6 犯人はこの吸血鬼
王の机に乗る書類がこれまで見てきた限りでいつもより多くて、忙しいようだとビアンカは感じた。
それに黒髪の吸血鬼が長い時間王と話していた。その分部屋の中にもいるということを示し、仕事が忙しければ邪魔になったり目障りになってはいけないと頭の中で理由をつけて、ビアンカは側にいるアリスを見上げてやはり王の執務室を出ていくことに。
横に背筋よく座っていた狼もととと……と、いつものようについてきてくれた。
「お姫様お戻りですかー?」
「フリッツさま。……あの、はい……」
「あははそんなお顔しないでください。今日この時点で出てきたのは素晴らしい選択ですよ、今日は執務室から出る用件以外はほとんど今みたいな感じなので」
部屋に戻る前に会った、どうやら王の執務室へ行く途中のフリッツが笑ってぼかして言った。黒髪の吸血鬼は今日はほとんどあの執務室にいるということ。
しかしながら辛抱がないようで申し訳ないやら、いたたまれないやら、ビアンカはどう答えていいのか迷った。
「それよりですねフリッツさま、何だかこの前から突然陛下が過保護は全然合わないんですけど、お姫様を毎日執務室に連れて行ってらっしゃいますよね」
するとその間にアリスが喋りはじめて、何だか助かった形になる。
「なんと言うべきなんでしょうあれは、うー……ん」
「そうだね、あはは」
「あ! フリッツ様何かご存じな様子ですそれ!」
「アリスにもそのうち分かるんじゃないかなぁ」
「教えてくださいよ!」
「でもそうだねー、手元に置いておきたい感じが見えるよね……かなり」
「ですよね! あ、この前のことがあったからですか!? お姫様は陛下のお気に入りですからきっと目の届くところに置いておきたいんですね!」
「ちょっとずれてる気もするけど、それでいいんじゃないかな」
アリスに向いていたフリッツの顔が、ちらりとビアンカに向いた。
この前のこと、というのは察するに、ビアンカが見知らぬ吸血鬼にどこかに閉じ込められていたこと。
その次の日から突然執務室に連れて行かれるようになったから、間違いない。
それはなぜかと考えると、執務室で何かさせるつもりではないようであるし……。
しかしこの会話を聞いていて、分かった気になる。
そうか、あのようなことがないように手っ取り早く防止するためなのか。防いでおけば手間はかからない。あれから侍女も必ずビアンカについて行くようになっていることもある。
狼と違って人間であるビアンカが吸血鬼の王の側にいることを良く思わない吸血鬼がいるようなのだ。
それならば、連れて来られた理由は果たしながらも、ビアンカは最低限だけ王の近くにいない方がいい気もする。
「昨日浴場にお姫様が入っているときに入ってしまわれたんですよ!」
「え、本当? 昨日……あちゃーこの時間ならお風呂ですかねーって言ったのが悪かったかなぁ」
ふと高めのところで交わされている会話が、アリスにより聞き逃せない話題になって耳に入り、なんと犯人がいた。いや犯人と呼ぶのは良くない。
しかしビアンカの代わりみたいにアリスが声を上げる。
「フリッツ様のせいですか!?」
「せいなんて心が痛いからやめてくれるかな。陛下に聞かれたんだから心当たりは言うよー。でも、お姫様すみません」
「え、いえ、だ、大丈夫でしたから」
嘘だ。心臓が壊れるかと思った。
けれども言えるはずもない。ビアンカは首を振ってそれだけを言った。
「あの話の後に行った理由はあるのかなぁ……」
「あの話って何ですか?」
「こういうときだけ耳を働かせるね、アリスは」
「いや聞こえますよその大きさじゃ!」
「普段は興味ない話は聞き逃すよね?」
「そ、それはそれです! これはこれです!」
慌てるアリスに対して、フリッツがおかしそうに笑った。
フリッツはアリスとよく話すところを見るが、他の侍女ともよく話す。そういう付き合いが得意のようだ。
その近寄り易い雰囲気を作る特有の笑顔が、今少しだけ困ったように変わる。
「まあちょっと鎌をかけてみた、みたいな話だよ。けど自覚がないんじゃあ余計わけわからなくなるだけだったかな」
「……? 私も余計わけ分かりませんよ? 」
「だろうね」
漠然と答えたフリッツは、こちらこそわけ分からないという顔になったアリスにそれ以上言うつもりはないようだった。
「さーて仕事に戻ろうかな」
「すごく気になること残して行ってしまうんですか!」
「うん。お姫様、次からは思い当たっても惚けておくので安心してお風呂に入ってくださいね」
「あ、ありがとうございます」
あっさりアリスに頷いて、ビアンカにそう言ってフリッツは執務室の方へ歩いていった。
分かったことは、お風呂には『奇襲』を気にせずのんびり入ることができるということ。良かった。




