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13 側近、違和感を抱える

フリッツ視点。







 狼と同じような扱いだと経緯だけに見るに見てきたが、どうも対象が少女だからかそうは見えない。フリッツは何だろうなと、ここ最近度々違和感に近い感覚を抱えることになっていた。

 強いて言うのなら、むしろお姫様の方が未だにびくびくしているから王の方が狼に見える。とにかくここのところ繰り広げられている光景なんて最早――



「陛下、質問をしてもよろしいですか?」


 王の「休憩」が終わり、側近として執務室にも同じくして戻ってきたあと、しばらくしてからフリッツは机の上にさっと書類を追加しつつ尋ねた。


「お姫様のことなんですが」


 いつもなら関係ない話をすれば「それは今する話か?」と静かに問われ、口をつぐむしかないのでこんな言い方しか思いつかなかったから仕方がないが、賭けだった。


 特にこの間、帝国に牙を剥きそうな国を、密偵の報告を聞いた王の「芽は早めに摘むぞ」の一言で速やかな制圧を果たした後、その後の整備・運営等決めることが多く着々と書類が増えてきて忙しくなる時分だ。

 重要案件ならば先にその旨を伝えることがもはや当然と化しており、そうでなければ無駄話として切られる。

 しかし運がいいのか気まぐれか何か、王の顔は向けられないものの「何だ」との許しが得られた。


「連れて帰っていらっしゃったわけですが、いつものように狼ではないわけではないですか?」

「それがどうした」

「何が決め手だったんですか? 髪も目の色も人間としては珍しいものではないはずですよ」

「匂い」


 即答だった。



 王があろうことか、制圧した国の王族を一目見て連れて帰ると言ったという。()()()のことだ。

 他の者がしたならば「はぁ?」とでも言いたくなることかもしれないが、この王に関しては前例がある。

 所有の森に狩りに行った際に狼を見かけて、一目見て気に入って連れて帰ると言い出し、有言実行で連れて帰る。そのような事例。

 しかしながら、王とて見かけたからといって狼であればどんな狼でもいいというようではなく、見かければ見かける度に連れて帰るわけではなかった。好みがあり選んでいるようだ。当然と言えば当然か。


 それが今回にあたり、港で待っていたフリッツが目にしたのは王が抱き上げている人間の少女だった。

 雰囲気からして吸血鬼ではなく、やはり赤い瞳ではなく淡い青の目。服装も帝国側から来た者の中には人間の兵も混ざってはいるものの彼らは軍服だが、少女はドレス。

 後から共に都に制圧に向かった人員から話を聞いて、王族だと発覚したという流れだった。

 完全に人拐いに見えたことはさておき、経緯的には「狼と一緒かぁ」とすぐに見たものだ。他の者もそう納得――こう納得できるところが王の一つのすごいところかもしれない――していた。


 が、気になるところはある。なんといっても「狼」ではなく「人間」。

 連れて帰ってきた本人は至って狼と同じように扱っているよう――念のため悪気はない――だが、狼ではなく人間なため、客観的に光景が異なって見えるのだ。



 なぜ人間だったのかと聞いても「気に入ったことに狼も人間もないだろう」とか返ってきそうなのでフリッツが「決め手」という言い方をしたら、即答された。


 匂い。

 見た目ではなかったのか。

 華奢で、何もないところで転んだところを見たこともあり、表情も相まって弱々しくしか見えない人間のお姫様をフリッツは思い出した。

 そういえばこの王は嫁取りをしておらず、まあ吸血鬼の人生はまだまだこれからなので急がなくてもいいかみたいな感じなので最近はめっきり聞こえない結婚話の類。

 それでも吸血鬼は子が出来にくいので急ぐに越したことはないのだが、王の興味が色恋には微塵も向かないことが大いに関係している。


 人間も外見的には自分たち(吸血鬼)とあまり変わらないよなぁというのがフリッツの見解なので、容姿に好みがあれば合致するのかなと思いきやそういえば外見の好みを知らない。

 ではこの機会に知ることができるのではと遅ればせながら思い立つも、外見ではなく、『匂い』だと言う。


 フリッツは、王の一言で何だか色々考えた。

 吸血鬼の嗅覚は鋭いので、やろうと思えば、香りつきの石鹸で身体を洗ったりしても本来の匂いを嗅ぎとることが可能である。狼も洗われているが、関係ないだろう。

 狼もその基準で連れて帰っていたのだろうか。単に狼好き、としてしか見ていなかったけれど。


「――今思えば」


 答えるだけ答えて、フリッツが無言になったことにも無関心な様子だった王が、ふいに呟いた。


「あれは血の匂いか」


 考え込んでいたフリッツはとっさに紙の束から目を上げて、王を凝視した。王もペンを走らせていた手を止めて、目を上げかけていた。


 血の匂い。

 吸血鬼らしい言葉だ。しかし意味が意味であれば、人間と共存する時代においては少々問題である。


「それは、美味しそうとかそういうものですか」

「美味しそう?」


 怪訝そうに目を向けられ、聞き返されたことで、見当違いな心配をしていたと悟る。


「いえ忘れてください、失言でした」


 違うらしい。どうしてフリッツがほっとせねばならないのか、若干ほっとする。

 そんな意味ではなくて良かった。そんな意味だったらお姫様をどうするべきだろうか、でも余計なことをすると王の反応がとか考えるはめになっていただろう。


「それよりあれはよく震えるがどうしたんだ。あれだけ着込んでいるのでは寒いのではないだろう、病気か?」

「それは……正直に言うと陛下が怖がられているんじゃないでしょうか」


 不思議そうに聞かれるのだが、王は本気である。

 食事の場での発言が尾を引いているのかどうかは知らないが、自分やアリスに少し打ち解けているお姫様は、王に対してぎこちなさがあった。

 吸血鬼が残忍だとか思われなければいいのだが。

 王の発言は王の性格ゆえのことであって、フリッツたちは慣れたものだが、お姫様は違うだろう。目に見えて怯えていた。

 まあこの王は顔に笑みはあるが、如何せん雰囲気が威圧的だからかもしれない。


 震えているのが、この国は夜が長く続くからか、極夜とまではいかないもののどうやら人間には寒い気候になると王は知っているので、寒いからと考えている節がある。

 それ以外の理由でも王の前で震える人間は珍しくなく、ときに吸血鬼だって震えるので慣れてしまって、そのこと自体気にしていない……のではなかったのだと、はじめて知った。気がついていたのか。それにしても病気とは。


「怖がられているのか?」


 これもまた不思議そうに聞いてくる。

 フリッツはそれ以上は答えようがないので、「おそらくですけど」と言っておく。

 すると王は何を感じたのか考えているのか、目をただ前に移した。


「それは、少し気にくわんな」


 恐れの目を向けられることに慣れているはずの王は、ぼそりと言った。



 それを聞いたフリッツは、王による話題の推移で忘れかけていた違和感を抱いた。

 これまでとはやはり何かが決定的に違う。お姫様に表情があり、狼とは異なり怯え様が悲壮感として見えたり、途方に暮れているなとか分かる存在だからだろうか。

 人間だから当たり前。狼とは違う。

 人間だから。

 匂いとは……まさか。

 フリッツは、王を窺うように見たが、今話された以上のことを読み取ることはできなかった。







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