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25 側近、推測する

フリッツ視点。






 お姫様を抱き上げて行く王の姿は、……フリッツにはもう見慣れたものだった。

 長めの時を見てきた背中は、見慣れてくるというものではなく、すでに前にあることが自然。

 ぶれない姿は少し変わった様子を見せてもぶれてはいない。本人に変わったつもりがないからだろう。自覚が、ない。





 王の怒り。

 普段の平然とした「国を攻める」などの言動は、王にとっては普通で当たり前に振る舞っているだけのものだ。慣れればその平然とした様子に、誰もが「ある種の行き過ぎた思考」と見れるそれが王の通常思考だと悟る。

 しかし帝国を柱として考え少しでも牙を剥こうとする国を摘み取る思考は、国の王としては素質であるだろう。ゆえに、普段異常な発言をしたとしても怒っているということではない。

 臣下が不始末を起こしても、同様に、非情にしかし平等に罰を下す。感情の起伏があまりなく、支配者とは斯くあるべきなのかと温かみのないその姿に理想像を見たほど。


 その王が、確かに怒った。

 私情で自ら動き、臣下を打ちのめした。

 騎士団長は王の持つ、吸血鬼の中で誰よりも大きな「力」に倒れ意識を失った。それだけではなく口から泡を吹き、あの様子では目覚めても混濁状態が続くだろう。

 以前王が暗殺者を自ら手も触れずに地に沈ませたとき、目覚めた暗殺者は二度とまともに歩けることはなくなった。五体満足、傷をつけられたわけでもない。

 吸血鬼の優れた身体能力ではない、目に見えない「力」は威圧とも一種の催眠とも呼べる代物。

 単に痛めつけるだけを選ばず、王ほどにもなれば精神を侵すことも可能なその手段を取った。手っ取り早いと言えば手っ取り早いが、果たして。


 感情の波がないのではと思わせるほど凪いだ感情しか見せない王の心の中は、フリッツには見ることはできない。推し量ることしかできない。

 今日見せた行動に「熱」が感じられたことが錯覚で、感情に任せた行動かどうか明確には分からない。


 ――「匂い」

 フリッツが王に人間のお姫様を連れて帰ってきた理由を尋ねてみたとき、王は即答した。

 王としては森から狼と同じ感覚でお姫様を制圧した国から連れて帰ってきたようだが、やはり人間。色々な違いがあるとは違えど狼とは異なりはっきり言葉を交わすことができる対象。

 それが無自覚に本当の意味での「一目惚れ」なのだとしたら。




 三十年ほど前に、帝国外の別の国で人間を見初めたという吸血鬼に会う機会があった。その頃はまだ吸血鬼の妻となった人間は生きており、外見からするともう人間の方が歳を重ねすぎていた。吸血鬼と人間の寿命は決定的に差がある、こうもなるだろうとフリッツははじめてその組み合わせを目の当たりにして思った。

 その折に、珍しくもその吸血鬼が人間を見初めた経緯に話が及んだことは自然なことであったろう。

 その吸血鬼はこう言った。

 ――「血の匂いが私を呼んだのだよ。安らぎを与え、私を惹き付けて止まない。補食対象ということではない。運命とはこのようなものなのだろうと思うほどに、大事な存在となる相手を本能が見つけたのだろう」


 快活に笑いながら、幸せそうに伴侶を見ていた。


「そういう話がない方だったから、どうなることやら……」


 前提をそれだとして自覚がない状態が続くのは、フリッツにはどうしてか先に立ち込める不穏な空気しか感じられない。


 ひとまず今は気難しい吸血鬼をごまかしに行かねばと、フリッツは時間を置いてお姫様の部屋を出ていった。






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