1話
『ここは…。体が重い?というか力が入らない?首も動かせないぞ。回りは霧がかってるっぽいな。辺り一面真っ白だ。声もうまく出せない。ん?何故か横になっているな。寝てたのか……?』
よく分からない状況だが、そして少しずつ記憶が戻ってくる。
仕事が終わって…プレミアムなビールを買って、一週間の疲れを癒す為に帰路についていた。交差点の信号が青に変わったのでアクセルを踏んだ。
その時の右から来た強い光。何の光だった?光の向こうにある物体……。
あぁ、あれは車だ。
自分の車線の信号は確かに青だった。反対車線の車も動いたのを覚えている。となると……右から来た車の信号無視か…。
『……俺は死んだのか……。ということは、ここは死後の世界か。それで体が動かせないくらい重くて回りが霧みたいに白いのか?……死後の世界とかあったんだな』
自分でいうのもなんだが、死んだのにパニックにならないな。そんなに神経図太い方ではないのに。そういえば死んでも意外と体の感覚があるんだな。この感じのお陰で冷静なのかな?死後の世界があるなら、もっと空気感というか透明感があって、フワフワ~としてるイメージだったんだけどな。
さてと、死後の世界となるとここで誰か出てきたりとかするパターンか?死んだじぃさんか?それともばぁさん?幼女は趣味じゃないから、出来たら綺麗なお姉さんか別嬪さんの女神とかがいいなぁ。勿論ボンキュボンの。なんて思っていると
「…… ……」
『ん?誰か近づいてきたかな?首が動かないから音のする方を向けねぇ。ボンキュボンが見えないじゃないか!』
暫くすると目の前が少し暗くなり、フワァッと体が浮く感じがした。
「%§*£¢◇~。@▲◆◎@§√∝∽∵¶∇⊥∀~」
どうやら俺は誰かに話しかけられているらしいが言葉が理解できない。英語やドイツ語といった感じでもない、聞いたことのない言葉だ。
目の前にいるから相手を見ようと思うのだがやたらと瞼が重い。だんだんと瞼が強制的に閉じていく。と、その時
フンゴ?!
いきなり何かを顔に押し付けきた。そしてその何かを口の中に入れられた。
『なに?!なに?!これ何?!』
瞼は重くて開かないから様子がわからない。でも何故か口は勝手に動き出し、何かを吸出してきて飲まされる。暫くすると急に強烈な眠気に襲われて、そのまま寝てしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
あれからかなりの日数が過ぎた。既に数ヵ月は経っていると思う。暖かかった部屋も最近は少し寒くなってきた。
体が動かせなかった頃には状況が良くわからなかったが、数日経った頃には凡その見当がついた。
俺の体は赤ちゃんなのだと。
29歳で死んだ俺が赤ちゃんになっている。ということは……俺は“転生”つまり生まれ変わったのだ。それも前世の記憶を持ったまま。
『生まれ変わりって本当にあるんだな。』
そして最初の頃、口へ入れられたの物は赤ちゃんの食事だ。……それ以上は言うまい。
さて、ここ最近は近くのものならぼんやりと見えるようになった。赤ちゃんって半年くらいで少し見え始めるんだったっけ?まだぼやけて見えるが何となく理解できる。
言葉や音もかなり聞き取れるようになった。
なので現在の目標は食う寝る聞くになっている。子供は寝て育つっていうからな。視力は自分ではどうにもならないが、早くしゃべれるようになりたいから頑張って声を出し言葉を覚えていこう。
さて、ここで一つ問題がある。非常に大切なことだ。
俺の性別だ。
きっと男だと思う。思いたい。まだ首が動かせないから下半身の確認ができてないんだ!
付いていてくれ、俺のジュニアよ!立派でなくていいから、いてくれるだけでいいんだ!頼むぞ!!
◆◇◆◇◆◇◆◇
俺が生まれ変わったことに気が付いてから数ヶ月経ったある日の夜。晩御飯の料理がいつもより豪華なのだ。それに朝からやたらと人に頭を撫でられ声を掛けられる。父親がいつも以上にガハガハ!と上機嫌で笑っているが、声でけぇよ。
状況から把握するに……きっと俺の誕生祝いなんだろうな。
『そうか、あれから1年か……あっちの両親は元気かなぁ』
最近は視力や聴力がついてきたお陰で、回りの様子がわかってきた。
まず、俺“徳原兼次”は“ドルテナ”と言う名前らしい。愛称は“テナー”。
文明レベルは低く、中世ヨーロッパって感じ。電気ガス水道がない。服飾の色合いも地味だし、使われている物全てが手作り。工場大量生産品はない。
両親の仕事は家具職人のようだ。従業員(弟子?)も数名いるから工房を経営してる感じ。なかなかの職人らしく、時々領主の城へ仕事に行っている様だ。
この世界の人は前世の中東系の顔立ちをしてる。ただ、髪の毛の色はかなりカラフルだ。赤や青って人も普通にいる。
さて、以前からの大問題が解決したのだ。そう、俺の性別だ。名前からもわかるように男だった。
一安心だ。自分でお座りができるようになった時に目視でも確認できた。思わず『あったぁぁあ!!!』と心の中で叫んでしまった。小さなジュニアよ。共に大きく育とうな!
いるだけでいい、と思っていたことは忘れているらしい……現金な奴だ。
誕生日から数日後、転生した事よりもびっくりした事があった。どうやらこの世は俺の生きていた世界とは理が違う世界、つまり異世界ということだ。
こっちの世界の母親がとった何気ない行動で分かったことがある。
日が沈む頃、部屋が暗くなってきたので蝋燭に手を近づけて火を灯したのだ。
前世なら蝋燭に火をつけるなんて特におかしくはないだろう。この世界でも蝋燭に火はつく。だが、どうやって火をつけるかが前世とは違うのだ。
火をつけるとしたらマッチやライター、チャッ○マンなんかでつけると思う。
だが母は手から直接蝋燭に火をつけたのだ!その時、何やらムニャムニャしゃべっていたのを覚えている。
それを見たとき、思わず手に持っていたコップを落としてしまい、母に「あらあら。だめですよ」と言われてしまった。
『いやいやダメなのはあなたでしょ。何、今の !? 手を添えて何かしゃべっていると思ったら、いきなり蝋燭に火がついたんだぞ。おかしいだろ?!あり得ないって! 』
しかし母は、その後も当たり前のように他の蝋燭にも火をつけていく。
『これって、これってもしかして……』
ちょっと前から『なぁんかおかしいなぁ』とは思っていたのだ。言語に関しては、俺の知らない言語なんてのはいくらでもあるだろうから、特に気にはしなかった。
だが周りの景色がおかしいのだ。生まれ変わったのなら少なくとも死んだ後の時代、つまり未来になるのではないかと思う。
なのに転生した世界は前世より文明が明らかに低く、確実に過去の時代だ。タイムトリップか ? とも思っていたが、母のこの行動で確信した。
『……魔法……異世界……oh no……』
少なくとも俺のいた地球ではない。母のやったことはラノベなんかでよくある魔法で、さっきのは火の魔法、火属性?とかか……。
それからは母の行動をよく見るようにしたが、魔法と思う事はこの火をつける程度だった。 水を出したり氷を出したりといったことは見かけなかったし、家事はすべて自力でやっていた。
『魔法のある異世界に転生……マンガじゃねぇんだからよぉ~』
記憶を持って生まれ変わったことに驚いていたが、そんなもんじゃなかった。俺はとんでもない世界に転生したのではないか。
この世界でやっていけるのか、俺は……。 ファンタジーとか微妙に苦手なんですけど……。