80話
リアナの部屋で一夜を過ごした俺はスッキリとした表情で宿へ帰ってきた。
泊まりということで朝御飯まで付いていたので、昨夜同様にリアナに食べさせてもらった。
朝御飯前にリアナをいただいたのは言わずもがなだ。
宿を取ったのに泊まりもせず朝御飯までも不要になってしまったがしょうがない。
ただ、朝御飯だけはお弁当にしてもらえるので今日のお昼ご飯にする。
そのお弁当を受け取りに宿の食堂へやって来た。
食堂では《疾風の牙》のホスエとバリーが朝御飯を食べていた。
「おはようございます」
「おう、今からか?早くしねぇと出発の時間になるぞ」
「そうだぞ。俺達以外はもう食べて出発の準備をしてるはずだ」
「もう皆さん終わってるんですね」
「お前も早く食べてしまいな」
ホスエが空いている席を指さして座るように言ってくれたが、その時に従業員がバスケットを持って席へ来た。
「お待たせしました。こちらに入れておりますのでどうぞ」
「ありがとうございます」
バスケットには俺の朝御飯をお弁当にしてもらったサンドイッチが入っていた。
「なんだ、食べないのか?そんなんじゃ力が出ないぞ。それとも体調が悪いのか?」
俺が朝御飯を抜くと思ったバリーが体調を心配してくれだが、朝御飯を既に食べてきたと伝えると2人とも爆笑した。
「そうか、お前朝帰りか!やるなぁ」
「若いから元気だな。しかしロングは高いだろ?よく払う気になったな。あ、そう言えばお前は変異種を倒しててな。なら金はあるのか……でも女にはまって使いすぎるなよ?」
「アハハハ、大丈夫ですよ」
とはいえ、討伐から帰ってきたらヒュペリトを発つ前にもう一度リアナには会いに行くつもりだけどね。
2人に挨拶をして食堂から出てきた俺は宿の井戸へ行き、水を補充しておく。
狼が塒にしていると思われる岩山へ行くには徒歩で1日半かかるから今夜は野営だ。
水を補充して帰ってくるとちょうど宿からヴィクター達が出てきた。
「おはようございます。もう出発ですか?」
「あぁ行くぞ。ベンハミンは門で待ってるはずだ。ドルテナも出られるな?」
「はい、さっき水を補充しましたからいつでも行けますよ」
「よし、皆出発するぞ」
ヴィクターを先頭に門へ向かう。
門には既にベンハミンが待っていた。
「皆さんおはようございます。では早速向かいましょう」
案内役のベンハミンと合流し、今日の野営地へ向けて出発する。
ヒュペリトから野営地までは山道というよりは獣道みたいな道を歩く。
いつも着ている外套は木の枝などに引っかかったりして邪魔になるので脱いでいる。
戦闘服のままではあるが皆には一度見せているので問題ない。
「ドルテナ、朝帰りしたらしいな」
警戒しながら獣道を進んでいると、俺の前を歩いているヴィクターが話しかけてきた。
ホスエかバリーに聞いたのだろう。
「えぇ。皆さんはどうだったんですか?」
あのお店の女性は1番年上で22歳で1番若いのがリアナだった。
「皆楽しんだようだが、泊まったのはお前だけだよ」
「若いってのはいいなぁ。あ、そうだ。アビーには言わないから安心してね」
俺の後ろを歩いているルイスがニヤニヤと笑いながら話してきた。
「何がどう安心なのかわかりませんが、アビーさんに聞かれたらルイスさんに連れて行かれましたって答えますよ」
「ブッ!な、何を言うんだい。連れて行ったのはルーベンだよ!俺が連れて行ったなんてアビーの耳に入ったら命がないじゃないか」
イヤイヤ、どんだけアビーが強いんですか。というか、なんでそんなに妹にビビってんの?
「おい!もう少し静かに歩け!そろそろ狼が目撃されている辺りなんだぞ」
俺達の後ろを歩いているレオカディオがちょっとお怒りだ。
喋っていて狼の接近に気が付かなかったとなると洒落にならないから、その後は静かに獣道を黙々と進んで行った。
俺としてもリアナとの事をあれこれ聞かれるのは恥ずかしいから助かる。
しかしそれもお昼休憩までだった。
少し開けた場所で休憩をすることになった時、昨夜一緒に出かけた面子に取り囲まれた。
「で、あの店は正解だったろ?」
ルーベンが俺に向かってドヤ顔で聞いてくる。
「それは否定しませんけど、行く前にどういうお店に行くかくらいは教えて欲しかったですよ。入ってビックリ、食べてビックリ、聞いてビックリ。あの短時間でどれだけ驚かされたことやら」
「いいじゃねぇか。あの娘と楽しくやれたようだしな」
朝帰りするくらいにな、と言ってニヤニヤしている。
「皆さんはあの店には何度か行ったことがあったんですか?」
「フレディ達が抜ける前に俺とレオ、ホスエは何度か行ったな。ルイスとバリーは初めてか?」
「そうだね。あの店は初めてだったよ。話は聞いてたけどね」
《疾風の牙》のルイスとバリーはフレディとイレネが抜けた後に入ってきたんだそうな。
「他の店も似たような外観でしたけど、やはり同じシステムのお店ですか?」
あの辺りのお店は外明るめ中暗めの所ばかりだった。
「娼館もちゃんとあるぞ」
「やっぱりあるんですね」
「村の規模としては娼館なんて珍しいかもしれんが、まぁヒュペリトがそういうところだからな」
「そういうところ?」
「なんだ、お前知らずにヒュペリトに来たのか?」
え?そんなに有名なの?
俺がキョトンとしてるとヒュペリトの話をしてくれた。
元々マホンのあるダスマダ領は隣国ヴォルトゥイア帝国の領土だった。
その頃は何度もシネスティア国へ戦争を仕掛けていたらしい。とはいえ、国力でシネスティア国に劣るヴォルトゥイア帝国が勝てるわけもなく、毎回シネスティア国が侵攻を防ぎ勝利していた。
しかし今から130年程前に起きた大きな戦争で毎度の如くシネスティア国が勝利したが、何度も戦争を仕掛けられていたシネスティア国が腹に据えかねてヴォルトゥイア帝国へ侵攻しマホンを落としたところで手打ちにした。
その際にシウテテまでをシネスティア国の領土とした。
更にその先にあるシューケコ平原を国境とし、この平原を非武装地帯にした。
それでも数度の戦争はあったが、数十年前の戦争以来ヴォルトゥイア帝国との戦争は起こっていない。
ヴォルトゥイア帝国は人族至上主義を唱えており、他種族(うさぎ族、狐族、犬族、猫族)を虐げている。
ヒュペリトやシウテテの人々も当時は悲惨な生活を送っていたそうだ。
シネスティア国となってからは虐げられることはなくなり、シウテテは国境を監視する仕事を与えられた。
一方、ヒュペリトは特に特産もなく街道からも離れているため村全体を街道沿いへの移転を打診されたそうだ。
しかし先祖代々伝わるこの地を離れるわけにはいかないと断ったそうだ。
街道から外れ特産もない村に人が立ち寄ることはなく、次第に衰退していった。
周りの森には山菜や果実が取れる為、辛うじて自分達が食べる領は確保できていたが現金収入はほぼ皆無だった。
ヴォルトゥイア帝国時代にはなかった納税義務だが、シネスティア国では全ての国民に課せられている。ヴォルトゥイア帝国時代は人として扱われてなかっただけなのだが。
しかし現金収入のないヒュペリトの人々にはその税金を納めることが難しく奴隷落ちしか道は残されていなかった。
シネスティア国になったとはいえ直ぐに差別がなくなった訳ではなく、現金収入を求めて近くのマホンへ移り住む人々は少なかった。
住人が奴隷落ちとなればヒュペリト村がいずれ消えてしまうことは火を見るより明らかだった。
それを回避すべくヒュペリト村の人々が取った行動が色街だった。
幸いなことにうさぎ族は他種族に比べてスタイルがいい。勿論反対する人もいたようだが他に解決方法が見いだせなかった。
それであの町並みができ、ヒュペリト=色街というイメージができあがった。
マホンでも差別がなくなった頃にはそれなりのうさぎ族が移住したようだが、先祖代々の土地を離れない人達はヒュペリトで細々と生活を送らざるを得なかった。
ただヒュペリトの色街よりマホン等の都市の方が稼ぎがいいため、人口流出は止まっていないらしい。
また食べることに困窮し、子供を飢え死にさせるくらいなら奴隷になった方が生き延びられる、ということで奴隷商人に売らざるを得なくなる家庭もあるという。
うさぎ族のベンハミンも交えて色々と教えてもらった。
ベンハミン曰く、うさぎ族がヒュペリトから離れないのは先祖代々言い伝えがあるらしく、それを守っているからだと。
「皆を引き留める言い伝えってどういう内容なんですか?」
「村の一番奥に祭壇があるんだ。そこには古の魔物が奉ってあってな、それを守ることがヒュペリトに住むうさぎ族の使命であると。そしてその使命を果たすことができなくなったときは、ヒュペリトのうさぎ族はその命を持って償うことになると」
「なんかとんでもない言い伝えですね。呪いか何かの類いですかね?」
「その辺りは何も伝わってないんだ。だけど先祖代々守ってきたからには何かあるんだと思う」
古の魔物ってのも気になるが、討伐から帰ってきたらちょっと見てみようかな。
ヒュペリトの話が一段落したところでヴィクターが出発しようと言い、昼休憩は終わりとなった。




