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3 母



 絶世の美女の名をベアトリス・ブルディオグ、先王の妃にして当然ながら現王デューベルハイトの母だという。

 ブルディオグ帝国の先代王は崩御しているがその妃のことを聞いたことはなかった。ビアンカとしては三兄弟であったはずの二番目の王子の事を聞いたことがあったために聞くことを自重していた状態、だった。


「あらら、デューにはそんな面が隠れていたのね」

「大変でしたよ」

「大変なのはいいけれどお嫁さんを迎えたのに私に知らせてくれないなんて水くさいわ」

「母上が帰ってこないからじゃないですかー」


 場所は応接室らしき部屋に移ったがなぜかビアンカも先王の妃――ベアトリスに対応する形で座ることになっていた。いや、実際に色々話しているのは知らせが向かったことで駆けつけたフリッツで、ビアンカはぽけっとしているのだが。

 デューベルハイトの母親であれば実は弟であるフリッツの母親にでもあるのでフリッツが親しげなのは当たり前、しかし王にするのと同じように少しばかり砕けた敬語が聞こえてくる。


 二人掛けのソファーに深く腰掛けピタリとしたズボンをはいた長い足を組んだ先王の妃。

 一体何歳なのだろう、と思う。吸血鬼の寿命は人間よりも遥かに長いと聞き、ビアンカは周囲の吸血鬼たちの正確な年齢を聞こうとは思っていないたちだけれど、なにぶん先王の妃だという吸血鬼の見た目が若すぎていまいち母親だとの情報が受け止められず不躾なほど見てしまっている。

 この外見は、まだ若いのかそれとも歳は重ねているけれど個人的な体質なのかどちらなのだろう。吸血鬼の外見は歳を取らない、とはさすがにないはずだ。以前会った先王の弟である吸血鬼はそこそこに歳を重ねた外見だった。


「それにしても人間の子をお嫁さんにね」


 立っているフリッツに合わせられていた視線が座っているビアンカに下げられ、ビアンカは背筋が自然に伸びる。


 初対面の方とその立場にということもあるが、最もな問題は呟かれた言葉。

 デューベルハイトの母、やはり王である子がどこから来たとも分からない人間と結婚した形になってしまって思うところがあるのではないか。耳に挟んだところによると城を出ていて数年ぶりに帰ってきた様子で、ここに来るまでの流れではじめてビアンカが結婚誓約書を交わし妻となったことを知った様子。

 デューベルハイトが結婚誓約書を持ち出してきたとき、帝国の、吸血鬼の王に人間の妻とはと反対が出たらしきことを思い出した。

 思えば思うほどに注がれる視線自体に居心地が悪く感じられる。


 心持ち小さくなり、息をすることも自重しなければならないのではと囲む空気を感じはじめた。何か言ってほしいと無言が怖いと思う反面、何を言われるのか怖いという気持ち。

 ピクリとも動けずいつその口が開かれるのかとびくびくするビアンカが美女の顔、特に口を注視して待っていると――赤い唇がゆっくりと開かれた。



「可愛らしい子ね」



 形の良い口から放たれたのは、そんな言葉。

 何秒か置いてビアンカは瞬きをどうにか一度。にこにことした笑顔を浮かべているベアトリスを見つめて再びぽかんとする。悪い方向にばかり考えていたために無意識に予想していた言葉のどれにも当てはまらなかったのだ。

 しかし改めて見てみると真っ直ぐにビアンカに微笑む彼女は嫌悪感も何もなくむしろ好意的な笑顔であり、さっきまでのものがいかに思い込みからきていたのか知らされる。

 そんなビアンカの心中を知るはずもなく、ベアトリスはにこにことビアンカを見ながら喋る。


「意外ね、こんなに可愛らしい子が好みだったなんて。人間の子を迎えることも予想はしていなかったけれど、それを言うのならデューはいつか妃を義務で迎えることはあっても早くには望めないと思い込んでいたもの」

「周りが全員でしたよ」

「それに紋章つきの指輪」

「驚きますよね」

「本当に。……外見は確かに似たと思っていたけれど、王の資質みたいなものを継いで極端にそっちに傾いているのかしら? とも思っていたらアルのそんなところも継いでいるとは思わないわ」

「あはは、父上ですかー」

「そうよ。けれどここまでではなかったわ。極端に親を越えるものね」


 デューベルハイトが父親似、という話だろうか。「アル」という名前が先王の名前なのだろうか。


「想像がつかないわ」

「見れば分かりますよー」

「あら、じゃあデューが早く来ないかしら」


 うふふふと楽しそうにベアトリスが微笑む。


「私が旅をしている短い内に、本当に驚きだわ」


 旅。

 服装からしてドレスではなく機能性を重視したみたいなズボン姿のベアトリスはもしも城にいたとすれば、この数ヶ月もの間があればもしかすると会う機会があったかもしれないのに会わなかった。それはさっきからの流れで分かっていた通り、城にいなかった。活動的な女性のようだが旅とは、王位も移ったことから王妃としての責務もなくなり……といったところなのだろうか。


 ビアンカが見つめられ笑顔を向けられるままに様子を窺っていると、その目がフリッツへ。


「フリッツはこういう子はどうなの? 好みではない?」

「母上、冗談でも陛下の前では聞かないでください。まあどっちみち好みとか言えるはずないですよ、焼くか煮るか裂くか千切るかされたら堪らないですからねー」

「兄弟でもあなたたちは性格から似ていないものねー」


 のほほんと会話が噛み合っているのか微妙にずれてはいないか、とりあえず「ねー」と微笑み合っている様子は髪の色表情から雰囲気までそっくりである。

 フリッツが母親似なのだとしたらデューベルハイトが似ているという、今は亡き先王がどのような吸血鬼だったか分かりそうだ。







 しばらくすると部屋にデューベルハイトが姿を現した。母親の帰りとあって仕事を一段落つけて来たのだろう。

 堂々と入ってきたデューベルハイトは――座ったかと思えば一旦立ち上がって続けて座ろうとしていたビアンカをいつものように膝の上に座らせてしまうではないか。

 慣れていた行動とはいえ今ばかりは変な声が出そうになった。


(――お、お母さま、お母さまがいます!!)


 デューベルハイトの母親がいることがビアンカを慌てさせる。

 だというのに当の王はといえば何ら変わりはなく膝の上に座らせたビアンカの腰を奥まで引き寄せてしまい、向かい側にいるベアトリスを思うとビアンカはまともに顔を上げられない。

 こんなときくらいは横に別々に座れば良いのではないかと思ってしまうのは仕方がなく、いつもはもう落ち着いてしまう位置が落ち着かずそわそわする……のに、やはりデューベルハイトは彼自身には関係がないみたいな様子でその手がビアンカの指に触れ、もはや癖みたいに指輪を撫でた。


「あらあら、デューベルハイト久しぶりかしら?」

「私はそうは思わないが」

「そうね。四年ぶりくらいだもの、あなたの姿が変わりすぎてそう思えているだけでしょうね」

「四年で姿が変わったことはないだろう」

「今の様子がよ」


 平然と会話するデューベルハイトの声に、ころころと可笑しそうにベアトリスが笑う声。


「少なくとも私が分かって驚くくらいにはね」


 つけ加えられた言葉にビアンカはどこか引っかかって上げられなかった顔をこっそり、ちょっぴり上げる。


「母上は帰ってこられたということは今日からしばらくはここにいるんですよね?」

「そのつもりよ。せっかくできた可愛い娘と仲良くならなくてはね」


 フリッツの問いへの答えに出てきた娘、と聞き慣れない言葉に理解が遅れる。


「よろしくね、ビアンカ」


 再度会話の輪を外から聞いていたようなビアンカはこっそり顔を上げていたつもりがにこ、とベアトリスに微笑みを向けられて「は、はいッ」とよく分からない返事をしてしまってすぐに後悔。ここに来て全くまともに挨拶をしていないのだ。

 改めて遅れすぎた挨拶をしようとするがその前に微笑むベアトリスが返事に満足したように大きく頷き、続ける。


「そうだ、今日は一緒に寝ましょうね」

「え……っと……?」

「それは無理だ」

「無理?」

「これは私と寝る」


 思ってもみない提案に呆けて間もなく代わりに却下との意を示したのはデューベルハイトで、渡さないとばかりに腕に力を込められてビアンカは何とか起こしていた上半身がデューベルハイトの胸に倒れ込んでしまう。

 ベアトリスの前で。

 もはやこの場でベアトリスの方を見るのは困難。ビアンカは両手で顔を覆いたくなり覆おうとしたのだが、デューベルハイトの手に止められる。

 なにゆえにと止めた本人を見ると、あの『前触れ』に近い目をしているではないか。このままではまずい、何がまずいとは具体的には述べられないもまずいと思って思うたびに頬の熱さが増して――恥ずかしいのだ。


 元々人前でということそのものが恥ずかしいのに、初対面ばかりではなくなんとデューベルハイトの母親の前でこのようなことになっている状況。

 恥ずかしくて死ぬ可能性が急浮上してきた。


「……これは中々ね」

「言ったじゃないですかー」

「いいえ、予想以上によ」







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