38話
「え?な、なによ~。本当に痛かったん──」
赤いシルエットの魔物と思う対象物が、大きな音を出した俺達の方に向かって木々の間を縫うように走ってくる。
バートさん達は位置を把握できているようだ。
ノーラさんは気付いていないが、御者台の2人は何かがいる事は気付いた様子だ。ただ、位置までは分かっていないと思う。
「セベロさん!馬車を出して!急いで!」
俺の声でセベロさんは馬に鞭を入れて馬車を急発進させた。赤いシルエットの奴は移動し始めた俺達を確実に捉えているようだ。
バートさん達は馬車から降りて俺達の方に走ってきている。
「そのまま先に行け!奴は俺達が仕留める!達者でな!」
俺達はバートさん達と位置を入れ替えるようにして俺達の馬車がベルムドさんが乗っている馬車を追い抜き街道を疾走する。
「また会おう!」
「ご武運を!」
すれ違いざまに互いに声を掛け合い、俺達はツルモ村に向けて馬を走らせる。
その時にチラッと後ろを見ると、街道に出てきた熊の魔物とバートさん達が対峙しているのが見えた。
体長2m程度の熊だったが、きっと彼らなら倒してしまうだろう。怪我をしないことを祈る。
魔物から離れたところで馬車のスピードを落としてゆっくりと走らせる。
周囲には赤いシルエットはない。あの熊の魔物も危険察知の範囲から出ている。
「ここまで来れば大丈夫でしょう。このまま次の休憩所まで行きます。そこで長めに休憩してお昼御飯にしましょう」
ヘイデンさんは馬の様子を見ながら、このまま行くことにしたようだ。
「お父さん、バートさん達は大丈夫なの?」
「うん、大丈夫。前日にも馬車を守りながら戦って、魔物が逃げ出すくらい戦えていたんだよ。今日は万全の体制で臨んでいるんだ。彼らが後れを取るとは思えないよ。それに、少し小さな個体だったけど魔物は魔物だ。きっといい稼ぎになるはずだよ」
ヘイデンさんの言葉で、今まで浮かない顔をしていたエルビラさんに少し笑顔が戻った。
「彼らはいいとして、姉貴だよ。あの場面で大きな声出すとか止めてくれよな」
御者台のアダンさんが、こちらを向いてノーラさんに言った。魔物を警戒しているときの大声はちょっといただけないな。
「分かってるわよ。でも本当に痛かったんだから……」
「休憩所が目の前でご飯が食べられるからって、油断したノーラが悪い」
「なっ!そ、そんなことはないわよ。私を大食らいみたいに言わないでよね」
パメラさんのツッコミみに狼狽した時点で認めているようなものなんだが……。
「違うの?だから無駄に成長してるのかと思ってた」
そう言いながら、パメラさんはノーラさんの胸を凝視している。
「無駄って何よ無駄って!これは努力の賜物よ!」
ノーラさんは思いっきり胸を張った。その光景を横から見ることとなった俺は、その破壊力を再確認してしまい目が離せない。
ノーラさんの胸から視線を外せないでいたその俺の顔を、反対側から延びてきた手が強制的に背けさせる。
「ッ?ウギ!エ、エルビラさん。前にも言いましたが、これされると首が痛いんですけど」
ノーラさんの胸からエルビラさんの顔に強制的に視線を変えられたのはこれで2回目だ。
俺の抗議を受けたエルビラさんは、じっと俺を見ながら
「ドルテナさん……」
「はい………」
少しずつ顔を掴んでいる手に力が込められていき、俺の顔が縦長になりつつある。このままだと茄子になりそうだ。
「ドルテナさん……」
「す、すびばせん」
ヒィィィ。エルビラさんの目が恐ぇ。戦闘服で肉体強化されているはずなのに痛いんですけど。
「分かればいいんです、分かれば」
謝罪を受け入れてもらえた俺は、エルビラさんの手から解放された。なんとなく顔が長くなったような気がするのは気のせいか……。
「兎も角、姉貴とパメラさんは後ろの警戒をしっかりとな!ドルテナくん、すまないが君も警戒に加わってもらえるかい?姉貴だけだと不安だからね」
「分かりました」
アダンさんにお願いされたように周りを警戒するために幌を上げる。ただ、幌を上げるとエルビラさんが危ないので反対側にいるお父さんの横に座ってもらう。
「私はここでも構いませんのに」
「そういう訳にはいきませんよ。エルビラさんは護衛対象なんですから、少しでも安全な場所に座らないと」
俺にそう言われて渋々移動する。
さて、危険察知で分かってはいるが、頼まれたからには形だけでも周りを警戒しておかないとな。休憩所に着くまでは外に目線を向けて形だけの警戒をしていた。
森は静かなものだ。
木々が夏の日差しを遮ってくれるお陰で涼しい。馬車の中を通り抜ける風が気持ちよく、何度も睡魔に襲われたが耐えきった。
こういう所で座布団を二つ折りにして寝たら気持ちがいいだろうなぁ。
次の休憩所まで車内はとても静かで、正面に座っているエルビラさんは気持ちよく寝ていた。
「さぁ、少し遅くなりましたがお昼休憩としましょう。馬達もしっかりと休んでもらわないとね」
馬達の世話を終わらして、皆が座っている場所に戻りお昼御飯にしよう。
「ドルテナさん、お疲れ様です。どうぞ」
そう言ってエルビラさんは、自分が座っている石に俺が座れるように横へ移動してくれた。
お昼御飯は全員がククル亭で作ってもらったサンドイッチだ。
この世界の宿では、前日に頼んでおけばサンドイッチ等のお昼御飯を作ってくれる。もちろん有料だけど。
ただ俺はククル亭には頼んでいないので、マホンで買ったサンドイッチをアイテムボックスから取り出す。
なぜククル亭に頼まなかったのかというと、宿に頼むと朝御飯と同じ様な物が挟んであることが殆どなのだ。朝も昼も同じ物は味気ないからね。
「ん?ドルテナさんのは私のサンドイッチとは違うようですね。いつの間に買いに行っていたのですか?」
「あぁ、これはマホンで買ったやつですよ。これは……どこの屋台だったかな?」
「え?み、3日も前の物ですか?!やめた方がいいですよ。私の半分あげますから」
エルビラさんが哀れむような目で俺を見てくる。別にククル亭に頼むお金がなかった訳じゃないんだけど……。
「大丈夫です。腐ってたりしませんから。ほら、匂いも見た目も大丈夫でしょ?」
アイテムボックスから取り出したサンドイッチをエルビラさんに見せる。一瞬怪訝そうな顔になったがサンドイッチを見て匂いを嗅いだ。
「(クンクン)あ、本当だ。凄く美味しそうな香りがします。見た目もおかしな所はないし……」
「でしょ。では、いただきます」
不思議そうにサンドイッチを見つめているエルビラさんの前で、ガブリ!とサンドイッチに食らい付く。
「(モグモグ)ん!うまい!(モグモグ……)もう1個食べられそうだ。(モグモグ)うまいなぁ」
2個目をアイテムボックスから取り出しかぶりついた。
そんな俺の横から、エルビラさんが自分のサンドイッチを手に持ったまま、ずっと俺のサンドイッチを凝視している。
その目には“欲しい”という文字が書かれていそうだ。
「あの~。よかったらお1つどうですか?まだアイテムボックスに入っているので」
「え?!本当ですか?!あ、でもそんなに食べられないので……」
確かに女の子がボリュームのあるサンドイッチを2個も食べるのはキツイだろうね。
「それなら、エルビラさんのサンドイッチと交換しませんか?」
「いいんですか?ありがとうございます♪」
俺はアイテムボックスから新しいサンドイッチを取り出してエルビラさんに渡した。
「それでは、いただきます!(モグモグ)ん~、美味しい~♪」
「それはよかった。旅に美味しい食べ物は付きものですからね。俺も持ってきた甲斐がありました」
「これ、マホンで買われたと仰いましたよね?いったいどこのお店で買われたのですか?是非教えて下さい」
どこだったかなぁ。色々と歩き回ったからイチイチ憶えてないんだよなぁ。
「すみません。どこのお店だったか憶えてないんですよ。露天だったと思うんですが」
「そうですか……。でもマホンなんですよね?ならいつか私もこのサンドイッチに出会えるはずですね」
エルビラさんはポジティブだな。ククル亭のサンドイッチはアイテムボックスに入れておいた。
さてと、出発までゆっくりと体を休めよう。




