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7 散歩




 数日後、王の仕事がますます忙しくなっているらしい、と聞いた。

 つけ加えて、そのため今日は就寝時来られないらしいとアリスがフリッツから伝言を受けたそうだ。


「お忙しいのですね……」

「ガウ」

「わ、が、ガウちゃん、何ですか……!?」


 部屋にて、急にドレスの裾を噛まれるという行動に出られたビアンカは、狼に引っ張られてたたらを踏む。


「お姫様!」


 転んでしまう前に後ろから支えられ、事なきを得て体勢をされるがままに直してもらいつつ、瞬きを何度かする。

 支えてくれたアリスに驚き覚めぬ間に上ずりそうな声でお礼を言ってから、少し前にいる狼を確かめる。いきなりどうしたのか。信じられない思いも混ざりつつ。

 今まで優しくしてくれていた銀毛の狼だっただけに、衝撃が大きめだった。


「クゥーン……」


 しかしながら、銀毛の狼は自慢のふさふさのしっぽを下げて、どうも反省しているように見えた。

 悪気があったわけではなさそうで、ドレスの裾を見てくれていたアリスから「大丈夫みたいです!」と報告があり、裾の無事を確認。本気でやっていればドレスに何かしらの被害があり、力もたたらを踏むでは収まらなかっただろう。つまり、そういうこと。

 ビアンカはしゃがみこんだ。


「どうしたのですか?」

「ガゥ」


 すると言葉が分かったようなタイミングで、狼は再度動きはじめ、行き着いたのは窓際?

 重厚なカーテンを器用に鼻で避けて、その向こうに消えていくではないか。もこりとカーテンが一ヶ所大きく盛り上がり、しっぽがファサ、とこちら側に出たまま。

 不思議に思ったビアンカも後を追い、カーテンの隙間から向こうへ行くと狼は窓から外をじっと見ており、やって来たビアンカを見上げ、また外を。


(外に出たいのでしょうか)


 そういえば城にいる狼たちは外に行かないのだろうか。森から連れて帰られたということは、元々森を走り回っていたことになる。食と住の心配はなくとも、室内に籠る生活は向かないのではないだろうか。ビアンカは元から外には通り道として通るために出るだけで、ほぼ室内にいる生活だったから今まで考えなかったが……。

 カーテンと窓の間から一度戻ってみる。


「アリスさん、お城にいる狼たちは外に出ないのですか?」

「出ますよ。自由に出入りできるようになっているんです!」

「そうなのですか?」


 城から自由に出て入れるような出入口が専用に作られているらしい。ご自由に、ということのよう。敷地は広大なようだから走り回るには十分な広さか。


「……けれど、この狼はずっとここにいませんか?」

「言われてみるとそうですね」


 ビアンカが寝ている時間に出ているのだろうか。でも……振り向くと狼がこちらを見ており、ビアンカが見たことを確認するとまた外を見る。


「お姫様と一緒に出たがっているのかもしれませんね!」

「わたしとですか?」


 外に出たそうな狼、自由に出入りできる場所、こちらを窺う狼。

 そうなのだろうか。


「思えばお姫様は外に出ていませんね」

「そう、ですね」


 窓の外は真っ暗だ。夜のよう、いや夜なのだ。時刻的には夕方に差し掛かる頃。


 帝国に来てから一度も外に出ていない。室内にいて、窓を通りかかって外を見ても夜という意識で、夜に外に出る考えはないので出ようとは思わなかった。

 銀毛の狼はそれを知っていて、ビアンカを連れ出そうとしているとでも思ってしまいそう。

 カーテンの向こう側、窓とに挟まれた空間は暗い。黄色の目が爛々と光る。


「外に、」


 呟くと狼のしっぽがふさふさと小さく振れた。だから、ビアンカはアリスを振り返って、改めて言葉を作る。


「外に出ても、いいですか?」


 おそらくついて来てもらうことになってしまうから、おずおずと。

 足にもはや大きな触れ幅になったと思われるしっぽのふさふさがあたる。出る気満々だ。


「いいですよ」

「本当ですか?」

「はい!」


 狼を見ると、想像通りしっぽが大きく振られ、お先にというようにカーテンをくぐっていった。



***





 外は夜だった。

 夜に外に出たことは中々ないので、不思議なことには不思議な心地だが、それよりも宵闇深く周りが中々に見えないことが気になった。城の中には灯りがあるため、ここまでではないのだ。

 改めて灯りの重要さを知った。

 外に出てますますご機嫌な狼は、それでも走り出すことはなく、しっぽを振りつつビアンカの少し前を行くだけだった。


「ガウちゃん、ガウちゃん、今日は一緒に寝ますか?」


 今日は王は忙しいようなので。思い出して、羽織ったショールをかき合わせながら狼に話しかける。もはやアリスには銀毛の狼をそう呼んでいることはばれてしまったので構わない。


「ガウ!」

「寝てくれるのですか?」


 顔をこちらに向けての吠えは、期待しても良いと捉えよう。今日は狼がビアンカの抱き枕だ。

 ヒュウ、と微かな風が起こり、ショールの隙間を縫ってビアンカに冷たさを感じさせる。


「ガル」

「どうしましたか? ガウちゃん」


 「ガル」とはまた、名前の由来とは異なる新しい鳴き方をしてきた狼は顔を前に向けて止まってしまった。

 はて、どうしたのだろうか。ビアンカは首を傾げて止まって前を見ると、小さな灯りらしき光がぼんやりと見えた。しかしビアンカの目ではそこまで。狼の夜目はいいものだから……。


「誰か来ます」


 狼と吸血鬼はどちらが夜目がいいのか、吸血鬼であるアリスが後ろから教えてくれた。誰かとは誰だろう。たぶん吸血鬼ではあるだろうが。

 来ている、ということでビアンカはここに立ち止まっているべきか元来た道を戻るべきか迷いに迷って……


「あれは……」


 アリスが意外そうな声で呟いた。

 その後ザ、ザ、と聞こえる足音が静かな中に耳に届き、ぼんやりとした灯りがどんどん近づき――あれ? 城には吸血鬼が大部分だと聞き、吸血鬼にしか会ったことがないビアンカではあるが、妙なことに気がついた。

 吸血鬼は城の中では燭台など灯りを持ち歩かない。アリスの様子では外でも十分に見えるようで、外でも灯りは持ち歩かなさそうだ。


 けれど前から来る人物は灯りを持っている。例外の吸血鬼もいるということか、または――そうしている間に、「誰か」の姿が明らかになった。






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