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14 滲む哀しみ





 時間を過ごすために本をといつものように図書館へ行こうとすると、王の執務室の前を通ることになる。どうしても気にせずにはいられず緊張してそろりそろりと通るとき、一度ちょうど扉が開いたときには心臓が跳び跳ねたので、その日から部屋の中でじっとすることにした。


 王とはあれ以来顔を合わせていない。

 ビアンカは会いに行くことはないし、王も来ない。


 今日もまた一室だけで過ごして一日が終わる。別に今にはじまった珍しいことではない。これまでもほとんどがそうであった。

 決定的に変わったのは、毎日顔を合わせていた王の姿がなくなったことで、ビアンカは今日も一日を過ごした部屋の隣にある部屋、寝室に一人で行く。

 寝室のベッドでは最初の一日だけ銀毛の狼と眠った。いつもと違う温もりが近くにあった。

 それから数日は一日目で分かったことでやはり毛がついてしまうので、ビアンカが一人で広いベッドで寝ている。


 この寝室を使用すること自体に違和感はなかったのだが、真っ暗な寝室で一人ベッドの上に仰向けになっていることは随分久しぶりのことで、その違和感が少しあるのかもしれない。

 何しろ帝国に来てから、突然に抱き枕にされるということが受け入れるまでもなく当然のように続いていて、いつしか慣れてしまっていたから。

 だから一人だけの温度に少し、少しだけ寒いなと思ってしまう部分があるのかもしれない。


 けれど。


 気がつけば、無意識に首に触れていることがある。寝る時間で横たわってもしばらく眠気が来ないときに限らず、ふとした時、ぼーとしているとき。数日ではふさがらない傷があり手当てされている箇所をもう覚えてしまって、触れてしまうのだ。

 王の鋭い歯により突き破られた傷。


 思い出すと心にじわりと広がる感情は哀しみ、時が経つにつれて、当初残っていた怖いより悲しさが大きくなっていく。思わないことをされ、それまでとの差異が大きかっただけに、哀しい。

 思えば噛まれたことだけでなく、あの場での王の冷たい目と身がすくむ声、全てが優しさとはかけ離れていた。


 起きて全部が夢であることはあり得ないけど、早く眠りに落ちたいと願う。何もすることがなくて隙が生まれると、思い出してしまって感情に揺さぶられて泣きそうになってしまう自分を抑えきれないから。


 暗闇の中で目を瞑り、一生懸命に違うことを考えて思考を満たそうとしていると、努力のかいあって何時間経ったかはさておき、最終的にはうつらうつらと現実と眠りの間で揺れ動いてゆく。

 やがては眠気の比重が高まり、現実が極限にまで薄まって、そのときに思い出してしまうのは仕方がない。夢にまで出てこなければいいなと思い、眠りに誘われる。











 優しい手つきで触れられていた。

 ビアンカにこうして触れる人物は限られていて、この手つきを知っていると思った。


 狼にするように少し乱暴だった力はいつからか柔らかく、まるで壊さないようにと弱まっており心地よいほどの、誰よりも一番ビアンカに触れ、あれからずっと顔さえ見なかったはずの――――手。



 首に手がスルリと滑った。


 起きろ、とビアンカは自分の中の何かに起こされてはっと目を開き、探すまでもなく――赤い瞳がビアンカを見下ろしていた。








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