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82話

ー プシュッ ゴクゴクゴク ー


「プハァ~。仕事終わりのビールはやっぱ旨いわぁ。今週は忙しかったからな、その分だけうまさが増すってもんだ。流石プレミアムなビールだけのことはあるな」


 忙しかった週末のご褒美ビールを俺は堪能していた。

 そこへ誰かが俺の体を揺さぶりながら声をかけてきた。


「……ろ……きしゅ……」

「ちょっ!やめろよ、ビールが零れるだろ」


 それでも声の主は体を揺さぶるのを止めるどころか叩き始めた。


「もう何なんだよ」

「……テナ!……お……ろ!おい!起きろ!敵襲だ!」


 脇腹にドンッ!と強い衝撃感じて目を開けた。

 視界の先にはなぜか蹴散らされたように散らばっている焚き火の炎があった。


「え?」

「え?じゃねぇよ!さっさと起きろ!敵襲だぞ!」


 後ろを振り向くと厳しい表情のヴィクターが俺を見下ろしていた。


「早く立って応戦しろ!」


 上半身を起こして周りを見ると俺の周囲で狼達と戦闘をしていた。

 慌てて立ち上がりサブマシンガン【FN P90】を取り出してレバーを引きいつでも発砲できるようにした。


「ヴィクターさん、これは」

「見ての通りだよ。奴ら朝方を狙って来やがった。起きたなら戦闘に加われ」


 俺とヴィクターの声が聞こえたのだろう、フレディが指示を出してきた。


「ドルテナ、あの爆発するやつでこいつらなんとかならないか!ここであまり矢を消耗したくない!」


 フレディが矢を放っているイレネとルイスをチラッと見た。

 この後、塒へ行くのにここで矢が尽きたら洒落にならないわな。

 でも、この至近距離でグレネードなんか使ったらこっちまで爆発に巻き込まれかねない気がする。


「皆を巻き込む可能性が!それに普通の狼ならこれでいけるはずです」


 今襲ってきている狼は普通種だけだった。ただ数が30匹近くいて少し押し込まれている状況だ。


 30匹……報告より多くねぇか?


 奴らも狼だけあって動きが素早いうえに群れで狩りをするだけあって連携が上手い。

 とはいえこっちもランクCとDがいる。最初は奇襲で体制が整ってなかったが今はきっちりと対応できており、数匹は既に倒している。

 今も飛びかかってきた狼をルーベンが盾で押し返すと、着地の際に体勢を崩した所へバリーが槍を突き出して狼の脇腹へ突き立てていた。


 その輪へ俺も戦力として加わった。

 狼へ向けて矢を放っているルイスの前へ出て片膝になる。ルイスの射線を邪魔しないためだ。


 FN P90を単発からフルオートに変えて、こちらの隙を窺っている狼へ照準を合わせる。

 距離は10mもないから外しはしないだろう。


 狼達は俺が持っている物が気にはなるようで、ウロウロと歩き回りながら警戒をしているようだ。

 狼は体長1.5~2mくらい。真っ正面を向かれると少し当てにくそうだが、幸い奴らはウロウロと歩き回っているお陰で体の側面を俺の方へ晒している。

 1mちょっとの的が左右へ動いているのと同じだ。

 引き金にかけている指に力を入れる前に注意を促しておく。銃声に驚いて後で怒られても困るからな。


「皆さん!発砲音に注意!いきます!」


ー タタタタタタタ ── カツン ー


 引き金を引きながら横一文字に動かして前面にいる狼達に鉛玉をくれてやる。


「チッ!動いてると当たらん!」


 最初に銃弾を受けた狼は倒れているが、銃声に驚いた他の狼達は必死に逃げていったため大した成果は上げられなかった。

 それでも狼達は一斉に俺達から距離を開けたので1カ所にまとまり話ができる程度に余裕ができた。

 だけど周りには狼達が俺達を取り囲むようにいるから、自然と円陣のような形になっている。


「フゥ~。ベンハミン、こいつらがヒュペリトの周りをウロチョロしてた群れか?」

「いや、どうだろう……魔物が1頭もいないのはおかしい。目撃されていたのは魔物2頭だったと聞いているし、普通種は20数匹のはず」

「こいつらは別の群れか?兎に角こいつらをどうにかしねぇと目的の岩山に行けねぇぞ?」


 ヴィクターとベンハミン、それにルーベンが話している。

 目的の岩山の方向には少し大きめの赤い点があるが動きを見せていない。

 もしかしたらこいつが……。


「ルーベンさん、岩山のある方向の森の中に少しデカい気配がありますよ。そいつがもしかしたら魔物なのでは?」


 俺は視線と銃口を狼に向けたままルーベンに赤い点の存在を伝えた。


「俺も何となく感じてるが……お前わかるのか?」

「ええ、恐らくあの辺りです」


 あまりはっきり断言すると色々と疑われるだろうが仕方がない。

 俺の左方向のある一点を指さした。


「間違いないのか?」


 俺は首を縦に振って応えた。


「フン、俺でも何となくでしかわからねぇってのに場所までキッチリとわかんのかよ。変異種を1人で倒しただけのことはあるんだろうな」


 ルーベンが面白くなさそうに言うが、この状況で誤魔化しても仕方ないだろ。


「となるとこいつらが目的の群れ……なのか?でもドルテナの言うやつが魔物だとすると、塒はやはり岩山ってことか……ヴィクターどうする?このまま進むか、それともこいつらを先に仕留めるか」

「倒せるうちに数は減らしておこう。この数に魔物も加わると厄介だ」


 ルーベンとヴィクターが対応を話しているとき、イレネとルイスが矢の消費量の話をしていた。


「イレネ、残りはどれくらいありそう?」

「2/3はあるけどできるだけ温存したいわね。そっちは?」

「同じくらいだ。もう少し持ってくればよかったかな」

「しょうがないわよ、持てる量にも限りがあるわよ」


 そうか、俺が矢を持っていれば2人も残りを気にせず攻撃できたんだな。


 そう思って俺の後ろにいる2人をチラッと見たとき、2人の向こう側にいる狼達の更に奥が赤くなっていた。


 片割れの魔物か?と思ったがシルエットの範囲が広すぎるから違う。


 それは少しずつ近づいているようで、じわりじわりとシルエットがわかるようになってきた。

 俺が目の前の狼から視線を外して反対方向を見たままになっていたのをホスエに怒られた。


「ドルテナ、目の前の敵から視線を外すな。やられるぞ」


 ホスエに注意されても俺は新たに現れたシルエットから視線を外すことができなかった。


 ルーベン達に教えた奴の位置は俺から見て10時の方向だ。そして近づいて来ている奴らは7時の方向、丁度フレディが向いている先だ。

 挟み撃ちをするにしては少しズレているような気もするが、このままだとあまり嬉しくない状況になるんじゃないだろうか……。


「おい、ドルテナ!聞いてい ── 」


 ホスエは俺に無視されたと思ったのか、苛立ちながら更に声をかけてきたが俺は取り合わなかった。いや、取り合えなくなった。

 俺が見ている先にいる別動隊の様子が何となくわかったからだ。


 この状況から考えて狼で間違いないだろう。シルエットの動きも何となくそう見える。

 対象は150~200cm位の高さがあり、これは普通種の狼の1.5~2倍の高さだ。つまりあれらは魔物。そしてその数は20頭前後。


 おいおい、この状況で魔物が20匹追加かよ。普通種と合わせて50匹……無茶苦茶だろ。


 背中に冷たい汗が流れ落ちるのがわかった。

 俺は居ても立っても居られず、フレディの横へ移動して銃を構えた。

 いきなり立ち位置を変えた俺へ、皆は訝しい目を向けていた。


「おまえ、何やってんだ?」

「ルーベンさん、この方向から何か来ます。恐らくは狼の増援……あの森の奥です」


 ルーベンは、いきなり敵の増援なんて言い始めた俺を「こいつ何言ってんだ」的な目で見ていたが、俺が森の中にいる狼の位置を把握できたことを思い出したのか慌てて武器を構え直した。

 その行動で全員に緊張が走り話し声は消えた。


「ドルテナ、何匹位かわかるか?」

「はっきりとは……でも20頭位だと思います。それと」

「それと?」

「普通種よりデカそうです。凡そ1.5から2倍の大きさかと」


 俺が説明している間にも少しずつこちらへ近づいている。


「……魔物」


 思わず誰かが呟いた。


「ルーベン、もしドルテナの話が本当ならかなり厳しいぞ。この人数で50匹は無謀だ!撤退するべきだ」


 レオカディオがルーベンに撤退だと強く訴えているが、撤退するにしても帰り道の方からは狼の増援が近づいてきている。

 撤退する場合でも戦闘は避けられない。


 ルーベンが何とかこの場を脱する方法を画策しようとしていたが、それよりも先に事態が動いたのだった。




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