66話
翌日。
日が昇る前にヘイデンさんは静かに息を引き取った。
娘を守り切り俺へ託した後、神の元へ旅立った。
エルビラは夜が明けても側を離れなかった。
遺品はヘイデンさんから預かっていた空の木箱へ入れた。
ずっと2人っきりにしておいてあげたいが、そういう訳にもいかない。
警備兵がヘイデンさんの荼毘をどうするのか尋ねてきたのだ。
「エルビラ、お父さんをそろそろ移動させないといけない」
「……うん」
「警備兵さんがお父さんの荼毘について聞いてこられたんだけど、何か希望とかはある?」
荼毘という言葉を聞いたときビクッとしたが、それでも気丈に答えた。
「いいえ……ただ、もう一度マホンの街を見せてあげたかった。お母さんの眠るマホンで旅立たせてあげたかったの……でも……」
そうか、やはりお母さんは亡くなっていたのか。母親の側で神の元に送ってあげたいなら俺がそれを叶えられる。
「わかったよ。お父さんをマホンから送ってあげよう」
「ありがとう。でもお父さんの体をマホンまで持って行くことは無理よ。マホンに着く前に体がボロボロになってしまうわ。そんなこと堪えられないわ」
マホンまで急いでも3日。普通ならその間に腐ってしまう。
だが俺のアイテムボックスがあればそれも可能だ。
「エルビラ、君に見せたい物がある。これなんだかわかる?」
アイテムボックスから温かいスープパスタを出してエルビラに渡す。
「スープパスタ?」
「そう、スープパスタ。これ、マホンで買ったんだ」
「え?……でもまだ温かいですよ?それに腐ってもいないし……」
普通だとあり得ない。アイテムボックス内でも時間は経過するのが普通だ。
俺のアイテムボックスの特性をエルビラに教えると、目をまん丸にして驚いていた。
「そんなことが……でもそれが本当ならお父さんをマホンまで連れて帰られるの?」
「エルビラがそれを希望するならば」
再びエルビラの目から涙が流れてくる。そして俺に飛びかかるかのように抱きついてきた。
「ありがとう……ありがとう」
エルビラの頭を撫でた後、詰め所にいる警備兵にヘイデンさんを連れて帰る旨を伝えて、棺桶の手配をお願いした。
「エルビラ、今日はとりあえず宿で休もう。夜通し起きていたから体を休めないと毒だよ。出発は明日の朝にしようと思うんだけど」
「わかりました。ドルテナ君にお任せします」
納棺が終わり詰め所を出る頃にはお昼を少し過ぎていた。
「お世話になりました」
「変異種の討伐感謝する。お父さんは残念だったが2人力を合わせてしっかりとな。それと、これはお父さんから頼まれていたの物だ」
そう言って渡された物はヘイデンさんの遺言書だった。
遺産は全てエルビラに渡すことと、俺をエルビラの婚約者として認めるという内容だった。
俺達は改めてお礼を言ってから宿へ向かった。
「宿は昨日泊まったところは避けようと思うけど……」
俺達を嵌めようとしたノーラ達も泊まったところだ。
父親を亡くす原因となった奴等のことを思い出させるのもどうかと思ったんだ。
「ううん、昨日と同じ所がいいです。お父さんとの思い出があるので」
「わかった。エルビラがいいのならそうしよう」
なので同じ宿に向かった。
「お帰りなさいませ。お話は大体伺っております。お父様が大変残念なことに……ご冥福をお祈りいたします」
「ありがとうございます。私達や父のことがもう噂に?」
「それもありますが、盗賊達の事を警備兵が調べに来ておりましたのでその際にお話を」
そうか、警備兵が足取りを調べたりしてたんだな。
それに変異種が出たってなると直ぐに話が広まるわな。
「それで、お部屋の方は如何いたしましょうか?」
「2部屋空いてますか?」
「はい、ご用意できます」
まぁこの時期は泊まる人もそんなに多くないし、おまけに昼間だもんな。
「では、おね……ん?なに?」
エルビラが俺の袖を引っ張ってきた。
「あの……一緒に……。今は1人でいたくないから……」
……へ?
「あ、あの……マズくない?」
いきなり同じ部屋に泊まるのはマズいでしょ。
確かにエルビラを妻にするって言ったし、ヘイデンさんからは婚約者と認めてもらってはいるけど……。
「お願い……側にいて。1人は……怖いから」
今にも消えそうなくらい小声で伝えてきた。
父親が亡くなって1人になるのが嫌らしい。
でもなぁ。俺が堪えられそうにないんだよ!
好きな子と一緒の部屋って、それだけでヤバいって!
「……わ、わかりました。……すみません、1部屋でお願いします」
「畏まりました。それでは ── 」
宿の主人も特に何か言うわけでもなく部屋を手配してくれた。
1部屋分の代金を支払った後、俺達は部屋に案内された。
「それではごゆっくりと」
と言って主人が扉を閉めた。
これで室内には俺とエルビラだけになった。
しばしの間、沈黙が部屋を満たした。
幸い、部屋にはベッドが2つあるので自制できそうだ。
ベッドに腰掛けてエルビラにも休むように勧める。
「……えっと、とりあえず体を休めましょうか……」
そう言ってもエルビラは動こうとしない。その表情は何か思い詰めているように見えた。
「あの……私で本当によろしいのでしょうか?……もし父の遺言がご迷惑でしたら……」
俺がヘイデンさんに無理矢理そうさせられていると思っていて、それが気になっていたのか?
ベッドから立ち上がり、エルビラの手を取る。
「ヘイデンさんの遺言を迷惑だなんて思ってないよ。寧ろありがたいとも思っているんだ。まだ13歳の俺を、大切なひとり娘の相手として認めてもらえたんだからね」
「でもいつから私を?出会った頃はそんな素振りもなかったですし、旅が始まった頃も……」
「そうだね、きっと旅をしている間に少しずつ引かれていたのかもしれない。でもその時は俺自身その事に気付いてなかっよ」
旅に出た頃はあくまで薬剤店の娘さんとしか思っていなかった。
だが旅の合間に色々と話すうちに彼女との距離はかなり近くなったのは感じていた。
「でもハーシェル神殿でエルビラを見ているうちに、自分の気持ちに気が付いたんだと思う。だからあの時、君と目が合ったときに思わず……抱きしめてしまったんだ」
自分が変わったのはハーシェル神殿に行ってからだな。
いくらああいう加護があるとはいえ、好意を持っている相手以外に抱きつこうとはならないだろう。
無意識のうちに好きになっていた部分があり、それが行動として出ただけだと思う。
そしてその気持ちに気付かせてくれるきっかけを与えてくれたのだろう。
「では、父に頼まれているから……ではないと」
エルビラは俺に握られている手を見ながら凄く不安そうな、でも期待していそうな顔をしている。
そうか、俺はまだ本人に向かって自分の気持ちをきちんと伝えていなかったな。
父親との会話で間接的にしか俺の気持ちを聞いたに過ぎない。
それが本心なのかどうかもはっきりとしていない状況では、彼女もモヤモヤっとしていても仕方がないな。
「エルビラ。昨日からとても大変なことがたくさん起こっている時に不謹慎かもしれないが聞いて欲しい」
エルビラが頷くのを確認して話を続ける。
「この旅で君のことを少しは知ることができた。一緒に行ったハーシェル神殿で自分の気持ちに気付いたんだ。ずっと君の側にいたい。お父さんのことがなくても、いつか君に想いを伝えていたと思う。そのきっかけをお父さんが俺に与えてくれてんだ」
ヘイデンさんは娘のことを思って俺に託したと思う。でもそれによって俺はチャンスを与えてもらえたのだ。
「もっと君のことが知りたい。俺に君のことを教えてくれ。エルビラ、君が好きなんだ」
俺が想いを伝えると下を向いていたエルビラが顔を上げた。
その顔は頬を赤くして笑いながら涙を流していた。
「私でいいの?……何も取り柄がない、お父さんの仕事も継げないし、あなたの力にはなれないのに……」
俺は何も言わず、彼女の目を見ながら頷いた。
「本当に?……ほんとうに……」
「君がいいんだ。君じゃなきゃダメなんだ。……エルビラ」
少しずつ彼女の瞳に映る俺の顔が大きくなっていき、唇に彼女の温もりを感じた。
まだ14歳と13歳の2人だがこれくらいは許されるだろう。
「ん……っあ……」
「エルビラ、俺の側にいてくれ」
「はい。いつまでも側にいます」
俺はエルビラを抱き寄せ、再び唇を奪った。




