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21 強引な





 ――しり込みし続けていた。




 あの後もビアンカはデューベルハイトに迫られるも話が大きすぎて、

「む、無理ですあの、無理とはデューさまのことが無理なのではありませんが、あの」

 あの、が止まらず詰まることが止まらず、途中からは何を口走っているのか自分でも甚だ理解し難いものだったと思われる。

 しかし奇跡的に聞き取ったらしい王に今度は無理だという理由を述べろと言われると答えに窮し、「ないのだろう」とさらに詰められ、でもビアンカはとてもとても大きなことを忘れている気がして――最後に思い出し、一度口走った気はするもののもう一度言わずにはいられなかった。


 吸血鬼は人間と結婚しないのではないのか。帝国の、吸血鬼の王が人間と結婚しても良いのか。ビアンカを嫌う目と蔑む目をする吸血鬼たちがいることはもう知っており、彼らが良しと思うだろうか。

 ともそもそと言うと、「私が許しをもらわねばならないと思うのか」との一度返ってきたものと同じような言葉が返ってきたが、そのことを考え思い出したビアンカは一気に気分が沈み込んでいた。



 今は顔を俯けて膝の上に合わせている自分の両手を見つめて、またもそもそと言うところ。


「……あのわたしは今まで通り狼と一緒の扱いでいいので……」

「お前は妙なところで強情で後ろ向きだな」


 そもそものところ、ビアンカにとっては実に急に降ってわいた話であり、結婚とは一生の中でもかなり大きな決断を必要とする事だ。一時間も経っていなかったのに、決断できる女性があるだろうか。

 とかなんとかしり込み――膝の上で物理的には不可能なので心的に――していると、下に向けていた顔を上げさせられた。赤い瞳とかち合い、そのまま。


 あまりにぐずぐずと言ってばかりいるから怒ったのだろうか。とここまでの自分の流れを思い返すが、でも……と心の中で続けて後ろ向きを発揮するビアンカの心情が見るからに分かったかどうかは定かでない。


「なぜ今まで通りの扱いをしなければならない」

「……それは、わたしはけ、結婚には不相応といいますか……変える必要はないのではないかと、」


 ビアンカは大国の王族ではなく制圧された国の、それも王族とは名ばかりの位置に収まっていたのに。王に相応しい要素が見当たらない。

 ぐずぐず言うと、王が「は、」と鼻で笑うに近く短く嗤い声を出した。


「下らない」


と。


「変える必要がない? 私がお前のことが好きだと言ったことを忘れているのか」

「……っ」


 忘れられるはずもない。

 あまりに予想外な言葉でいまいちピンと来ていない。異性に向けられたのははじめてのこと。

 それだけで顔が赤く染まったことが熱さで感じ、恥ずかしくなる、のに、顔を逸らすことは王の手によって許されない。


「お前を私のものだと示すことができ、繋ぐ手段があるのに」


 指が頬を擽る。


「私がそれを使わない理由はない」


 そうだろう? という風に首が傾く――言葉の代わりのように二度目、また前触れはなく唇が重なっていた。

 頭は冗談でも比喩でもなく混乱真っ只中。この王のさっきから続けての行動、何が何やら分からない。急に火がついたように熱い、いや熱いのは口の中だろうか。


 優しく、蕩けてしまいそうな、熱い、行為。何かを伝えたがっているみたいに長い長い口づけの中、何もかもが熱かった。一番熱いのは口の中。


 一度目から少ししか経たず変わらず翻弄されるビアンカは求めていた空気が、塞ぐものが離れできた隙間から吸えることに身体が気がつき懸命に求める。

 しかし許されたのは一瞬ですぐに唇は塞がれ、息が苦しくてでも与えられる刺激が心地よくてわけが分からなくなっていた。


 とうとう苦しさの合間、離れた一瞬に息も絶え絶えにもう駄目だと本能から訴える言葉が口から出る、


「い、きが」


 ――言いきれず。否、言う口を塞がれた。

 だが拍子抜けにも本当に口を塞ぐためにしたみたいに、触れただけで離れた。

 ビアンカは再び無意識に空気を求める。

 あれ? 今どのような体勢になっているのだろう。突然の解放により自分の状態が把握できていない。気づいたとして身体にまるで力が入っていないので力をいれようと思っても、手さえ上手くいかない。不安定さはなく支えられていることは分かる。

 もたれかかってしまっている。


「お前は分かっていないだろう?」

「……な、に、……、ですか」


 王の囁きに近い声に途切れ途切れ聞き返した。ただし質問されたと思われる内容は聞き返したあとにも理解しきれていない。

 分かって、いない。

 分かっていない。

 何が。


「下らないことを気にし、私がお前が好きだということをお前は分かっていない」


 だから分かれ、と。

 再び落ちてきた口づけにはどうもそれが込められていたらしい。どうりで蕩けてしまいそうなわけだ。

 どろどろに溶けてしまったみたいに余計なものも含めて全てなくなった思考、頭の片隅がそう思った。


『好き』とはこんなに熱いものなのだ。








 ――一体どのくらいの時間、王はビアンカを貪り続けていたのか。

 酸欠と行為からくるくらくらとした感覚が全身に回ったビアンカを腕に王は飽きず抱きしめ続け、ビアンカは腕の中でこればかりは身を起こす力がすぐには湧いて来ずにぐったりとしていた。


「底が見えないな」


 ビアンカの唇をなぞりながらデューベルハイトが呟き、息も絶え絶えなビアンカのことを眺めていた。


 しばらくして、何を思ったか口を開く。


「お前が不安ならば取り除いてきてやる」

「……?」


 いつの話から話を引っ張ってきたのだろうか、ビアンカの頭はぼんやり痺れていて回らない。そもそもどういう経緯でこうなったのだったか、そこから思い出さなければならないが、王は待ってはくれなかった。


「それらが認めればいいということだな」

「……ぇ」

「そういうことだな、言質は取ったぞ」

「………………え」


 いつの言質だ。


「言質とは……?」

「周りが良しと思うかというものだ、お前が言ったことだが」


 ここまでの経緯をその一言で思い出し、確かに言った事実を思い出した。


「それを払えばいいのだろう?」


 王が笑みを浮かべ、造作もないことだとの意が汲み取れそうな口調で言った。



 いやまさか。まさか王とて、王だからこそ。






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