6話
「それでは、皆様集まられてようですので……」
と前置きしてからゆっくりと話し始めた。
「救援の警備兵が駆けつけたときには、既に戦闘が修了していたようです。辺りには人影はなく、馬および馬車も見当たらず、切り出していたと思われる木もなかっそうです。野営していたと思われるテントは既に焼け落ちていました。現地には、相当数の山賊と思われる遺体と、森へ行っていた木こりおよび工房関係者、護衛の冒険者と思われる遺体がありました。現在、遺体を収容するため馬車が現地へ向かっております。馬車が戻り次第、またご連絡いたします」
と言って帰っていった。
最悪の結果だ。
今回森へ行ったのは樵8人、父を含めた従業員が4人、護衛の冒険者が12人の合計24人。
その内一人は救援要請のために帰ってきたから、現地には23人がいたことになる。
そして人影はなかった。誰一人としていなかった。いや、もしかしたら捕虜になっているかもしれない。
この世界には奴隷制度があり、隷属魔法によって奴隷契約をすることができる。奴隷として売れば金になるので、殺されていない可能性もある。
特に父はガタイがいい。力もあるから結構な額で売れるはず。ならばなおさら生かされている可能性は高い。希望は捨てずに持っておこう。
「奥様、お気をしっかりとお持ちください。まだ希望はあります。俺たちは工房におりますんで」
と、従業員達が言ったことで俺は意識を現実に引き戻す。母はありがとうと力のない声を返す。
そんな母に不安そうな顔をしているペリシアが質問を浴びせる。
「ねぇ、お父さんどうしたの?何かあったの?今日帰ってくるんだよね?ね?ねぇおかあさん!」
ペリシアも父に何かあったと理解できたのだろう。父は帰ってくると言って欲しい、そんな表情だ。
「私がしっかりしなきゃ…」
と呟いた母の目には力が戻っていた。
「そうね。テナーは…うん、あなたはしっかりしてるから理解はできてるわね?」
俺は頷く。そして母が妹の手を握りながら話し出した。
「ペリシア、ゆっくり落ち着いて聞いてね。昨日、お父さんが森に木を切りに行ったのは知っているわよね?」
ペリシアは今にも泣き出しそうな顔をしながら答える。
「うん、昨日の夜は外で泊って、今日の夜に帰ってくるんだよね?」
「それであってるわ。でもね、泊っているときに山賊が出てきたそうなの。お父さんとね、一緒に行った人たちもその山賊に襲われてね…」
なんとかペリシアに伝えきった母は、そのままペリシアを抱き泣き崩れてしまった。
ペリシアも事態を理解したのだろう。母に抱きついたまま泣いている。
何故こんなことになっているのだ。
護衛の冒険者は12人もいたはず。
父の昔の仲間は冒険者ランクも高いと聞いているし、他の冒険者も山賊何かに遅れを取るようなランクを連れて行ったりしない。
……いやまてよ、かなりの大人数の山賊っていってたな。
山賊なんてやつらは大人数で群れることはない。取り分が少なくなるからだ。
それに、ここの領主は定期的に軍の兵士の訓練代わりに周辺を巡回させ、盗賊や山賊をしらみ潰しにしているはず。
だからそもそもそんなに山賊と出会うこと事態が珍しいはずだ。
今回の護衛も山賊対策ではなく、魔物に対する護衛が主な目的なんだと聞いていた。
馬車が帰ってくるまでは決まった訳じゃないんだ。今騒いだところでどうしようもない。
全ては馬車が帰って来てからだ。
希望はある。
その日の夕方に馬車は帰ってきたようだ。
遺体は警備兵の訓練場に並べられているので身元確認のために来て欲しい、と警備兵が迎えに来た。
ペリシアは従業員達に預けて母と二人で出向いた。
訓練場には他の人たちの遺体もあるだろうから、そういう光景を幼いペリシアにはまだ見せたくなかったのだ。
そして予想通りに訓練場には所狭しと遺体が並べられていた。
ペリシアを連れてこなくて正解だったな。
樵や冒険者の身元確認は身内や各ギルドが既に行っており、残りの遺体は工房関係者のみ。
こちらも、救援の要請を出すために戻った事で生き残ることが出来た従業員により、俺達が着く前に工房の者と確認されてたそうだ。
俺たちがするのは間違いがないかどうかを工房の代表として行うことだ。
遺体には全身に布が掛けられている。その数4人。そう、工房関係者全員の遺体。
僅かな望みも打ち砕かれた。
「くぅっ!!」
心構えはしていたが流石に動揺を隠せない。
昨日の朝、笑顔で出掛けていく父の顔。
母の作った弁当を手に「行ってくる」と言った父の顔。もうあの笑顔を見れない。
大口の納品が終わったら俺に仕事を教えると約束していたのに……
何故?ナゼなんだ?!どうして父がこんなことにならなきゃならないんだ!!
思わず拳に力が入り、歯を噛み締める。
母は、父の遺体にすがりながら泣き崩れている。母の横で立ち尽くしている俺に警備兵が声をかけてくる。
「辛いかもしれないが、お父さんの最後の姿を見てあげなさい。お父さんは仲間を守るため一生懸命戦ったんだ。その勇姿を、その姿を目に焼き付けておきなさい」
警備兵を見ると、最初に家に来たあの警備兵だった。
その言葉に頷くと、俺は母とは反対側に回り込み、父に掛けられている布を捲る。
俺たちが来る前に顔は綺麗に拭かれたのだろう。返り血も一切なかった。
だが、その表情は非常に厳しいままだった。こんな父の顔を見るのは初めてだ。
いつもは笑顔でよく笑う。弟子に怒っているときもあるが、その時の表情とはまた違う。
昨日の朝に着ていたはずのライトアーマーは身に付けていなかった。
これは父に限らず全員に共通していて、装備など金目の物は全て山賊どもに盗られてしまったようだ。
しかし、父の剣は遺体の横に置かれていた。その剣は中程から折れており、戦いの激しさが伺える。
父の形見となった剣は、折れて価値がなくなったお陰で山賊に盗られずにすんだのだろう。
俺は折れた父の形見の剣をアイテムボックスへ納め、回りを見渡す。
山賊の死体は訓練場の奥に山積みになっている。ざっと見ただけで40人以上いる。一体襲ってきた山賊はどれ程の人数だったのだろうか。
従業員の家族も悲しみにくれている。母と一緒に遺族へ頭を下げ、無言の帰宅となった従業員の冥福を祈る。
その後、樵と冒険者の家族の方へ頭を下げて回った。
明日、合同葬儀が行われることになった。その後、斎場で骨にしたのち、共同墓地へ埋葬する。この国は火葬が基本なのだ。
山賊の死体はこの場で纏めて焼却し、骨は粉々に砕かれ川へ流される。犯罪者は墓地には入れないのだ。
警備兵の馬車で父と一緒に家へ帰る。従業員達も警備兵の馬車で家路につく。
家へ着くと待っていた従業員達が出迎えてくれ、父を寝室のベッドへ運んでくれた。ペリシアは父の側を離れようとはしない。
今夜は母と一緒に、父の側で一夜を過ごすようだ。俺も一緒に居たかったが、父へ声をかけ自室に戻った。
父が死んだ事実は変わらない。父がいないということは、工房の経営もできなくなる。
母は工房のことは全くわからない。そして、亡くなった従業員は工房の中心を担っていた。
彼らがいないと工房が回らないのだ。留守番組の従業員だけでは力量不足。とても売れる物は造れない。
母はどうするつもりなのだろうか。
工房を畳むとして今後の生活は、収入はどうなる?
亡くなった従業員遺族への保証も必要になるのか?その辺りの常識は俺にはわからない。
樵や冒険者へはさすがにそういうのはないだろうが……。
父の葬儀や埋葬を終えた後にでも母と相談しないといけないな。
俺も寝よう。深夜からずっと気を張っていたがそろそろ限界だ。体を拭きベッドへ入ると直ぐに眠りについた。