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19 側近、戸惑う

フリッツ視点。





「叔父上、ここにいたんですか?」


 フリッツがお姫様の部屋から出ると、なんと扉の前に叔父吸血鬼がいるではないか。


「フリッツ、デューが持ち出してきた物を見たか?」

「見ましたよ」

「デューは相当のようだ。私はそんなことはなかったことを言っておくよ。性格が関係するのだろう」

「叔父上、急すぎて理解しきれていないんですけど……叔父上との話で何が起こったんです? あの話をなさったんですよね」

「もちろん。自覚を促してその上で考えた方がいいと言っただけなのだが」

「確かに行動は変わりましたが、……普通一番に結婚誓約書持ってきます?」



 現在国を統べる王――デューベルハイト・ブルディオグ、彼がこれまで生きてきたその経歴に恋愛沙汰は存在しない。

 パーティー類では玉座にいるだけ。女性を無闇に侍らせた過去はなく、臣下が妃候補にと貴族の令嬢をいくらあげ連ねても、しつこすぎたか珍しくもさすがに気分を害してしまいその結果臣下の方が止めるに至った。


 王になるべくして生まれてきたかのような現王は、大胆な面もありながら正確無比な政治の手腕を見せる一方で、普通大なり小なりあるはずの個人的な執着を見せたことが欠片もなく『生き物らしい』面に欠けていた。

 淡々と非情に平等に全てを判断し扱う。褒めるならば欠点なき王の鏡。あえて問題とするならば感情の起伏、感情の種類が足りないように見えた。



「そういう方面から来るとは……」

「好きであるのなら側に置くには結婚という手段がある。頭の回転が早いのか早すぎるのか、どのみちデューは普通では収まらないということかな」


 しかし王にはそれらの感情がなかったのではなく、見せるに値する場がなかっただけで、生まれながらに奥に沈んでいたそれは今枷なく一挙にお姫様一人に向けられているようだった。


 想いを自覚するなり結婚誓約書。結婚とは離す気がない反応にしては変わったには変わったが、いずれにせよ逃がす気がない空気が察する努力をしなくとも分かる。


 結婚とは色々段階がなさすぎて、フリッツは大いにびっくりだ。こんなに驚いたことはないかもしれないくらいにびっくりして、王が叔父との話を終えて部屋に戻ってきて取り出した紙の正体を上手く頭で処理しきれなかった。

 ある意味手が早い。

 それに問答無用すぎて拒否権が見えなかった。嫌われるとか考えないのだろうか。それで嫌われるとは思っていないのだろうか、フリッツには兄であるはずのあの王の思考が一つとして隅から隅まで分かった試しがない。


「……一刻でも早く自分のものにしたいということですかね……」

「結婚か……そこまで来ると王がともなれば私とは反対が別物になるだろう。私のときでさえかなりのものだった」


 王が妻に迎えようとしているのは人間。

 吸血鬼は人間と関わりはじめてはいるが、一般の民や人間の国に派遣されたり使者と会うといった役職になければ人間とは関わる機会はまずなく、貴族の吸血鬼が人間を妻にした事例はほとんどない。

 例外がフリッツの前にいる臣下に下りたとはいえ元は王族、貴族としては高位も高位、この叔父とて人間の大国に行ったがために今は亡き人間の妻に出会った。


 だが今回は王だ。城の中には人間を見下す吸血鬼もおり、重臣の中にも紛れ込んでいる。なぜ彼らがいるのかといえば、特に廃する必要性に駆られたことはなかったからだ。ここはどこまで行こうと吸血鬼社会だから。

 言うまでもなく彼らはお姫様を迎えることに反対するだろう。そしてその他の者も血筋を重んじないはずはなく、人間が王の妻になることを忌避するはずだ。

 これまでとは違う。お姫様は『狼』ではなくなるのだ。


 いきなり段階が飛ばされたことで出てくる問題に耽っていたフリッツの前で、例外になった吸血鬼が例外になった所以でもあることを何ともなしに言い出す。


「しかしそうだね、私も力ずくで黙らせたからデューに、陛下にできないはずはない」


 力ずく――殴る蹴るではない。血筋的に最も優れた身体能力を持つので可能ではあるが、それは頭が悪すぎる。しかしながら力ずくであることには変わりはない方法、反対の圧殺だ。威圧して、黙らせる。

 この吸血鬼も人間の妻を迎えていたので今回のことに関しては常識的に見えたが、何だかんだ言って血筋だと、兄とは似ていないフリッツは感じる。

 王もしそうで「まさかー」とは口が裂けても言えない。この件が漏れるのは一体いつか、それとも王が言うか。どれにしても紛糾するのは重臣が集まる会議の場だ。


 フリッツはもう現実を笑い飛ばして、どこかに飛ばしたくなる。


「あはは、会議が怖いですね。陛下信者たちもいくら陛下が言うからといって納得しませんかね」

「信者だからこそ反対することもある」

「ですね。……叔父上にも火の粉がかかるのではないですか?」

「私がデューに影響を与えたということでかな? あり得る。そうなった場合こう言ってやるがね。『陛下がそのように簡単に誰かから影響を受けると思っているのか。それに誰に物を言っている?』とね」

「あはは、叔父上怖いです。お力は使わないでくださいー」

「無礼度合いによる」


 二枚組で威圧する光景が繰り広げられる可能性が出てきた。

 いつの会議になるか、空気が実際に重くなることは予想され、当てられて気絶する者も出るやもしれない。


 それでもフリッツは反対しない。王のあのような面が出るのは別にいいことだと思っている、人形のように言いなりではないが、まるで生き物らしさが感じられない王であったから、対象さえ傷つけなければ見ていられる。それに――


「それに、これはとても奇跡に近いことだと私は思う」

「陛下が、誰かを好きになったことがですか?」

「それも人間をね」

「言われてみると……」


 王は人間の国の使者と会うので、人間に会わないわけではない。けれど叔父と王の言う匂いがたった一人、決められた対象にしかないものだったとしたら、帝国より遠い地の国にいた使者にもなりそうになかった人間のお姫様と王が会ったことはけっこう低い確率だったろう。


「吸血鬼の生と人間の生が重なるのは短い間だ、その間にお姫様がまだ先がある今出会えたことは奇跡に近い」

「……お姫様が生きる時間も陛下よりずっと短い……陛下の人生の内ではわずかだ、という方面で納得させられませんかね」

「できるかもしれない。私はお姫様に幸せになって欲しいな」


 かつて人間の女性を愛した吸血鬼は優しく微笑み、そう言った。

 誰よりもこの吸血鬼が人間のお姫様の幸せを願っているのではないだろうか。反対されたこともあり、その先を知っている。ましてやここは吸血鬼が派遣されている人間の大国ではなく、吸血鬼しか見ないほどの帝国の城。


「とにもかくにも強引で独占欲所有欲高め。お姫様は大変だ、陛下に見つかった時点でこうなる道に繋がっていたんですねー」


 わざとフリッツは間延びした口調で言った。王には失礼だが、まったくもって気の毒と言える。

 大変だ。


「中で話してらっしゃいますけど、たぶんお姫様が押しきられるんでしょうねー」

「今嫌われては意味がないと思うのだがね」

「まったくです」

「そもそもお姫様は嫌うのだろうか」

「え?」

「どう思っているのかと思ってね。私はデューとの問題があった後にしか会っていないが、フリッツは違うだろう? 彼女はどんな様子だった?」


 いや、と叔父は言い直す。


「それよりもお姫様はデューを異性として認識しているのかな」


 お姫様が王を異性として。

 フリッツは頭にその疑問を巡らせた。そして思い返し、答えが出る。


「…………さあ?」

「……結構大事なことではないのかな?」

「……異性として見ているかはさておき、嫌ってはいないと思うんですよ」


 あまりにお姫様が気の毒だと現状の改善を第一としていた吸血鬼たちは降ってわいた『結婚話』に「ん?」とあることに気がついたのだった。

 次いでそれが不明なことで、一気に静かになる。


 けれどフリッツとしてはお姫様は王を嫌っているわけ、ではないような気がするので。それがどこまでかは不明。あれ? お姫様は大丈夫だろうか。王は逃がさないだろうし、これからじわじわ捕獲網を狭められていくのだろうか。そもそも王にはほぼ捕まえられている状態であるし……可能性はある、何にせよ王次第。

 と、前向きに考えていると、フッと吹き出す音がした。


「あっはははは、デューの道のりは遠いな!」

「その道のりを強引に短くする可能性はありますよ、今なら可能性を高く見積ります」


 叔父が大いに笑い、フリッツは真面目顔である。理由は、


「その過程でもうお姫様を傷つけなければいいのですが……次修復できるかどうか分からないじゃないですか」


 それがなければどうぞという感じ。あれは色々な理由で頂けないで気がかりを口にすると、叔父は大笑いすることを止めて扉を見た。


「もう傷つけることはないのではないかと、私は思うよ」


 叔父との話でどのように王が自覚に至ったのかどのような様子を見せたのか、フリッツは知らない。







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