26話
「う、ウ~ン!はぁ~」
予定よりかなり早い時間に起きてしまった。
俺は遠足の日の小学生か?まぁ体は中学生だからしょうがないのか?いや、オヤジ達もゴルフの日は朝バッチリと目が覚めるっていうしな。
こっちの世界で初めての旅なのだ。なんだかんだいっても楽しみにしていたことは確かだ。
ベッドから出て戦闘服に着替える。そして顔を洗いに井戸に行く。夏でもこの時間なら涼しくて気持ちがいい。
井戸に着くとラムが馬用の桶に水を入れていた。
「ラム、おはよう。馬の水汲み?手伝うよ」
「おはよう~。テナー、ありがとう~、助かるわぁ~。今日よね~?朝に出立でしょ~?」
「うん、ワカミチ村まで行くことになってるよ。この後に待ち合わせになってる南門に行くよ。日の出で門が開いたら出る予定なんだ」
井戸から汲んだ水を桶に入れて、俺が全てアイテムボックスに入れて厩舎まで運ぶ。
「ここに置いておくね。俺が留守の間、ペリシアの事をよろしくね」
妹のペリシアは、ラムのことを姉のように慕っている。
“いつもいない兄より近くのラム”という訳ではなくて、ペリシアも11歳になり所謂思春期なのだ。
異性の兄より同性のラムの方がいいらしい。よく2人でおしゃべりしているようだ。
「大丈夫よぉ~。ペリシアちゃんいい子だから~。妹が出来たような感じだわ~。テナーこそ気を付けてね~。無茶なことはしないようにねぇ~」
「うん、分かってるよ。無茶はしないから大丈夫だよ。じゃぁ行ってくるね」
ラムに挨拶を済ませて一旦部屋に入ると、丁度母が起きてきた。
「あら、テナー、おはよう。起きるの早いわね。気を付けて行ってくるのよ。無茶なことはしないように。いいわね?」
「分かってるよ。さっきラムにも言われたしね。無茶なことはしないよ。それじゃ行ってくるね」
「いってらっしゃい」
ペリシアはまだ寝ているから声をかけずに部屋を出る。
待ち合わせ時間よりかなり早いが、待ち合わせ場所の南門に向かう。
俺は今回の旅で一番年下になるはずだ。先輩冒険者を待たせるわけにはいかない。
もし護衛の冒険者が年齢でとやかく言うタイプなら面倒だ。なので一番乗りに着いて待っておこうと思う。
南門にやって来たが、まだ薬剤店の親子も護衛の冒険者と思しき人もいないようだ。予定通り一番乗りだ。
まだ誰も来ないうちに朝御飯を済ませておく。
アイテムボックスから朝食用に買っておいたパンを取り出した。これは、オープンテラスのあるパスタ屋で教えてもらったパン屋のパンだ。
アイテムボックスから取り出したパンはまだ温かい。昨日、焼き立てを買って直ぐにアイテムボックスに入れたので、パンは焼き立ての状態を維持できている。
焼き立てのパンはまた格別うまい。
朝御飯の焼き立てパンを食べ終わった頃に、御者台にヘイデンさんが乗った2頭立ての馬車の
がやってきた。
「ヘイデンさん、おはようございます」
「ドルテナさん、おはようございます。お早いですね。私達が一番だと思っておりましたが。護衛の冒険者さん方が来られるまでもう少しお待ち下さいね」
「はい、まだ待ち合わせ時間にはなっていませんから大丈夫ですよ。折角なので、護衛の冒険者さん方が来られていないうちに、私が持つ予定の荷物を預かってもいいですか?」
今回の旅は、同行させてもらう代わりに、荷物は俺がアイテムボックスに入れて持っていくことにっている。
「では、この箱を6個と、馬用の桶と飼い葉をお願いします」
馬車から荷物を出してきた。木箱が6個か。そんなに大量に買うのか。
「分かりました。もし途中の村で買った荷物とかあれば、それも持ちますので言って下さいね」
「ありがとうございます。ではその時は遠慮なくお願いさせてもらいます。しかしドルテナさんのアイテムボックスはたくさん入りますね。ほんと驚かされますよ」
俺のアイテムボックスには、容量の大きさの他にも時間が進まないつまり時間が止まっているのだが、それは伝えないでおこう。知られたら絶対に面倒くさい話になるはずだ。
預かった荷物を全てアイテムボックスに入れ終わった頃に、ヘイデンさんが連れて来た馬車からエルビラさんが出てきた。
「ドルテナさん、おはようございます。お早いですね。それと、荷物を持っていただきありがとうございます」
「おはようございます。荷物はたいしたことではありませんよ。アイテムボックスに入れておけばいいだけですから。手間でも何でもありません」
今回の旅に同行させてもらう代わりに、荷物は俺がアイテムボックスに入れて運ぶことになっている。
さて、今のうちにエルビラさんにあれを渡しておこう。昨日、服飾店で受け取った特注の馬車用クッション“女の子用”だ。
これはペラペラクッションを10枚重ねた物を、特注のカバーで一つに纏めた物だ。厚みも十分あるので、おしりの痛みをかなり軽減してくれると思う。
エルビラさんに渡す特注クッションには、可愛らしいリボンが四隅にあしらわれている物だ。このリボンは服飾店のお姉さんが色々と気を遣ってくれたようだ。
「エルビラさんに渡しておきたい物があるんです」
そう言って、俺はエルビラさん用の特注クッションを手渡した。
「可愛らしいクッションですね。色もいいし、この四隅のリボンも可愛らしいです。どうしたんです?これ?」
「馬車に長時間座るとお尻が痛くなるって聞いていたので、馬具店と服飾店に行ってクッションを用意したんです。それで、自分のとエルビラさんのを用意したんです。気に入っていただけるといいのですが……私のと同じ様な物なのでご迷惑でしたか?」
「え?わ、私に?そんな、迷惑なんてあるわけないじゃないですか!でもいいのですか?これ結構お高い物なのでは?」
通常はあのペラペラクッションなのだろう。
それを10枚合わせた上にカバーで一つに仕上げてある。いろんな意味で通常のクッションの10倍は高くなっている。リボンはサービスになっていたはずだ。
「これにはお礼の意味も入っているので、気にしないで下さい」
「お礼?ですか?私は何もしておりませんが?」
「はい、お礼です。今回の旅は、エルビラさんが誘ってくれなければなかった旅です。その機会をいただいたのですから、そのお礼です」
13歳の冒険者見習いの俺が、他の街を見る機会はまだまだ先だったはずだ。それをこの歳で体験できることは幸運だと思う。
それに、ランクの件でモヤモヤしていたから、気分転換の機会を得られたことも俺にとっては大きい。
「そ、そんな。私もドルテナさんが一緒に来ていただけるので、あの、その……あ、ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
そう言って、クッションを抱えて足早に馬車の中へ入っていった。
とりあえず、あのリボン付クッションを受け取ってもらえてよかった。
受け取ってもらえなかった場合、あのクッションは使い道がないからアイテムボックスの中で肥やしになるところだった。
服飾店のお姉さんの努力が水の泡とならなくてよかったよ。




