84話
俺達が狼の魔物に追い立てられて進んだ先は、山の中とは思えない位に開けた場所だった。
サッカーコートが丸々納まるんじゃないかと思うほど広かった。
そして俺達が森から出てきた場所の反対側には狼が待ち構えていた。
赤いシルエットはこいつらの物だった。
あと少し距離があるから何とか避けられるかと思っていたが、まさかこんな場所に出るなんて思ってもみなかった。
俺達の姿は相手に視認されてしまい、今から回避行動を取っても意味がない。
この広く障害物のない場所で待ち構えていた狼達は、群れと言うより隊と言った方がしっくりくるくらい整っていた。
まず7~8匹の普通種を1頭の魔物が纏めている。魔物は俺達をここまで追い立てたポニーサイズとよく似ているな。
この分隊のようなグループが7分隊。これだけで普通種約50匹に魔物が7頭。
分隊を纏めているのが、隊の後方で一際大きな存在感を放っている魔物の狼。
この狼がこの群れのボスであり、この隊の隊長であることは間違いないだろう。
それはなぜか。
そいつのサイズがあり得ない。
前世の映画で見た人の子を娘にした真っ白な山犬のサイズなのだ。
普通種の狼が子狼サイズに見えてしまうくらいだ。
このボスの周りには、ポニーサイズの狼が近衛隊よろしく周りを固めている。
距離があるからはっきりとは分からないが、15~16頭位はいそうだな。
そんな狼隊を前に俺達は歩みを止めていた。
そこへ俺達を追い立てていた魔物の狼約24頭と生き残っていた普通種6匹が森から現れ、立ち止まってしまった俺達を更に中央へと押しやる。
これで前後を魔物に抑えられてしまった。
「ボヤッとするな!」
いつの間にか武器を下に向けていた皆は、ルーベンが声を聞き慌てて武器を構え直す。
狼のボスは、俺達の後ろに仲間が現れたのを確認して分隊長向かって顔をクイッと動かした。
それを合図に分隊が左右へ展開し、総勢約100匹の狼は俺達を完全に包囲した。
その統率された動きに驚きを隠せない。
狼というよりもどこぞの軍隊みたいで、思わずヴィクターに聞いた。
「ヴィクターさん。狼ってここまで軍隊っぽい動きをするものなんですか?」
「するわけないだろ。こんな行動体系を取る狼なんて、魔物でもあり得んだろ」
その答えにベンハミンも頷く。
「俺も初めて見た。いくら魔物って言っても所詮は獣だからな」
「となると、あの一番デカい奴のせいですかね。あれは変異種ですか?見た目普通ですけど」
変異種というのは見た目が変わる、つまり変異するのが特徴と言われている。
魔物は本来の姿のまま図体が大きくなる。力なんかは強くはなるが見た目は変わらないのが魔物だ。多少牙が大きくなったりするがその程度。
目の色が真っ赤に変わるのは共通している。
「あいつが統率してるのは間違いないな。見た目は変わってねぇから魔物なんだろうが……あそこまでデカくなるほどの魔力の影響を受けてるのに変異してねぇのは気味悪いな」
ルーベンがボスを睨みながら言ったがどうも納得してはいないようだ。
でも纏め役がいなければ……そう思い聞いてみる。
「それならボスを倒せば他の奴らはバラバラになりますかね?」
「可能性はあるな。だけどあの一番奥に陣取ってる奴まで辿り着くのが至難の業……いや、そうか。ドルテナの武器があれば」
そう、俺の武器の射程は長い。この距離なら狙撃可能だ。アサルトライフル【FN SCAR-H】ならスコープも付いているからいけるはず。
俺とルーベンが話していると「それは無理だ」とルイスが否定してきた。
「なんでだルイス。この距離なら外さねぇだろうしあの破壊力だぜ?」
「そうだね。外しはしないだろうね。でもあのボスには通用しないと思う。ここまで来る間に何度か魔物に当たっていたけど倒せてないからね。それなのにあのサイズのボスに有効とは思えない」
走りながらは発砲してたけど当たってはいたのか。俺には全くわからなかったけどルイスには銃弾が当たった事がわかったようだ。
あの状況でわかるって凄いな。
そういえば、女性を見たら直ぐにモッコリして飛びかかる中年の凄腕ハンターもそんなことを言ってたっけな。漫画の中の話だけど。
「ならダメか……」
そう言ってルーベンは険しい表情を更に険しくした。
確かに当たるのは当たったけど相手にダメージを与えられないんじゃ意味がない。
だが俺の武器にはもっと破壊力のある奴があるんだ。現代兵器を嘗めないでもらいたい。
「いえ、たぶん大丈夫です」
「ドルテナが変異種を倒したときに使ったという爆発するやつかい?あれは狙いを付けにくいと言ってたよね?」
ルイスが蛇の変異種に使ったアンダーバレル・グレネードランチャーのことを言っている。
あれはイマイチ狙いが付けにくい。それに今回はかなり距離もあるからハッキリ言って命中させる自信はない。
ならば命中率のいい物を使えばいいだけだ。
「はい、狙いが付けにくいのであれは使いません。なのでこれを使います」
俺はFN P90をしまってアンチマテリアルライフル【Barrett M82】を取り出した。
「それは?」
長方形をしているFN P90とは違ってBarrett M82は見た目が細長い。
Barrett M82はFN P90に比べてかなり威力が高い。その為、反動も凄いので射撃姿勢は基本的に腹這い状態だ。
しかし今の状況で腹這いになりボスを狙うのは角度的に無理があったりする。
「さっきまで使っていた奴より数段上の威力があります。その分反動が凄いので地面に置いて腹這い状態で撃つんです」
「地面に置いて腹這い?それであれを狙えるのかい?」
同じ飛び道具を使っているルイスがボスの頭へ視線を向けながら聞いてきた。
「いいえ。残念ながら腹這いだと角度的に無理があります。なのでこれを使います」
そう言って俺は事前に準備していた物を取り出した。
それはどこにでもありそうな高さ1m程の机だ。
但し、脚は何本もの木で補強され、更に筋交いもしっかりと入っており、ぐらつくことは一切ない。
その脚とは別に斜めに支え棒のような物があり、安定感を増している。
天板の部分も10cmの厚みがあり、表面は滑り止め処理がされていた。
これは今回の討伐に行く前、万が一を考えて木工店で購入した。勿論こんな机はないので、既存の机に特注で補強や脚などを付けてもらった。
「なるほど。それを使っている角度を得ると」
ルイスの言葉を聞きながら二脚を立てて滑り止め処理がされた机の上に置く。
「ええ、こんな感じです」
「ドルテナ、それならあいつを倒せるのか?」
Barrett M82の射撃準備を横目に見ながらルーベンが聞いてくる。
「恐らくは。蛇の変異種でもこれより弱い武器で倒せたんですから」
と言ったものの、正直不安だ。
もしダメだったらアサルトライフル【FN SCAR-H】を乱射して手当たり次第数を減らすしかないかな。
「わかった。あのデカ物は任せたぞ。ドルテナがボスを倒した後はあの木に向かって移動。あれを壁にして狼を倒していく。いくら数がいても1度に攻撃してくる数は知れているからな」
ルーベンが示したのは、森とこの開けた場所の境目に立っている1本の巨木だ。
どこぞの神社のご神木かと思うほどの大きさだ。
あの木には茶色くて大きなお口をしたフワッフワな大きな妖精はいないと思う。
それよりも、だ。
100匹も狼がいるとはいえ、1カ所に固まっている俺達へ同時に攻撃を仕掛けられるのは普通種で10数匹。魔物なら5頭が限界だろう。
これなら何とかなるが、問題は時間だ。100匹近い狼を倒すには相当の時間が必要になるはずだ。
兎に角やるしかない。
「ルーベンさん、タイミングは合わせます。ただ、かなりデカい音がするので、全員必ず耳を塞いで下さい。真面に音を聞いてしまうと当分耳鳴りがやまないので危険です」
「そんなにか?……わかった。ドルテナが狙いを付けたら俺が合図を出す。そしたら全員耳を塞げ」
皆からわかったという言葉を聞きながらレバーを引いて装填し、約80m位離れているボスの眉間にBarrett M82の照準を合わせる。
ボスは、動かざる事山の如しとでも言いたいのか動く気配がなく、俺達から一切視線を外さない。
そんなボスの威圧感を感じてザワザワしている心を、大きく深呼吸をして落ち着かせる。
「ルーベンさん、いつでもどうぞ」
「わかった。……皆いいな?いくぞ……3…2…1…今!」
ルーベンの戦闘開始の合図に合わせて皆は耳を塞ぎ、俺は引き金にかけた指に力を入れて引いた。
ー ダンッ!! ー
俺達の死闘の開始を告げる銃声が辺り一帯に鳴り響いた。




