5話
翌日。
外がまだ暗くランタンを手にした父が、玄関先で荷物のチェックをしている。
「では行ってくる。明日の日暮れには戻るから、それまで頼むぞ」
と言って、母の作った弁当を受け取り森へ出かけて行った。
さて、父達が森へ出かけて行ったので、今日と明日は工房も休み。なので、居残り組の従業員は収穫の手伝いに行っている。
誰も来ない工房。
ここで普段掃除できないところをやるのが、今日と明日の俺の仕事になっている。
明後日はみんなで買い物に行って、帰ってくる父のためにちょっと豪華な晩御飯にする事になっている。父は知らないのでサプライズってやつだ。
仕事が工房の掃除だけというゆったりとした1日が終わり、家族3人でちょっと寂しい晩御飯を食べ、体を拭きベッドにはいる。
この世界にも銭湯つまり公衆浴場はあるが、入浴料が高く一般市民ではなかなか行けない。
大棚などの一部の富裕層や冒険者達が羽振りのいい時に入るようだ。
この世界に転生してから、風呂には一度も入ってない。将来は冒険者になって毎日風呂に入られるくらい稼ぎたいなと思っている。
ベッドの中でそんな事を考えながら、ゆったりとした1日は何事もなく終わらなかった。
寝ていた俺は、玄関の戸を叩きながら母を呼ぶ声でたたき起こされる。
「おかみさん!ーダンダンダン!ーおかみさん!起きてくれ!!ーダンダンダン!!ーおかみさん!」
かなり切羽詰まった声で叫びながら戸を叩いている。
うちは木を扱う工房だから、玄関の戸もかなりしっかりとした物にしてある。だから壊れはしないが、遠慮なく叩きすぎだよ……。
「はーい、はいはい!聞こえてますよ!誰ですか、こんな時間に」
呼びかけに母が答えている。時間は体感的に深夜。午前3時くらいか?丑三つ時とかいうんだったか?前世ではお化けが出るとかなんとか言ってたな。
この世界には前世の様な時計は一般家庭にはない。
その為正確な時間はわからないが、少し寝たりない感じがあるからそれくらいだろう。
となると確かに「こんな時間」だな。気になるので俺も起きて玄関に向かう。
「南門の警備兵だ!ついさっきここの従業員が外から怪我をして駆け込んできた!詳しい話をしたい!とりあえず開けてくれ!」
従業員が外から、つまりこの街を囲っている壁の向こうから駆け込んできて、おまけに怪我をしているだと?!
留守番組の従業員がどこかに出掛けたという話は聞いていない。となると、父と一緒に森へ出掛けた従業員の方か?
母が慌てて玄関を開けて招き入れようとするが、警備兵はそれを断る。
「いや、すまないがゆっくり話している暇はない。ご主人達の事だ。気をしっかりと持って聞いて欲しい」
と、前置きして警備兵は詳しい話をしてくれた。
少し前、警備兵が外から門に向かって近づいてくる物体に気がついた。時々魔物が侵入しようとする事があり、その物体も魔物と思い迎撃体制をとったそうだ。
たがその物体は「だ、誰か!た、助けてくれ!!」という声と共に、必死に馬を走らせてくる男だった。
警備兵は慌てて助けを求める男を保護。
その男から事情を聞くと、自分の親方と森に木を切りに行き野営をしていたが、そこへ山賊が襲ってきた。
雇っていた護衛の冒険者達が応戦したが山賊の数がかなり多く、苦戦していた。
男は親方から街へ救援要請に行くように言われ、近くにいた馬に跨がり休む暇を惜しんで街に戻ってきた。
そして野営地を抜ける際、あまりの数の山賊相手に、1人また1人と倒されていく冒険者を見た。
……とのこと。
既に救援のための警備兵と数名の冒険者が、その場所へ向かっているらしい。
男は肩に矢が刺さっていたが普通の矢だったようで、命に別状はなく現在治療を受けているようだ。
#鏃__やじり__#に毒を塗ってある矢を使うこともあるので、男は運が良かったのだろう。
矢を受けながら助けを求めに来た従業員の家族にも、別の警備兵が事情を話に行っているようだ。
「救援に行った者達から連絡があれば直ぐに知らせる。それまでは家で待っていて欲しい」
と、話をしに来た警備兵が母に伝える。母は声を震わせながらそれに答えた。
それを聞いた警備兵は俺を見て「妹がいたよな。兄としてしっかりと守るんだぞ」と意味深な一言を残して南門へ戻って行った。
現在の状況は……あんまりよろしくない。
救援要請に帰って来た従業員の名前も確認した。確かちょっと前に子供が生まれたばかりだったと記憶している。
今回行っている森は馬車で約3時間くらいのはず。
その辺りから、馬車を外して身軽になった馬を走らせたとしても、休憩なしで1時間から1時間半。
門の警備兵が直ぐに向かうとしても、現地まで早くても1時間。どう考えてもその間に戦闘は修了するだろう。
救援要請を出しても間に合わないのは確実。ならば戦力を減らす事を選択するのはあり得ない。それなのに救援要請のためにその従業員を帰した。
となると……生まれたばかりの子を持つ男を街に帰した、と見るべきか。
冒険者をやっていたという父ならば、状況判断を誤ることはないだろうからな……。
なら、そういうことなんだろう……
俺は未だに玄関から動かない母に声をかける
「お母さん、とりあえず座ろう」
リビングまで母を連れていき、ふと外を見ると東の空が白んで来ている。
思ってた以上に、夜明けに近い時間だったようだ。
ならば妹を起こしても大丈夫だろう。いつもは自室で寝てるが、今夜は両親の部屋で母と寝ていたはずだ。
「ペリシア、朝だよ。ちょっと早いけどそろそろ起きようね」
まだ寝足りなさそうな妹の手を引き、リビングへ戻り椅子に座らせる。
落ち着きを取り戻した母がホットミルクを用意してくれていた。
まだ眠たそうなペリシアは、椅子に座ったまま寝ているので俺はホットミルクを飲む。
この時期の朝は少し冷える。そんなときに飲む暖かい物は心を落ち着かせてくれる。
まさかこんなことになるなんて。最悪の場合も考えておかないといけないんだろうな。何にしても先ずは腹ごしらえだ。
母はまだ遠くを見つめたまま座っている。
昨日のスープが残っているから竈へ火を入れて温め直す。母がしようとしたが、大丈夫だからと言って座ってもらう。
俺も6歳の時に神父さんに魔法を教えてもらい、使えるようになった。
属性は火。母と同じだ。
魔法とはいっても、この世界の魔法は大したことはできない。
せいぜいものを燃やす、風を起こすといった程度が限界らしい。
ラノベの様に魔法で魔物を倒すといったことはできない。
とりあえず魔法については今はおいておこう。
後は買い置きのパンをテーブルに出しておこう。
温まったスープを器に入れ母に出す。ペリシアはまだ椅子に座ったまま寝てるから後でいいか。
俺も自分のスープを入れテーブルにつく。
暫くすると、どこからか事情を聞いた留守番組の従業員達が駆けつけてきた。
母が警備兵から聞いた話をみんなにしている。その間に目が覚めたペリシアにスープとパンを食べさせておく。
母と話が終わったのか従業員達が俺に声をかけてくれる。そんな皆に落ち着いて受け答えをしていると
「坊っちゃんは若いのに落ち着いてますなぁ」なんて言われました。
そりゃ見た目は11歳ですが、中身は40歳のおっさんですからね。えーえー、落ち着きもしますよ。
前世から合わせて40歳かぁ。って今は思い出に耽っている時ではない。
従業員達も、工房で警備兵からの連絡を待つとの事。
残りは少ないが、スープとパンを持っていってもらおう。こんな時間に来てくれたなら朝御飯は食べてないだろう。
だが、従業員達が工房に行って直ぐに警備兵がやって来た。救援に向かった兵の一人が、連絡のために戻ってきて詳しいことがわかったようだ。
俺は工房にいる従業員達を呼びに行った。
俺が戻るまで待ってくれていた警備兵は顔を俯かせたまま、母や俺達に告げた。
「それでは、皆様集まられたようですので……」
と前置きしてからゆっくりと話し始めた。