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5 どうか一旦一人に



 あらゆる意味で力が入らなくなって、壁際で座り込んでしまう。

 一旦頭を整理したい。食事を勧められたことも忘れて、ビアンカは視線を適当な方向に向けて思考に潜ろうとしていた。

 金髪の吸血鬼はまだいるようだが、構ってはいられない。一旦、とにかく一旦、整理を。


 しかしドアが開き、ビアンカはいっそのことと閉じかけていた目を機敏に向けた。一体誰だ。

 全開にはされなかったドアの隙間から、ひょこりと顔が半分現れた。

 瞳が赤い。吸血鬼だ。もはや流れ作業の要領で事実を確認し、身体には緊張が走り、勝手に力が入り直す。


「フリッツ様、フリッツ様」

「アリス……いいよ入って」

「やったぁ!」


 覗きの主は、金髪の吸血鬼の許しを得て喜びの声と共に、身体を素早く室内に滑り込ませてきた。

 吸血鬼が増えた。

 ただし初めての女性というパターンだった。

 身体の線が表れるぴったりとした軍服を着て、オレンジ色の髪が肩ほどまである彼女は、浮くような足取りで軽く部屋を進んで来る。あっという間にビアンカの元へと来るではないか。

 距離の詰め方に遠慮がない。ただ笑顔が溌剌としているので、悪気も見られない。新たに現れた吸血鬼は後ずさる暇を与えてくれず、ビアンカの手をとってぶんぶん振った。


「お姫様、私の名前はアリスです。こんにちは!」

「……こ、こんにち、は」

「フリッツ様、可愛らしい方ですね! 陛下のお嫁さまですか!」

「違うみたいだよ。例の癖」

「そうなんですか? では陛下は今度は小動物方面に切り替えたんでしょうか?」

「そうだね、狼とは方向性が違いすぎるね」


 オレンジ色の髪の女性の吸血鬼は、アリス。金髪の男性の吸血鬼の名前も明らかになり、フリッツというらしい。

 ぶんぶんと振られる手だけではなく、身体全体も揺らされて、握手にしては力が強いと思う。緊張するどころではなく、頭が振られてどうにかなりそう。


「アリス、離して離して。強くやり過ぎると駄目だよ」

「えっ、控えめにしたつもりなんですけど。ごめんなさい!」


 パッと急に解放されたビアンカは、ぐらぐらする頭を抱えて壁にもたれかかる。

 吸血鬼、怖い。

 頭を手で抱える。一震えくる。


「ぷるぷる震えてますよ! 可愛い!」

「それはアリスの勢いに驚いているんじゃないかなぁ」

「私今回は兄様あにさまに無理やり連れてこられて良かったです!」

「聞いてる?」

「水色の目が綺麗ですね!」

「吸血鬼にはない色だね。それより聞いてるかな?」

「それにしても陛下は近隣の国から送られてくるお姫様は送り返すのに、やはり好みがあるんですね!」

「聞いてないんだね」

「フリッツ様! 帰国したらお姫様には侍女がつくのでしょうか!?」

「つくんじゃないかな。だって経緯は狼と同じでもお姫様だからね」

「じゃあ私! 私立候補します!」

「本当、興味ないことを聞き流す耳をどうにかしてくれないかな」

「お願いしますよ、お姫様の侍女こそ夢だったんですから!」


 会話がぽんぽん飛ぶこと飛ぶこと。特にアリスという女性吸血鬼の声自体が弾み、さらに勢いが飛ぶようだ。


「侍女に立候補ね。はいはい」


 対する金髪の吸血鬼の声はやれやれとでも言いたげで、呆れていると分かるものだった。


「約束ですよ!」

「それはアリスの頑張り次第だよ」

「それより私、お姫様はじめて見ました!」

「話を聞かないね、君は」

「えっ聞いてますよ?」

「『聞き』流しているの間違いだからね。まったく……」


 片方の勢いがすごい会話を側で聞くはめになっているビアンカは、頭の揺れが収まりそっと手を外して上の様子を窺った。


「まあ確かに前の陛下には女の子はいなかったし今陛下には子どもどころかお妃様もいらっしゃらないから、そうだろうね」


 チラと不幸なタイミングで目線が向けられて、タイミングを誤ったと思う。

 もう吸血鬼で怯えているのか、初対面の一応敵国の遠慮のなさに怯えているのか甚だ分からなくなってくる。

 何しろ、彼らは見た目を除けば言葉も態度も人と差異があるように思えない。すでに実際に見て、聞いて、否応なしに接して気がついていた。

 そのためこういう表現は誤っているかもしれないが、少なくともこの二人は『人臭い』。


「フリッツ様、私帰るまでお姫様のお世話してもいいですか?」

「同じ女性の方がいいだろうから助かるからいいけど」

「やったぁ! 今日からお願いしますねお姫様!」

「……え、あ、はい……?」


 ついて行けない。

 何がどう決まったのか。どうせビアンカには決定権はないし何も異論はないけれど、とりあえず一旦色々整理させてほしい。

 気絶に気絶を重ねて、何一つ満足にゆっくり頭の中で考えられていないのだから。


 ……何から考えるべきだろう。


「お姫様可愛いですね。色んなドレス着てほしいです! お城にドレスって残っていますよね? 処分されてないですよね?」

「帰って確かめてみないことにはさすがに分からないなぁ。でもあるんじゃないかな」

「なければ私作ります!」

「……作る?」

「はい! それはもう武術とは正反対の技術を一生懸命磨きましたから任せておいてください!」

「君の兄君もそんな君をまだ軍人に引きずろうとしているところがすごいよね」


 さしあたって出来れば一人にしてほしい。





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