組まれる手
お久しぶりです。全く書いていなくて設定や進行状況もほとんど忘れてしまった雨空涼夏です。
更新しましたが調子が戻らずしばらくはリハビリの期間を送ることになりそうです。またぼちぼち進めていくので、どうぞお付き合いください。
「では、少しこの世界の話をしよう」
おもむろにナイフを手に取り、手で弄びながら女性は言った。
「この世界は、ある一定の期間を繰り返している。恐らくだが、君が知っている少年を中心として一定の時間が経過すると世界は滅びる構造になっているはずだ。生憎私も確証を持って話すことはできない。何分さっき思い出したばかりだからな」
女性は小さく笑いながらナイフを机に勢いよく突き立てる。置いてあった封筒が破れ、その端切れが舞い落ちる。
「的確な情報を提供するためにも、まずはアルカネの見た夢とやらの内容を私に教えて欲しい。断片的でも構わん」
「……分かりました」
私は鮮明に思い出そうと、見た夢の記憶を探る。お父さんが倒れている夢。木の下で、カズトという少年と話をしている夢。他には―――
その時、誰かの声が聞こえた。
雑音のような、不気味な声。濁った音が、何かを告げる。
『竜の巫女と、大樹の守り手だよ、アルカネ』
「……巫女と、大樹の守り手」
「それが、君の見た夢の内容か?」
呟きに反応した女性がそう問い返す。
「あ、違うんです。今急に、そういう言葉が聞こえて……本当に見たのは、お父さんが何かに襲われて倒れた夢と、大きな木の下で、男の子と話をしていた夢です」
「ふむ、少し待ってくれ。今の情報から当てはまるものがないか少し探してみる」
女性は目を閉じ思案し始める。私はすることもなく、先ほど聞こえた声が何なのか考えていた。
(もしかして……)
朝方に見た、あの不思議な紙切れ。変な物だと片付けていたが、案外大切な物だったのかもしれない。
「ふむ、その2人の記憶は確認できた。近隣にある大きな山脈地帯に暮らす竜人族と、東に進み続けた森に暮らす人物だ。君の見た夢の世界では敵対関係ののちに仲間になったが、恐らく今回は大丈夫だろう」
何が大丈夫なのか私にはさっぱりだけど、女性は一人で解決すると私の方に向き直った。
「現状で言える事は、夢は過去での世界、君ではない君が体験した過去の記憶だ。そして、君に夢の続きは教えられない」
「どうしてですか!?」
詰め寄ると、女性は私の顔に両手を添えて、細い声で言った。
「君の結末を見届ける前に、私は必ず死んでいる。結末を知っているのは君だけだ。そこに送り届けるまでが、私の仕事だ。君はどうしたい? 夢の先を知って、どうしたいんだ? アルカネ」
すぐには、答えられなかった。私はただ知りたいと願っただけで、その先に何があるか、どうするかなんて今の今まで考えたことはない。だからこそ、急に問われたからこそ、要らない理屈や言葉を捨て去った本心が口から漏れた。
「……会いたいんです。会わなきゃいけない気がするんです」
女性の瞳が、静かに揺れる。
「ただの予感、みたいなものだけかもしれません。でも、私は彼を、皆を、捜さなきゃ……!」
大したことは言っていないのに、胸の拍動は鳴り止まない。きっと私は忘れているだけなんだ。それを思い出すために。
ゆっくりと、頭を下げる。
「……お願いします。手伝ってください」
「……元よりそのつもりだ。何よりこんな面倒な役柄を押し付けられるのは不本意だが、こうしていられる恩もある。行きつく先まで、どこまでも案内しようじゃないか」
手を握りしめ、女性がかがむ。背の高い女性の目線が、私と同じくらいになった。
「これで意思の疎通はできたな。自己紹介をしよう。私は水木野々花、まあ書いても分からんだろうし字に起こしても読めんだろう。ノノで呼んでくれ」
「分かりました。えっと、ノノさん、でいいですか?」
「構わんよ。以後の予定としては、そちらの準備ができ次第仲間だったらしい奴らのもとへ向かう。竜人族と、森に暮らす人物の二人だ。旅の準備が必要になる」
「私、旅なら慣れてます。お父さんと一緒によくいろんなところに向かいますから」
心なしか、弾んだ声で私は答えた。
取引先によっては1月近く移動することもある。ちょっとやそっとではへこたれない自信がある。
「なら話は早い。準備が出来たらまたここに来るといい。その間私も用意を進めておく」
「分かりました」
外の闇は微かに薄れていて、時間はかかるが朝が訪れそうな時間だ。少しまぶたも下がり始め、僅かな眠気が膨れあがってきた。
「私、今日はもう帰ります。遅くなるとお母さんにバレちゃうかもしれません」
「む、そうか。では気を付けて帰るんだ」
ノノさんは、笑顔で私を見送ってくれた。
さらに寒くなった夜道を駆け足で帰り家に着くと、一階の明かりは消えている。音を立てないようロープで二階に戻る最中、私の部屋から声が聞こえた。
「アルカネ、お帰りなさい」
「ひゃうっ!」
びっくりして、ロープから手が離れそうになる。ちょっと落下しかけた辺りで強く握り締め直すと、おそるおそる窓を越えて部屋に戻った。
お母さんは寝間着でベッドに腰掛けていて、眠そうに目を細めている。長い間、私の部屋で待っていたみたいだ。
「……お母さん、いつから気付いてた?」
「昨日お風呂に入った辺りからかしら。女の勘と親の勘が合わさっちゃえば、娘の行動くらい想像がつくわ」
お母さんが私の髪を梳くように撫でる。くすぐったくて、逃げるように頭が揺れる。
「行くんでしょ?」
「行くって、どこに?」
「決まってるじゃない、旅よ。大切な人を捜しに行くんでしょう? 明日はお仕事は休みだから、一緒に準備を整えましょう」
うきうきとした口調で話すお母さん。まだそうとは決まった訳ではないのだけれど、この調子では何を言っても聞いてくれない。
「さ、もう遅いしたまには一緒に寝ましょう!」
「もー、子供じゃないんだから一人でも大丈夫だよ」
「アルカネはいつまで経っても私の娘よ」
ほら、何を言っても意味が無い。
そのまま私は寝間着に着替え、ベッドに潜った。すぐ隣には母の胸。
いつもより、気持ちよく眠れる気がした。
今はこれくらいです。
2~3話位でアルトノリアは終わる予定でいます。
まあまだ書いていない皮算用状態なので、さっさと続きの用意にとりかかります。
お読みいただきありがとうございます。感想など頂けると有難いです。
ではでは。