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2 変化





 ビアンカが「無力化され部屋に閉じ込められた」一件があって、次の日から吸血鬼の王はビアンカを執務室に連れて行くようになっていた。


 初日、ビアンカは平素の時間帯でなく、ずれた云々以前の問題ではない早い時間に現れた王の姿を、ぽかんとして見ていた。

 その間にもビアンカの前に来た王に、見慣れてしまった動作で手を伸ばされ抱き上げられて、あれよあれよという内にソファーに座るでもなく開かれたままだった扉から部屋の外へ。

 寝る時間ではないし、食事も終えた。王は一体ビアンカをどこへ連れて行こうとしているのか――王の私室を過ぎて歩みは続き、やがて執務室へと着いたという経緯。


 連れて来られた理由は特にはないようで、見慣れない部屋の椅子に下ろされただけだったので、ビアンカはまたぽかんとするはめになった。

 王自身は机についてしまったので本当に何が何だか分からずで、困って視線をさ迷わせると、フリッツが入ってきた。ビアンカを見て、赤い瞳が丸くなった。


「お姫様? ――陛下が連れていらっしゃったんですか?」

「そうだ」

「えーと、理由とか窺ってもいいですか」

「この際目の届くところに置いておいた方がいいだろう」

「……あーなるほど……そう来ましたかー」


 あははと笑ったフリッツは、改めてビアンカを見て「ここでいつものように過ごしてください」と、いい笑顔で無理難題を突きつけてきた。

 ビアンカはいつまで経っても戸惑い収まらないが、一人周りを見回しているのも変な気がして、手にしていた本を開いてみた。部屋が変わっても座る椅子は座り心地良いのに、上手く集中できなかったことは言うまでもない。




 これはその日だけではなく、毎日続いていた。

 王の執務室には、吸血鬼が出入りする他に、ビアンカの元にずっといる銀毛の狼以外の七頭が出入りしていた。八頭全部が揃っているところをはじめて見た。

 控えめに静かに狼と戯れていたら、銀毛の狼より大きな黒毛の狼に押し倒されて声が出そうになって、自分の手のひらを口に押しつけることになりもした。


「うわー、あんな感じになると仕留められているように見えるなぁ」


 ちょうどじっと見ていたらしいフリッツが呟き、一緒に来てくれているアリスが助けてくれた。狼の足の乗せられた腹部が潰れるかと思った。彼らは大きすぎる狼なのだ。

 そんな風にとりあえずは隅っこで過ごして、いつも通りにしようとしている。けれど、ビアンカとしては、カルロスという名の吸血鬼がいるときは、どうしても居心地が悪くて度々部屋に戻ってしまうことがある。



 今日もとうとうこっそりと、与えられた部屋に戻ってきていた。そういうときにも以前のように王がやって来る。

 これにもまた最近変化があり、顔を上げさせられ、顔を見られるとき、くらりと思考が曖昧になるような感覚がある。

 王のその瞳を見ているときに限ってなので、吸血鬼の不思議な力とやらだろうと、ビアンカは知ったばかりの上あまり知らないなりに考えているのだが、わざとそうしているわけではないようなのだ。


「あのへ、……デューさま……?」


 執務室から黙って出てきたから、来たときは険しいような雰囲気が混ざって、その目がビアンカを探すから怒っているのかと思いきや。頭が少しぼやっとする中、この感覚を遠回しに訴えようと努め、普段より回りにくい舌で名前を呼ぶと、笑みが深くなるのだ。


 そうすると元々なかった距離をもっと引き寄せられた気がして……ほら、胸がどきどきしてきた。落ち着かない、けれど、以前とはどことなく異なる感じなのはどうしてしまったことだろう。

 ビアンカは胸元に手を当てそうになる。


「どうした」

「……え、い、いいえ。何でも、ありません……」


 たぶん。

 自信はなくて戸惑いを抱えていると、王はビアンカの髪を指でくるくると弄り、その間中その瞳を注ぎ続けていた。

 まるで煮詰めたように色味が深くなっている瞳は、ビアンカの瞳を逸らさせず魅了する。

 ずっと。

 同じくずっと、王は不思議と飽きる様子窺えずに悠然とビアンカを見るので、狼を愛でるような感覚で見られているのかなぁとビアンカは頭の端で考えていた。


「陛下、ドレイン公が…………」


 ガチャリ、と音が聞こえて声がした。

 その数秒後、ぱちぱちとビアンカは瞬いた。王が扉の方に首を巡らせたのだ。


「えーと、ドレイン公が到着されましたよ?」

「そうか、では向かう」

「はい、部屋にお通ししています」


 ヒョイと軽く身体を浮かせられて、接していた面に空気が触れ、ソファーに沈む。

 前には王が立ち上がっており、王の顔を追いかけようとすると、座った状態だとビアンカはほぼ真上を見上げることになる。手が伸ばされ、頭を撫でられた。

 その手つきもまた、ここ最近は柔らかいもののような気がする。最初は大きな狼に対する加減とほとんど同じだったみたいで、首がぐわんぐわんと揺れていたことを分かってくれたのだろうか。

 王についてきてどこかに寝そべっていた黒毛の狼を伴って、王は部屋を出ていった。


 座っているソファーは今まで王が座っていた場所だったこともあり、温かかった。自分の体温で温かさが増す一方、ビアンカの中の鼓動は収まりを見せてきていた。

 やはり、デューベルハイトが側にいたときだけ。


(……もう分かりません……)


 もはや首を傾げることも止めていると、フリッツが王を見送り、ついて出ていかずにビアンカの方に歩いてくるではないか。


「大丈夫ですか?」

「は、はい」


 大丈夫は大丈夫だ。


「陛下のお力は強いですからねー、頭ぼんやりしてませんか?」

「もう、大丈夫です」


 予想通り、吸血鬼の持っているらしい『力』だったようだ。


「普段洩れる分には会議で他の吸血鬼を威圧するくらいなんですけどね。……色々、まあ色々あって本人には自覚なしに洩れてしまっているんでしょう、はい」

「……色々……?」

「とりあえず頑張ってください」


 力が洩れるということがあるのか。そして頑張る、しかないのか。

 しゃがみこんでビアンカの様子を下から窺っていたフリッツがにこりとそんなことを言ったあと、「そうか、そうなるのかー」と呟いていたが何がどうなったのだ。

 ビアンカにはさっぱり分からず、慣れるしかないことは理解した。途方に暮れそうになる。






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