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62話

 ワカミチを出て二度目の休憩所まであと少し。


 車内ではヘイデンさんとノーラさんのイチャイチャも朝御飯ほどではないにせよいまだに続いている。


 旅の目的はほぼ達成しているが、家に帰るまでが旅なんだからもう少し緊張感を持って欲しいよな。


 帰り道に気を抜いて怪我なんかしては目も当てられない。念の為、危険察知も広範囲に広げている。


「そろそろ着くぞ」


 御者台にいるアダンさんが馬車の中にいる俺達に教えてくれる。


 馬車が止まり、皆が降りていく。俺とエルビラが最後だ。

 馬車の中が2人だけになったタイミングでエルビラに小声で話をした。


「エルビラ。俺の武器はわかるよな?近くで使うときにどうしたらいいか憶えてるだろ?忘れるなよ?」

「え?う、うん。分かったわ。でもどうして?」

「いざって時の確認だ」


 この休憩所で何か起こりそうなイヤな予感がするんだ。ヘイデンさんとエルビラは守り切らないとな。


 馬車から馬を放して馬留に繋ぎ飼い葉を与える。次に川まで降りていって桶に水を汲む。馬の飲み水とブラッシング用の水だ。

 汲み終わったらアイテムボックスに入れて馬の所まで戻る。


「はぁ~、やっぱりそうなるかぁ。ワカミチを出るとき真っ赤だったもんなぁ。あいつら何が目的だったんだろう。キヒキヒだけにしては人数かけ過ぎだと思うんだけどねぇ」


 溜息交じりに独り言を言いながら装備を調えて馬の所まで戻った。


 休憩所には馬達と少し離れたところに馬車が置いてある。

 そして視界に入る範囲には誰も見当たらない。

 俺は馬からはなれながら、赤くなっている馬車の奥へ普段の口調をなるべく意識しながら声を掛けた。


「あの~、皆さんで隠れんぼ中なんですかねぇ?……そこの森に隠れてるのは分かってるんで、出てきてもらえませんか?」


 馬車が停めてある辺りの森は背丈ほどの藪になっていて、こちらからの視線を完全に遮っていた。

 その藪から1人また1人と出てきた。


「見習いのくせによく分かったな」

「……いやぁ、たいしたことではありませんよ。それよりも、そちらの事情を話してもらえるんでしょうかね」


 ある程度予想していたとおりの光景が目の前にある。

 ヘイデンさんの後ろにアダンさんが、エルビラの後ろにノーラさんが立っている。

 俺に問いかけてきたセベロさんはヘイデンさんの横に立っている。

 それだけならば何でもないのだが、ヘイデンさんとエルビラは縄で手足を縛られ猿ぐつわをかまされている上に、ナイフを突きつけられている。


 セベロさんは盾とショートソードを持っており既に戦闘態勢だ。


 馬車の辺りがまだ赤いのであそこにパメラさんがいるのだろう。

 ただ、赤い範囲が1人分のシルエットにしては大きいから、てっきり馬車に2人はいるもんだと予想していた。


「俺が話さなくても大体は分かっているんだろ?オマエは最初から俺達を怪しんでいたようだしな」

「あら、バレてたんですか?俺もまだまだですね。さてと、こんな事してもどうせギルドに行けばあなた方が疑われますよ?」


 初めて会ったときにあんたらに危険察知が反応してたから、とは言えないよねぇ。


 護衛の仕事はギルド経由の依頼だからノーラ達とヘイデンさんの接点は把握されているはずだ。

 そして俺達3人を殺してもギルドには依頼未達成の報告をしなければならない。それだけならギルドポイントの減点等で済む。

 しかし他人の商品や遺品を冒険者が売却する事はない。もしそんなことをしたら盗みましたと言っているようなものだ。


「ギルドがこの仕事を知っていればな。残念だが、今回はギルドは絡んでねぇんだ。貸し馬車にも仲間がいてな、そいつがお嬢ちゃんに“知り合いに希望しているような冒険者がいるから直接雇わないか?ギルドだと手数料を取られるからその分安くなるよ?”って言ったのさ」

「アダン喋りすぎだ」

「構わねぇだろ?どうせこのジジィは死ぬしガキ共は奴隷だ。しゃべらねぇように命令しときゃ問題ねぇ」


 なるほど、そうしたら足は付かないよな。貸し馬車も仲間なら接点も消せるか……。

 エルビラが下を向いてるから事実なんだろう。


「なるほど……それで、馬車の所にるパメラさん……いや、もう敵対する相手なんだから“さん”付けしなくてもいいか。パメラはいつまで隠れているんですか?」


 俺とセベロが話していても一向に姿を現さないので突いてみることにした。


「……パメラ、もういいわよ。完全にバレちゃってるから。ったくドルテナ君、あんたいったい何者?とても見習いには見えないわよ?」


 ノーラに褒められてしまった。


「何者って言われましても、本当に冒険者見習いですよ。ランクはみ……っ!皆さんより低いですよ」


 ノーラと話している間にパメラが馬車の上に立ち、こちらに向けて矢を構えている。

 それはいい。矢なんて戦闘服で十分防げるんだ。

 それよりもパメラが屋根の上に上がったにも関わらず、馬車の辺りがまだ赤い。

 仲間がいるのか?!


「ボウズ、まず武器を捨てろ。でなければまずこいつを殺る。剣を投げろ」

「ッ!……分かった」


 一瞬焦った。なんで外套の下に銃を持っているのがバレたのかと思ったが、そうではなさそうだ。

 あいつらは俺の本当の武器を知らない。

 きっとショートソードのことを言っているのだろう。

 そう思ってショートソードを外套から外に出し、離れた場所に投げるとセベロは何も言わなかった。


「これでいいんだろ?で、あんた達は4人だけなのか?少数精鋭って訳ではなさそうだしな」

「ふん!何とでも言え。爺とガキ2人にこんだけいたら十分だよ!」


 ほう、仲間はなしか……となるとあの馬車の向こうにいる赤い奴は何者だ?


「あんたらの目的はキヒキヒか?だったらやるから二人を離せよ」


 ヘイデンさんもキヒキヒを手放せば命が助かるとなるとキヒキヒを諦めてくれるだろう。


「ああ、キヒキヒも俺達がいただくが他にもいただく物があってな。この娘は奴隷商に売って金に換えるんだよ」

「あ?本気か?本人の承諾がないといくら奴隷商人でも隷属魔法は使わないだろ。そんなことやったら廃業だ」


 隷属魔法自体はとても簡単に掛けられる。主と奴隷となる者の血があれば本人の意思は必要ない。

 無闇矢鱈に奴隷にしないために、奴隷商人達はギルドを作り自らを厳しく管理する事で一般人にとって危険ではないと示している。

 奴隷商人達は本人が拒否する場合は隷属魔法の使用しないことで、隷属魔法の正当性を維持し、これを禁止されないように自らを律しているのだ。


「心配ありがとよ。でもな、この先の村で仲間の奴隷商人が待ってんだ。そいつが隷属魔法をかけたら終了ってわけよ」


 笑いながらアダンが教えてくれた。結構デカい組織のようだな。


「エルビラちゃんだけじゃないのよ?あなたにも興味があってね。あなたのアイテムボックスはとても魅力的じゃない。あなたも奴隷商人に高く売れるのよ」


 ……マヂかよ。俺も狙われてたのか。こいつら節操ないなぁ。って誰に聞いたんだ?


「いやぁ、嬉しいお話ですが遠慮しておきますよ。でもよくアイテムボックスの事を知ってましたね。」

「あらぁ、遠慮なんてしなくていいのに。アイテムボックスはヘイデンが教えてくれたのよ。でも苦労したわぁ。なかなか教えないもんだから結局体を張る羽目になっちゃったわよ」


 ……ヘイデンさん、ハニートラップにハマっちゃったんですか……。

 あ、エルビラが睨んでる。でもあの巨乳に迫られたら俺でも一線を越えちゃいそうだな。


「でも残念だったわね。私達に狙われなければこの子とこういう楽しい事ができたかもしれないのにねぇ」


 ノーラはそう言いながらエルビラの後ろから手を回して胸を揉みしだいた。

 ただでさえ縄で縛られているために胸の形がモロわかりになって目のやり場に困っていたのに、それを揉みしだくとはけしからん!!


「ッく!エルビラに手を出すな!」

「クスッ。冷静だったのにこの子のことになると慌てるのね。あら、あなたも何か話したいの?しょうがないわね、少しだけよ」


 そう言ってエルビラの口から猿ぐつわを外した。


「ドルテナくん!私達のことはいいから逃げて!あなただけでも助かって欲しいの!はや──」

「はいはい、もう静かにねぇ」


 ノーラはまた猿ぐつわをはめ直した。


「さぁ、ドルテナくんはどうする?可愛い彼女を置いて逃げるの?あなたも一緒に奴隷になる?それとも私達と戦って死ぬ?」


 さぁどうする。どうやって助ける?

 人質が2人、敵が4人。うち1人は離れた馬車の……なんだあれは……。


 馬車の屋根にいるパメラを視認しようとしたとき、馬車の向こうにいる赤いシルエットが最初に比べかなりデカくなっているのに気付いた。

 未だに少しずつ大きくなっている。イヤな予感はノーラ達じゃなくてこいつだったのか?!


「悩んでいるようね。でもあなたが変な動きをしたらそのパメラがあなたを狙い撃ちするわよ?」


 俺が馬車の方を見ていたため、パメラを意識しているとノーラは勘違いをしているようだ。

 だがそんなことはもうどうでもいい。

 パメラではなく、あの赤いシルエットの奴に意識を集中させる。


 ……めっちゃデカいぞ。


 今はサブマシンガン【FN P90】を持っている。これはノーラ達が人数的に多いため、少しでも弾数の多いやつをと思って選択していた。

 だがあのデカさ相手にはちょっと不安が残る。


 威力のあるFN SCAR-Hに持ち替えようか迷っているうちに、そいつは音を出さず静かに姿を現した。


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