37話
「着いたぞ」
次の休憩所に着いたようだ。警戒していた熊の魔物は出なかった。
馬車を2台並べて停めて、馬達を馬留に繋ぎ直す。そしていつも通りの世話をしてやる。
「馬の扱いが上手だね」
御者をしているベルムドさんに褒められた。
「ありがとうございます。見習いになる前は宿の厩舎で仕事をしていたので、少しは出来る方だと思います」
「いやぁ、それだけ出来てれば大丈夫だよ。それに、君は見習いなのに全く緊張していないね?魔物とか怖くないのかい?」
「あ、いえ、そんなことは。ほら、今はベルムドさん達もいるじゃないですか。ランクも高そうですし、そんな方達が側にいたら安心じゃないですか。だから少し安心しているんです」
銃で倒せそうなんで、とは言えないよね?
流石に銃弾1発では倒せないだろうけど、何発もぶち込めばいくら魔物でも倒れるだろう。
馬達の世話を終えた俺とベルムドさんも皆の元へ行き休憩をする。
ずっと馬車に乗っていると体が固まってしまうから、この間にしっかりと#解__ほぐ__#しておく。
体を解した後に皆が座っているところに戻ると、ヘイデンさんとバートさんが魔物の話をしていた。
「ここまでは魔物に出会いませんでしたね。昨日はどの辺りで遭遇したのですか?」
「この休憩所の手前だ。だからこの辺りにいるとは思うんだがな。少し移動したのかもしれんな」
「森の奥に帰っていてくれればいいのてすが。次の休憩所ではお昼御飯にするつもりですのでね」
お昼御飯を食べているときに熊の魔物が出るのは勘弁して欲しい。御飯くらいゆっくり食べようよ。
「だがなぁ。こればっかりは熊次第だからなぁ」
そりゃそうだ。おびき寄せられればその方が早いのかもな。確か魔物は音にも、は……ん…のうする?
そうか!
馬車が2台連なって走れば音もそれなりに大きくなり、遠くまで届きやすくなる。そうすると、魔物がその音に気付く可能性は高い。
もしかしたら、バートさん達が俺達と一緒に行動したかったのは魔物を誘き寄せるためだったのか?囮?撒き餌?
「ドルテナさん?どうかなされましたか?」
「いえ、なんでもありませんよ」
変な顔でもしてたかな。エルビラさんが心配そうに顔をのぞき込んでくる。キスでもするのかという勢いだ。
「お昼御飯まだかなって思ってただけです」
「クスッ。もう少し我慢しましょうね」
馬車の中でずっと厳しい顔だったエルビラさんがやっと笑顔になった。
魔物を警戒しなきゃいけないのも分かるが、もう少しリラックスしてもいいような気がするな。車内では会話をするように心がけてみようか。
そう思っているとバートさんが出発すると伝えてきた。
俺は立ち上がり、馬を馬車に繋いだ。皆が乗り込んだのを確認してたバートさんは馬車を出すように御者台のベルムドさんに指示を出した。
そして俺達もそれに続いた。
「次の休憩所もさっきと同じくらいの距離ですか?」
「はい、それくらいですね。そこでお昼御飯を食べる予定ですよ」
俺の質問にヘイデンさんが答えてくれた。やっぱりそれくらいの距離か。
車内は相変わらず緊張した空気に包まれている。危険察知には赤いシルエットの反応はないから大丈夫なんだけど、それを教えるわけにはいかないからなぁ。
しかし暇だ。
子供の頃のバス遠足は車内で友達とお菓子を食べたりしてたっけなぁ。お菓子かぁ……
「あ、ドラ── 」
「どうした!魔物か?!」
「え?あ……。いや、違います。ちょっと考え事を……」
「ちょっと!ドルテナくん!こんな時に何考え事してるのよ!周りをしっかり見ないとダメよ。はぁ~、これだから見習いは。いい、バートさん達が魔物を担当してくれるけど、こっちの馬車の横にいきなり出てくる事もあるの。特に手負いの魔物は捨て身で攻撃してくるから厄介なの。分かった?」
ノーラさんが目をつり上げながら怒ってる。ちょっと思いついたことがついつい口から出ただけなんだが、緊張して警戒していたノーラさん達からしたら魔物が出たのかと思われたようだ。
「す、すみません。以後気を付けます」
ノーラさん達も冒険者なんだから2m位の熊の魔物なら倒せるでしょうに。そこまで気を張らなくても……。と愚痴りたくなった。
それはそうと、馬車で軽く食べられる様な物を買っておけばよかったなと思ったんだ。それで昨日の食べたドライフルーツを思い出して、ついつい口から出てしまった。
そんなことがあったせいで、気軽にお喋りをしながらといった雰囲気ではなくなった。
仕方なく静かに座って次の休憩所に着くのを待つことにした。
「もう少しで休憩所ですよ。この坂を登り切ったところに休憩所があるんですが、そこには湧き水が出てましてね。冷たい水が飲めますよ」
「ふう~。休憩所ではゆっくりしたいわね」
ごもっとも。ずっと警戒していたら疲れるさ。
この坂の上か。見晴らしがよさそうだな。
そう思って視線を坂の上、休憩所があるであろうと思う場所に視線を向けた。
視線を向けたその先には、危険察知の赤いシルエットに包まれた何かが佇んでいるようだった……。
なんで選りに選ってそこにいるかなぁ。どこか違う場所とかあるんとちゃいますかぁ~。
「はぁ~」
と、心の中で熊の魔物に突っ込みを入れてしまい、思わずため息が漏れてしまった。
景色のいい場所、美味しい湧き水、ゆっくりとお昼御飯。全て台無しだよぉ。
「あらあら、ドルテナくん?そんなに疲れてたの?もう少ししたら休憩所だからそこまで頑張りなさい。そしたらお姉さんが癒してあ・げ・る♪」
休憩所が目の前になり、余裕が出て来たノーラさんが両腕で胸を押し上げながら俺ににじり寄ってくる。
昔、だっちゅ~のとかいうギャグで見た奴と同じだ。
そんなノーラさんが猟奇的な破壊力を携えた双丘から目が離せないでいると、左に座っていたエルビラさんが、思いっきり俺の顔を自分に向けさせた。
その力強さに危うく首がむち打ちになるところだった。
「ッ?ウギ!エ、エルビラさん。首が痛いんですけど」
「ドルテナさんが変な所を見てるのが悪いんです!」
「あら?変なところとは、もしかしてこれかしら?」
エルビラさんの言葉に反応したノーラさんが、更に腕で胸を押し上げ始めた。
こうなるとやはり丘ではなく山だな。
「そ、そんなことしなくてもいいじゃないですか」
「クスッ。大丈夫よ。エルビラちゃんもこれからもっと大きくなるから安心しなさい」
「あ、安心って!そんなことを言っているのではありません!」
あぁもう。休憩所に近づいたからってちょっと緊張が取れると直ぐこれだ。
そりゃぁエルビラさんの将来性には十分期待できそうだけど。ってそれどころじゃないんだよ!
「分かりましたから、ね?まだ休憩所に着いてないんですから、もう少しだけ気を緩めずに行きましょうね?」
「そうね。休憩所に着くまでは気を付けないとね」
緊張感を保つように促すと同意してくれたのか、そう言いながら俺から離れていくノーラさん。
あぁ、胸が遠退いていく……。いや、そんなことはどうでもいいんだ。……よくはないけど。
とりあえず休憩所もしくはその付近にいると思うあの赤いシルエットの事をどうやって皆に伝えるのか考えなければ……。
前を行くバートさん達の馬車はスピードを緩めないところを見ると、まだ気付いていないようだ。
「休憩所とかに熊の魔物が水を飲みに来たりはしないんですかね?」
「ドルテナくん、そういう不吉なことは言わないでくれる?本当にいたら休憩出来ないじゃない」
それがいるから俺は困ってんですよ!
ああ、バートさん達の馬車が休憩所に着きそうだよ。バートさん達は馬車を守りながら魔物と戦ってるんだから何とかなるか……。
それでもどうなるか分からないのが戦いなんだよね。
俺は何時でも援護できるようにバートさんの馬車と魔物へ神経を集中させておく。
すると、休憩所の手前でバートさん達の馬車が停まった。どうやら魔物がこちらを見つけるより先に、バートさん達が魔物を見つけてくれたようだ。
バートさん達が止まったのでこっちの馬車も慌てて停まろうと急停車した。
ー ドン! ー
「キャ!いったぁい!!ちょっとぉ。急に停まらないでよう!!柱に頭をぶつけたじゃない!どうしたのよ早く休憩所に行きましょうよ」
急に停まった為に俺の方へ半身となっていたノーラさんが馬車の柱に頭をぶつけた。
急停車させた御者台のアダンさんに向かって大声で文句と出発の催促をしたが、アダンさんは静かにするようにジェスチャーで伝えてきた。
が、既に遅かったようだ……。




