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69話

「ここが薬剤師ギルドです」

「へぇ~。ここがそうなんだ」


 一葉を出た俺達は、教会でヘイデンさんの葬儀について話をしてから薬剤師ギルドにやってきた。


「私もあまり来たことはないんだけどね」


 そう言いながら中へ入って行く。

 冒険者ギルドの喧騒と違ってとても静かだ。そして薬草などの匂いが室内に充満している。


 そんな中をエルビラの先導で進み、カウンターにいた30代後半位の男に声をかける。


「父が亡くなったので手続きをしたいのですが」

「それは、お悔やみ申し上げます。お父様のギルドカードをいただいてもよろしいですか?」

「はい、こちらです」


 エルビラからカードを受け取った男が書類を見ながら手続きを進める。

 途中、遺書などを見せたりしていたが特に何か聞かれるようなこともなかった。


「以上で手続きは終わりです。お父様のご遺産は全て娘さんのエルビラ様へと所有権が移りました。続きまして税金に関してですが、今年は当ギルドへお支払いください。来年からは一般となりますので役所へお支払いください」

「税金…ですか?あの、私まだ14歳ですが?」


 この世界の税制は、冬に1年間の税金を納めるようになっている。


 仕事をしている人はそれぞれが所属しているギルドへ決められた額を納める。

 働いていない人、例えば専業主婦は役所へ所定の額を納めに行く。

 でも未成年は無税のはずだ。俺も冒険者見習いで収入があるが税金は納めてない。


「存じております。お父様のご遺産の中に土地と建物がございます。未成年の方でも土地又は建物を所有されている方には課税されます。今年は薬剤店として課税されますので当ギルドヘお納めください。来年からの詳しいことは役所でお聞きください」


 そうなんだ。知らなかったな。まぁ、土地も建物も持ってないからな……。


「わ、わかりました。ありがとうございました。それでは」

「あ、それと、もしお持ちの薬剤などを処分される場合は当ギルドでも買い取らせていただきますので、お気軽にご相談ください」


 ギルドのセールストークを聞いてギルドを後にした。


 明日は昼過ぎからヘイデンさんの葬儀がある。それまでに薬剤師ギルドからヘイデンさんの葬儀情報を流してくれるそうだ。

 これで業界内には葬儀の連絡が行く。そうすれば自ずと周りの人にも周知されることになるから、連絡漏れなどはなくなるはずだ。


「税金……どうしよう」


 ギルドを出てエルビラの家に向かっていると、課税されることへの不安からかエルビラの顔色が優れない。


 税金を払えない場合、資産を売却してお金を用意しなければならない。

 人によっては借金をするらしいが、そういう人は大抵返済日に払えず奴隷になったりする。


 資産もなく借金もできない場合は自ら奴隷となり税金を納めることになる。

 それでも払わない人は捕まり、強制的に奴隷にさせられる。

 この場合は犯罪奴隷となり、キツイ炭鉱などで懲役させられる為、ほとんどの人が自ら奴隷になる。まぁごく稀に逃げて捕まる人がいるらしいが……。


 収入のないエルビラの場合、資産を売却して税金の支払いに充てるのが一般的だ。

 でもその場合、父親の残してくれた物を手放すことになるので辛い。


 だがエルビラは俺の婚約者だ。ならば一人で背負うことはない。


「エルビラ、そんなに心配しなくても大丈夫。俺に収入があるから税金くらい払えるよ」

「でも、ドルテナ君に払ってもらうわけにはいかないよ」

「どうして?後数年したら俺の妻になるんだろ?ならなんの問題もないよ」

「つ、妻……」


 俺の妻発言に顔を赤らめて下を向いてしまった。


「いや、そんなに赤くならなくても。俺達は婚約者なんだろ?ならそういうことなんだから」

「う、そうだけど……。妻って言われると恥ずかしいよ?」


 14歳に妻……。うむ、それもそうか。


 日本ではあり得ないよなぁ。13歳や14歳で婚約って。


 この世界に生まれ変わってから13年。少しずつこの世界の感覚が当たり前になってきているんだろう。


 しかし14歳の妻……幼妻……エロい響きだな。


「……まぁ兎も角だ。エルビラの税金は俺が払う。これ決定ね」

「もう。……でも、ありがとう」


 そう言いながら俺の腕に抱きついてくる。


 腕にあたる柔らかい感触を堪能しながら歩いているとエルビラの家が見えてきた。


「こっち。横に勝手口があるからそこから入るよ」


 そう言ってお店の入り口ではなく勝手口へと俺の手を引っ張っていく。


 中に入っていくエルビラに続いて行くと、そこは台所だった。

 キッチンとテーブルがある所謂ダイニングキッチン。

 室内はとてもきれいに整理されており、多少ほこりをかぶって入るが普段から掃除をきちんとしていることが伺える。


「……ただいま」


 そう呟いたエルビラの目から涙がこぼれ落ち、床を濡らしていく。

 ここを出てワカミチへ向かうときには、まさかこんなことになるなんて想像だにしなかっただろう。


 誰も出迎えることのない家に帰って来たことで、自分一人が残されたという辛い事実を静かな室内が否応なしに突きつけてくる。


 そんなエルビラを俺は後ろからそっと抱きしめる。


「おかえり」

「うん、ただいま……」


 エルビラは俺の腕を抱きしめてくる。しかし涙は止まらない。


「なんで……お父さんが死ななきゃいけなかったの?なんでこうなっちゃったの……。毎日一生懸命働いて頑張ってたのに……。こんなのあんまりだよ……」


 いままで堪えていたものが一気に溢れ出たのだろう。なき崩そうになるエルビラを後ろからしっかりと支えて抱きしめる。


 どれくらいの間抱きしめていたのだろうか。気がつけば外は薄暗くなりかけていた。


「ドルテナ君、ありがとう。もう大丈夫」


 そう言ってエルビラは俺の腕から離れてこっちを向いて俺と視線を合わせる。泣きすぎたせいでエルビラの目は腫れていた。


「お父さんが亡くなったときにあれだけ涙が出たのにね。不思議よね」

「そんなことはないよ。それだけお父さんのことを愛していたってことだよ」

「うん。男手一つで私をここまで育ててくれたの」

「そうだね。これからはヘイデンさんの分までエルビラを愛していくよ」

「はい、たくさん……愛してくださいね」


 自分で言った言葉に顔を赤らめたエルビラは、俺の首に腕を回して自分の唇を重ねてきた。

 俺はそれを受け入れ、エルビラの腰に回した腕に力を入れしっかりと抱きしめた。


「そろそろ一葉に帰らないといけない時間になりそうだよ」


 そう言って外へ視線を向ける。


「え?もうこんな時間!ごめんなさい、私のせいで」


 家に帰ってきたときは明るかった外が薄暗くなっていることに気が付いたようだ。


 母にエルビラとのことを認めてもらった後、14歳の女の子が1人で寝るのは危険だろうという話しになり、とりあえず一葉に1部屋取って寝てもらうことになっていた。


「大丈夫だよ。でも片付けは明日以降になるかな。あ、いや、明日は葬儀があるから明後日だな」

「そうね……あのね、お父さんの残してくれた物をドルテナ君のアイテムボックスに入れてもらうことはできる?」

「ん?あぁ、構わないよ。俺のアイテムボックスなら劣化も腐敗もしないからね」

「ありがとう。じゃぁ明後日ってからお願いね」


 片付けはできなかったが2人の仲が深まったから良しとしよう。


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