12 扱い
今日もフリッツが起こしに来るまで眠っていた王は、寝起き特有のぼんやりさを残したまま、ビアンカの頭を無造作に撫でて寝室を後にした。
フリッツによると、完全な覚醒に数十分かかるそうだ。
寝起きの吸血鬼の王は怖さが半減する。
***
吸血鬼について、人間とは異なる生き物だと感じさせられる事項がまた一つ判明した。
吸血鬼の寿命は人間より遥かに長いらしい。人間が長生きしてのようやくの八十年ほどの年数は当たり前、むしろ若くあると聞いてぽかんとした。
ビアンカよりお姉さんといった風なアリスも、実は人間からすると目が飛び出る年齢であったりするようだ。詳細をアリスが言い出す途中で、ビアンカは詳細はいいですと断った。
何だか怖い。見た目で判断できない。ビアンカには想像もつかない世界だ。
聞くとところによると、王がその座を前の王から継いで早五十年は経つとか。その王はというと、アリスよりもフリッツよりも年上らしい。もちろん何歳かは聞かなかった。
途方もなくて、呆気にとられるのは目に見えている。
やはり瞳の色が独特なのには理由があるということだろう。
人間とは異なるのだなと再認識した。
ちなみに長生きなだけに、子どもが生まれる確率は低く、吸血鬼の子どもはとても少ないらしい。
それは納得かもしれない。長生きなのに人間と同じ確率で生まれていては、あっという間に国は飽和状態になってしまう。
最近のビアンカは、祖国でしていたのと同じように本を読んで時間を過ごしていた。
幸いにも、大陸内では共通言語・文字が使用されており、図書館も自由に使っていいとの許しをアリスがもらってきてくれた。
ビアンカが王なり他の誰かなりに直接お願いするとなると、どれほどかかっていたか。アリスには頭が上がらない。
しかし手にいれた本が手元にあれど、今は頁を捲れない。正確には捲れはするのだけれど、目が文字をまともに追えず、滑る滑る。
原因は一つ。ビアンカが吸血鬼の王の膝に乗せられているから。
文字通りの意味で、ソファーに座った王の膝に飼い犬よろしく大人しく乗せられていた。
「……」
城に来て一週間経ったが、この王は寝るとき以外にもビアンカのところへ来るようになっていた。
ビアンカに与えられている部屋にふっと姿を現したのが城に来て三日目、ビアンカがこの部屋で過ごすようになった二日目のこと。
前の日に続いて銀毛の狼が来ていたものだから、小さな喜びがあり、ビアンカが熱心に毛並みを撫でていたときに現れたのだ。「お姫様はソファーの影ですよ!」と、なぜかにこにこしながらビアンカを見つめているだろうアリスの声がして、フリッツが来たのだろうかと、今度は驚かないようにせねばと心を整えていた。
現れたのは吸血鬼の王だった。
危うく悲鳴を上げるところで、すんでのところで止めたことはもちろんだ。
跳ねる心臓を抱えつつ見下ろしてくる王を見上げ動きが取れなくなりつつ、考えたのはもしかして狼に会いに来たのだろうかということだった。
この銀毛の狼は二日続けてビアンカのところに来ているから。
けれども予想はあっさりと破れることになり、気がつけばビアンカは抱き上げられ、移動し、ソファーに座った王の膝の上に鎮座。腰に手が回って軽く引き寄せられるがままに、ガチガチに固まった。
それが今も。
動きを固めたビアンカは、本を閉じるべきか迷っていた。読めない。
王にとってはビアンカが何をしていようが関係ないらしく、今日はソファーとは別にある椅子に座って、狼が下に寝そべっている状態からの部屋に来た王がビアンカを回収し、ソファーに。
そろりそろりと目を少しずつ動かして顔を盗み見ると、赤い瞳は前に向けられていた。どこを見ているのかはさっぱり分からない。
代わりに、その後ろに控えていたりアリスと喋っていたりするフリッツが今日はソファーの背の後ろに控えていたので、目が合った。にこりと微笑まれる。助けてくれる気はないらしい。
それにしても、吸血鬼の王は休憩に来ているのだろうか。狼と戯れ時間的な休憩。これでビアンカも一応狼枠のようだから……。
それでもビアンカより美しい毛並みの狼を愛でた方がいいと思うのだが……と、本を読むことを諦めたビアンカは、王についてきて足元に侍っている新たな狼を愛でている。
狼は八頭いるらしい。
王は何を喋るでもなく、ビアンカを膝に乗せて抱き寄せるだけ抱き寄せたまま静止するもので、場には当然沈黙が落ちる。
気まずいと思っているのは、ビアンカだけなのだろう。
ビアンカの方はズバリと心の内を暴かれたことで、ますますこの王への苦手意識が強まっていたのだが、王の方は全くそんなこと気にしておらず何事もなかったようだった。
王にしてみれば、特別何か言ってしまったとかいうものがないのかもしれない。
とりあえず今日は十五分程度いて、ビアンカの頭を撫でて仕事に帰っていくらしかった。完全に狼扱いだ。最近はたぶんなんとなくは慣れてきているものの、十五分は永遠のように感じられた。