無理もない」


 元気なく神妙な様子のままの謝罪を耳にしたフリッツは元より彼女を責める気は起こらない。あの母親を止められるはずもないのだ。


 簡潔にまとめると、昨日帰って来たばかりだった母親がお姫様をどこかに連れ出してしまった。

 突然現れた――ここまでは別に変な事ではない――先王の妃は城に帰って来たのにも関わらずドレス姿ではなく動きやすい格好で、間で色々やり取りはあったようだが、最終的にはお姫様を抱き抱え華麗にも文字通り飛び出していったそうだ。彼女はあっという間に姿を消したとかで、城の外へ行った可能性が高いという。

 もちろん許可なし。フリッツに今話が来ているということは取り次ぎもしていない。誰の許可か、もちろん王のである。


「でも、母上が連れ出しておいて城の敷地内だけで済むとも思えないし……」


 護衛なしとかいう問題は起こらない。

 先王妃になるに相応しく、母は元々高位貴族出身であるからだ。アリスがいるときに対応したのにも関わらず母を追いきれなかったのはスタートのタイミングが遅れたとか些細なことはあまり関係なく、その身体能力の差からのこと。その身体能力あってこそ自由気ままに一人旅などということをしている。


 問題はというと、とフリッツは手元の手紙とも言えぬ走り書きされた一文だけがある紙を再度見下ろした。どれくらいとかいう期間が書かれていない。「少し借りるわね」の「少し」とは一体どのくらいなのか、いやそれで具体的に一週間、それより短くても数日とか書かれていても同じような反応をするしかないのだが……。

 すべての問題は王に無断だという点。お姫様が外に出るにも許可を得る方法を取っているというのにまさか、だ。


「何てことしてくれてるんだ」


 この一言に尽きる。

 母親ながら厄介なことをしてくれる。せめて許可を取るということに耳を傾けていてくれたならこんなことにはなっていないだろうに。

 どうも独り身になってからどんどん奔放になってきているようではないか。


「……すぐ帰ってくるかな……」


 とフリッツが虚ろに呟きつつ静かな前を見ると、アリスが普段は見ない落ち込んだ様子で頭を垂れているではないか。


「お姫様、すごく戸惑った顔のまま出て行かれました……」


 お姫様が連れて来られてからずっと側にいるアリス。

 彼女が軍人一家で育ったがために可愛いものがまるで周りにない環境だったらしいことはフリッツはもう知っている。

 狼のような大型動物も可愛がれるがそれよりはリスなどの小動物の方が好き。兄弟姉妹ができるのなら妹の方がいい性格。軍人よりも侍女になりたい。いつかお姫様に仕えることが夢なのだときらきらと語っていたときにはフリッツはまあ当分は無理だろうなと思っていた。

 だが飛び込んできたのは完全なる好機だったろう。

 人間のお姫様に仕えることになり、周りの侍女である吸血鬼たちにはない初々しい雰囲気をもつお姫様にこれ以上ないほど入れ込んでおり、嬉しそうであった。


 どうやら今回のことにかなり責任を感じているらしい。それから状況を飲み込めず連れて行かれた様子のお姫様のことを案じているようだ。


「まあ母上だから悪いようにはされないよ。喜んでたみたいだし」

「そうですよね」


 昨日の様子では王の様子に驚いている方が強かったが、お姫様のことをじっと見ていたようでもあった。義理の娘になったのだから当然でもあるだろうが何か思うところでもあったか、考え込んでいる風にも見えた。娘との交流とは、いきなり外に出す必要があったのだろうか。

 と色々考えるところあるフリッツではあるが、起こったことは起こったことでやらなければならないことをしなければならない。


「まず陛下に言わないと駄目ですよね……」

「そうだろうね。陛下に誤魔化しきれる気がしない」


 仕事で忙殺されてはくれないだろうな。どんなに決済事項が重なろうと不眠不休に近い形は一日に抑えてみせるような手腕持ち。


「まだ出掛けていない雰囲気で許可取りの体で行ってみようか」

「それでお姫様が許された範囲で帰って来られなかった場合は……」


 そこなのだ。

 一番穏便でこう済めばいいなと思った案は帰りの正確な時が保証されていないせいで不安ばかり抱えることになるものだ。おまけに外れた場合がどのようなことになるか。


「あははは、どうしようかなー」


 笑って誤魔化せればいいのに。とフリッツは笑った。

 軽くはじめに違う案を出してはみせたが、頭の中で一つしか見えなかった段取りはとうにできている。今から速やかに執務室へ行き王に事を報告、実行したのが母親だがどのような反応になるかはさておきどうにか穏便な方向へ持っていき、探すための手勢を放つ。この一筋。

 誤魔化すなど王に対しては邪道も邪道、愚かだ。


「……母上が隠れようとしていなければ役に立つだろうけど……」


 しかし探せたとしてすんなり戻ってきてくれるだろうか。

 アリスにも協力してもらうことにして、手始めにフリッツは出てきたばかりの執務室へ足を向け直した。







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