2話
「おはようごじゃいましゅ!」
「はい、おはよう」
ベッドから起きて、台所で朝御飯の準備をしている母にあいさつをするが、まだ“さ”行が言い辛い。
母のお腹は大分大きい。別にオデブなのではない、現在第二子を妊娠中なのだ。あと数日後が出産予定日らしい。
もちろん性別は分からない。この世界にエコーなんて高度な医療機器はない。その前に電気がないんだけどね。
俺は3歳になった。
午前中は父親の工房の手伝い。手伝いといっても木屑を掃いたりする程度だ。
お昼御飯を食べ終わるとお昼寝タイム。中身はおっさんだが体は3歳児なので、お昼御飯の後は必ず強烈な眠気に襲われる。
何度か抗おうとしたが無駄だった。
お昼寝タイムが終わると母と買い出しに出る。
この世界には冷蔵庫なんてものはないので、日持ちしないものは毎日買いに行くのだ。
最近はこんな感じの毎日を過ごしている。
母との買い物のおかげで、自分の住んでいる街をいろいろと見ることができている。
建物は我が家も含めて基本的に木柱とレンガで造られている。重要な建物、城や教会などはレンガではなく石が使われているようだ。
そしてこの街は海にも面しているらしく魚介類もある。海にはまだ行かせてもらえてないが……。
海にも面しているこの街は“マホン”という。
シネスティア国のダスマダ領にあり、領主が住む都市のため領内では一番大きい街だ。
そして隣国と接している領地のため街は10m程の城壁に守られている。
領主が住む城は街を囲む城壁よりも高く堅牢な感じだ。
そして“これぞ異世界!”と感じさせてくれたのが、この世界には所謂“亜人”がいるのだ!
ほぼ人なんだが、一部獣っぽいところがあるだけで、姿形以外は人と同じ。人寄りの獣ではなく、獣寄りの人って感じ。
多種多様な亜人が!とはなっていないらしく、種族的に犬、猫、うさぎ、狐の4種しかいないらしい。
この世界にも月という概念があり、30日間で1ヵ月、12ヶ月で1年となる。四季もあるので、日本とよく似ている。
また時間も1日が24時間、1時間は60分となっていた。
教会の鐘が朝6時から夜8時の間、2時間に一度鳴るようになっているので、家に時計がなくても大体の時間は把握できるようになっている。
ちなみに、この世界にも時計はあるそうだ。仕組みはわからないがかなり高価な物らしく、城や教会にはあるようだ。
ともあれ、月日などの概念が前世と変わらないので、以前の感覚でやっていけるのはとても助かっている。
さてと、朝御飯を食べ終わったから父の手伝いに行くかな。
「ごちしょーしゃまでつた。お手伝いに行ってきましゅ!」
と、母に声をかけて家の横にある工房へ行き、父や従業員さんにあいさつをする。
「おはようごじゃいましゅ!」
「お、テナーおはよう。今日も怪我をしないようにな」
父はいつも怪我をするなよと声をかけてくれる。
「坊っちゃん、おはようございます」
従業員さんには坊っちゃんと呼ばれてるけど、中身がおっさんな俺には辛い。
みんな仕事の真っ最中だ。この世界は日の出と共に起床して朝御飯を食べ、その後、働き始めて日の入り前に仕事を終え、日が落ちる前に帰宅する。みんな働き者だ。
俺が工房に行く頃には、既に足元に木屑が散乱している。
これを作業の邪魔にならないように纏めていき、屑箱へ入れる。屑箱といってもゴミではない。これも商品として販売先が決まっている。
エコ?リサイクル?という程の物ではない。竈の火を付けるときや、壊れやすい物を搬送するときの緩衝材、使い古して使い道のない油を大鋸屑や他の物と混ぜ合わせて型に入れ、圧縮させることで持ち運びに便利な着火剤を作る。
これは冒険者が旅先で火を付けやすいためよく買うらしい。
他にもいろいろと使用用途はあるらしい。なので、工房の隅々まできっちりと集めて回る。
足元に散乱している大量の大鋸屑だが、ちょっと集めては椅子で休みまた集める。3歳児の体力ではずっと動き続けるのは厳しい。
ここ最近は木屑の量がいつもに増して多い。なんでも城へ納める品が多くあるらしく、みんな納期に追われて必死に仕事をしている。それに比例して木屑もたくさん出る。
工房内には完成したベッド、クローゼット、椅子やテーブルやらが数個ずつ作られている。
ベッドは少し小さめの物と周りを囲っているベビーベッド、揺り籠なんかもある。
どれも実用性を持たせながらも周りの飾り彫りはかなり細かな物もあり、芸術品的な雰囲気を出している。
数日後に産まれてくる俺の弟?妹?のためのベビーベッドや揺り籠は既に出来ているが実用性オンリーである。
父曰く「こんな時期じゃなきゃもっと飾り彫りもできたんだかな」と残念そうに語っていた。
父よ、見た目より安心安全が一番だと思うよ。
そろそろお昼ご飯のようだ。母が工房のみんなにご飯ができたと声をかけて来た。
お昼御飯は全員で工房横の休憩所で食べる。
ご飯を食べ終わったら俺は母につれられてベッドへ。
子供には昼寝が必要なのだ。お腹も満たされた俺は睡魔に導かれるままに眠りにつく。
お昼寝サイコー!!Zzzzz……。
「……ちゃん……テナーちゃん。そろそろ起きようねぇ」
母が俺の体を揺すりながら起こす。ぼちぼち買い物の時間らしい。
ベッドから起きた俺は母に連れられて街に出る。連れて来られたのは馴染みの肉屋だ。
買い物に連れてこられるようになってから知ったのだが、この世界の肉、というか動物は前世によく似ている。生態系そのものが似ているといえばいいのか?
肉屋にはウサギや猪といった獣の肉と、魔物と呼ばれている奴等の肉があるが、魔物の肉の方が獣臭もなく基本柔らかくてうまい!
なぜかというと、大気中にある魔力の影響で肉に旨味が多く出るようだ。
この魔物という生物、元々は普通の獣らしい。
時々できる魔力溜まり、つまり高濃度の魔力に触れた獣が、体を魔力によって侵食された結果、魔物になるらしい。
普通の獣との違いは4つある。
1つ目、目の色。魔物になった獣の目は種に関係なく真っ赤になっている。
2つ目、体の大きさが獣に比べて1.5倍以上大きくなる。
これは個体の能力によって異なる。つまり強くなればなるほど体がでかくなるという訳だ。
それに伴い歯は鋭くなり筋力も強化されるため、小動物の魔物でさえ噛みつかれれば肉を食い千切られるし、蹴られればかなりのダメージを負う。
3つ目、魔物は体内に魔石という物を持っている。
獣が魔力によって浸食された際にできると言われている。魔石のサイズは個体の大きさに比例して大きくなるらしい。
魔石は時計を動かす動力になったりするらしい。
そして4つ目、魔物になると個体の大きさ種類に関わらず攻撃的になる。
本来の獣であれば逃げるような小動物でも人を襲う。草原などにいるウサギでも飛び付いてきて噛みつこうとするし、強靭な後ろ足で蹴りあげられ怪我を負うこともある。
ちなみに襲うのは人だけとは限らない。獣でも魔物でも見境なく襲うが同族は襲わない。
そして、魔物の中でも一番やっかいなやつがいる。
“変異種”と呼ばれている魔物だ。
これは、魔力溜まり長い間留まることで魔力の影響を特に強く受けた魔物をさす。
この変異種になった場合、見た目が獣から大きく異なるそうだ。
また力も通常の魔物とは比べ物にならないくらい強くなる。
その強さのため、攻撃的な魔物でさえ恐怖のあまり逃げ出してしまうそうだ。
この世界にはそんな魔物を狩ることで生計を立てている人達がいる。これが冒険者達だ。
売られている肉は大抵が冒険者が狩ってきた獣や魔物である。
前世ではメジャーな牛とか豚もいるがこれらは全て野生の物だ。畜産はされていない。
街中には畜産をする広さは確保できない。人が住むだけで精一杯の広さなのだ。
かといって街の周りは全て耕地のため使えない。結果、空いてるところは林や森、山といった場所になるが、その場所には肉食獣や魔物がいるので畜産にはむいていない。
やったとしても直ぐに肉食獣や魔物の腹に納まるだろう。
さて、今日は何を買うのかな?母が肉屋と何やら話し込んでいる。
おっ、馬肉ですが。馬は行商が荷台を引かせたりする他、警備兵の一部や軍でも使用している。ようは騎兵隊だな。
因みに食用の馬はいない。高齢や怪我をして使えなくなった馬を処分する際にしか出回らないのでちょっと珍しい肉になる。
肉屋の次は八百屋さん。今夜は馬肉のスープかな。
帰宅したあとは晩御飯が出来るまで自由時間だ。
とはいってもすることはない。父が作ってくれた積み木やなんかはあるが、おっさんには興味がない。なのでやることがない俺は工房へ行く。
いつかリバーシでも作ってもらうかな……。
そんなことを思いながら工房へ行くと、どうやら片付けている最中のようだ。
時間的には終わるにはちょっと早い気がするが、キリの良いところで終わったのだろう。片付けでも手伝うかな。
「かたじゅけ手伝う」
「おぉテナーか。じゃあ木屑をやってくれるかい?」
と、デカイ丸太を担いだ父が言ってきた。
父よ、そのデカイ丸太担げるあんたはスゴいよ。直径50㎝で長さ4mはありそうな丸太を一人で担ぐって…。
とまぁ、この3年間は平穏な日々をのんびりと過ごしている。
実に平和だ。