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23 震え




「――陛下……!?」


 驚きに満ちた声をあげたのは、それほど近いところからではなかったことから、ビアンカの側に来た吸血鬼ではないようだった。他にまだいる別の吸血鬼、といったところか。


「お前たちは一体何をしている」


 暗い空間に王の声が響く。

 音もなく気配もなく現れたようなのに、カツン、と靴が床と接した音が立てられた。ビアンカの目には見えない。


「陛下、これは」

「私が言い訳が嫌いだということは知っているだろうから言い訳をするつもりではないな?」

「――もちろんです」

「それならば聞こう。私のものをこのような場所に、元々抗う力などないものを『力』を使い無力化してどうしようとしていた」

「それは――陛下……!? な、何を」


 よほど自信があるのか、落ち着き払った声が突如聞くからに変わり果てた。驚愕に満ちた声とほぼ同時に、ビアンカの目の前ある靴が前方から逃れるみたいに下がった。


「何だ、私と目も合わせられんのか」

「そういうつもりは、」

「ではなぜ抵抗しようとする」

「申し訳ありませ――う、」


 声が途切れた直後だったか。重いものが近くに倒れる音がした。もう一度、同じような音が少し離れたところで。

 何も物騒な音はしなかったのに、はじめにいて黒い長い影みたいに見えていた「誰か」たちが声が途切れた途端に倒れて、心なしか暗い中でもビアンカの視界が開けた気がした。向けられていた敵意や侮蔑の感情の元がなくなった、からか。


 じわりじわりと、頭をぼんやりさせていた何かがほどけていっている感じも覚えはじめていた。同時に、ずっと暗闇で目を開いていた証に灯りがない、光も射し込まない場所に立っている姿を一つうっすらと捉える。

 大きな存在感を放つ存在は、こちらに数歩進んだところで足を一払いした。

 未だ視界にあり続けた――今なら分かる――近くに倒れている人物の足が完全に消える。激しい衝突音と呻き声が一度。


「話を聞く気が失せた。目が覚めれば聞くだけ聞いてやろう」


 その頃にはビアンカの頭の中に立ち込めていた靄は晴れかかっていた。

 しかしながら、なおも身動きするほどの気力は満ちない……と思っていたが、そもそも体力が知らず知らずのうちに削られていたのかもしれない。


 そんなビアンカの前に近づくにつれ、足しか見えなかった姿が下がったことにより、この場でようやくはじめて見えた。声の通り、吸血鬼の王だ。

 塵を掃除するよりも荒く退けた障害物のことなど最初からなかったように、ただ一人、ビアンカをその瞳に映す。


 赤の瞳には、目に見えるわけではない力の残像が見られた。

 どうやって手も触れずに倒れさせたのだろう。狼が前触れなく倒れた姿と音と重なり、ビアンカの意識を朦朧とさせた目を思い出す。

 おそらくこれは偶然ではない。彼らの赤い瞳には、まだビアンカの知らない何かが秘められている。

 人間ではない彼らが有する、人間や獣が為す術もなく屈服せざるをえない力は身体能力だけではないのだ。


「私も怖いか」


 王は何をするより先にそう言った。

 ビアンカからは得たいの知れないと思えた、同じ力を持っていると感じる王。

 そうしている間にも、鮮烈なまでにいつもより赤みを増していた瞳が、色が褪せたわけでもないけれどスゥと落ち着いていく。

 無様にも未だ横たわっているビアンカは、その言葉が耳に入り、如何様な意味かも理解したが、何か言うより前にぽろぽろと涙が目から零れた。冷たい床についたままの頬を伝う。


「また泣くか」

「…………すみま、」

「私はお前を傷つけない」


 ビアンカの絞り出すような言葉を遮る形で、声が落とされた。手が伸ばされて、くる。


「…………ぁ」


 その手は、やはりビアンカに何も危害を加えなかった。頬に触れる。

 ビアンカの顔をあげさせるわけでもなく、ただ触れるために触れさせられた手。じわりと手の温度が頬に伝わり移る。


「怖がるな」


 何もしないと証明するみたいに、王は手を動かさなかった。


「怖がることを、私は許さない」


 まるで傲慢な言葉のあと、手は頬から離れて床に直に転がされているビアンカの身体を持ち上げた。

 フワリとドレスの裾が足をくすぐり、いつまでたってもビアンカの体温が移ることないどころか、冷たさを反対に身体に侵食させてきていた床からビアンカは解放された。


 抱き上げられ接したその身に、身を寄せてしまったのは身体が冷えきっていたからだろう。直後、ビアンカを抱く手が強くなり王は身を翻した。


「フリッツ、あれらを拘束しここに閉じ込めさせておけ」

「はい」


 ビアンカがいたのは、小さな部屋であったようだ、自分の足ではなく吸血鬼の王に抱えられて出たところには、側近であるフリッツがいた。アリスもいて、「お姫様!」と呼ばれた。

 王は足を止めることなく、城のどこの位置か分からない廊下を歩き続けた。




 震えが止まっていることに気がついたのは、いつだったか分からない。その腕の中がとても温かく感じたのは、さっきまで寒かったからかもしれない。

 その腕に存在に安心したのも、さっきまでがいくらぼんやりしていても、無意識に怯えていたからだろうか。









 ――目から涙が流れる前に心の中に広がったのは、たしかな安堵だった。









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