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屍を越えて

お待たせしました。

「はあっ!!」


ぶつかり合う音。俺とウィードの剣が交錯し、激しい音を掻き鳴らす。剣の大きさ、力では俺は押し負ける。いなすように、受け流すように剣をしならせつつウィードにUZIを突き付け発砲する。


ウィードは剣の柄を軸に跳び上がり、曲芸師のように指一本で逆立ちをして俺の背中に蹴りをかました。

吹き飛ばされ、床を転がる。体勢を立て直し顔を上げると、顔目掛けて二発目の蹴りが飛んできた。


「邪魔だ」


俺は剣をウィードの足に沿って振り上げる。ウィードは空中で強引に身体の向きを変えると刀身を横から蹴り付けた。衝撃に耐えきれず手放すと弾き飛ばされた剣が半ばから折れた。


無理を重ねた宙に浮くウィードの無防備な身体を蹴飛ばすと、華奢な躯は容易く吹き飛んだ。壁にぶつかりながらも堪えた風もなく口笛を吹き鳴らした。


「ひゅーっ、やるねえ! さっすが救世主!」

「軽口を叩く余裕があるならもう少し真面目に殺しに来たらどうだ、手を抜いているのが見え見えだ。なぜ剣と銃を使わない」


舐められていると最初は思ったが、違う。ウィードからは丸っきり殺意が感じられない。最初の一太刀を除いて、俺を殺そうという気概が感じられない。


「あー、これって話して大丈夫な奴かな? スヴェラ様に怒られそうな気もするけど、まあいっか。そうだよ、僕は君を殺せない」

「お前を寄越した神の決め事か」

「ビンゴ! その通りだよ! 君は主人公だから死んじゃあいけない。死んだらそこで物語は終わっちゃうからね。あいにくセーブなんて便利な機能はないし、敵側の人間に絶対的な制約として植え付けるしか方法がなかったみたいなんだ。結論は、僕は君を殺せなくて君は僕を殺せる」

「簡潔で分かりやすいな。時間も少ない、続きを始めさせて貰う」


言い終わる前に、俺は魔法を放った。ウィードを覆い隠すように電気の檻を作り、魔力を中心に集中させる。激しい光に視界が包まれるが、これで終わるとは考えづらい。手持ちの銃の弾倉を入れ替え1マガジン分の弾を打ち込んだ。

やがて魔法が止み、煙がゆっくりと晴れていく。


「……あのさあ、中ボス相手に全力出しすぎじゃないかな。守るのに体力、殆ど使っちゃったんだけど」

「お前を殺すのが最優先だ、とっとと死ね」


時間が無い。根拠のない焦りが頭の中で渦巻いている。距離を詰め、新しく生み出した長剣を喉元目掛けて突き出した。


「それじゃあ残りの体力、使っちゃおうか」


あと少しで剣が届く距離。そこまで近付いたところで左肩を貫かれる感触を感じた。視線を向けるとついさっきまで何もなかった空中、そこに小さなナイフが現れていた。


……そういえば、前にアルトノリアの王を攻撃したときにこういう手法を取っていたか。


「致命傷じゃないし、これ位大丈夫だよねえ!」


正面から、横から、感知できない死角から無数の刃が飛翔する。防壁を張りつつ身体強化をして強引に避けるのにも限界がある。

急所は守ったが、腕と足の何カ所かに刃が刺さった。


「っぐうううううっ!」

「頑張りなよ、はあっ、耐えきったら、君の勝ちだ!」


攻撃は次第に苛烈さを増していく。やられてばかりなのは気に食わない、動き回りつつもひたすらに銃弾を浴びせ続ける。

しかし、体力がなさそうな事を言っておきながらウィードは壁を蹴りながら縦横無尽に部屋を走り回る。弾丸が部屋の中を跳ね回り、更に何もない空間は減っていく。

避けることすら困難になった頃、部屋の扉が突如開いた。


「カズト!」


扉の手前で悠莉を抱えたまま、アルカネがこちらを見ている。


「ああ……?」


よりによって戦闘中に入ってくるとはついてない、守るべき対象が増えると割く意識も半分になる。その一瞬が判断を遅らせた。


「ラッキィィィッ!」


壁により掛かっていたウィードの身体がバネのように跳ね上がり、先程とは比べ物にならない速さでアルカネに接近する。アルカネも接近者には気づいていなかったようで、大きな声を聞いてようやくウィード認識したようだった。


「チッ、アルカネ、逃げろ!『防壁シールド』!」


進路を阻むために防壁を張り、背中に向けて剣を振り下ろす。

深くめり込む感触を覚え、剣を引き抜き振り下ろす。


「へへっ、ノルマ……達成……」


何か喋ったが、気にしない。

振り下ろす。

振り下ろす。

振り下ろす。

振り下ろす。

振り下ろす。


ただの殺意もなく、機械的に。

どれだけやった? 時間の概念は吹き飛んでいた。

動かなくなったのを見て、再び剣を突き立てることで確認すると、アルカネの方を向いた。

ああ、アルカネは無事だ。怪我をした様子もない。


―――だが、悠莉は。

身体を内側からいくつもの剣に食い破られ血を垂れ流していた。

UZIを投げ捨て、抱いたまま立ち尽くすアルカネから悠莉をもぎ取ると部屋の中央に運び容体を見る。


「チッ、悠莉の体内に剣を出したのか」


ご丁寧に心臓や喉元など、人体の急所ばかりを貫いている。柄は身体の中に埋まっていて、取り出すにはさらに傷を抉らなければならない。取り敢えず止血をしなければ。

俺は魔力を注ぎ緊急性の高い傷口を修復していく。


「動くと、痛いよ、お兄ちゃん……」

「面倒くせえ、刃物を取り除かないとキリがない!」


だが、取り除く訳にはいかない。強引に取れば悠莉は間違いなく死ぬし、丁寧に行うにも治療と並行するには時間が足りない。

部屋の扉は光に包まれ、徐々に俺達がいる部屋は狭まっていく。

世界はもうすぐ滅ぶ。


「おい俺、まずは連れて中に行くぞ! 助けりゃ良いんだろ!?」

(当たり前だろ! 僕が守るって言ったんだ!)


悠莉を抱き上げると、異世界への穴を目指して走る。だが、入ろうとしてアルカネがいないことに気が付く。振り返ると、先程と全く変わらない位置に立ち尽くしていた。


「アルカネッ!!」

「っ……!」


大声で怒鳴りつけるとビクリと肩を竦ませながら怯えた表情をしてこちらを見る。何やってるんだ、すぐ後ろまで世界の崩壊が近付いているのに!


「少しだけ待ってくれ、悠莉」


荒い息を吐く悠莉を地面に置き、一気にアルカネの元に駆け付ける。腕を掴むと、もう一度大きな声で叫んだ。


「無力感に怯える程度なら、此処で世界と心中してしまえ!」

「わ、私……」

「俺は行く」


悠莉の所へ戻ると、口の中に血が溜まっている。身体を傾けて吐き出させるが、心臓の拍動は弱々しくなっている。傷は治せても血は作れない。救う手立てのない延命など、苦痛を長引かせるだけだ。


「悠莉、生きたいか?」


意識が朦朧としているであろう悠莉へ治療を行いながら問い掛ける。


「お前を救うのは賭けだ、死ぬ可能性が高い。これ以上の治療も意味を成さない。お前は生きたいか? 悠莉」



俺の問いに悠莉は、首を横に振った。



「ゎ……し、は、いぃ、か………お、ねえ……ちゃ……と…………」

「分かった。あいつは責任を持って連れて行く。今、楽にしてやる、少しの辛抱だ」


一度、悠莉の身体を強く抱きしめる。突き出た刃が俺の身体へ沈み込んでいくが、これ位の痛みなど死から程遠い。

身体を離すと、悠莉は穏やかな笑みを浮かべていた。


(止めろ!)

「やめないね」


俺が何か言っているが、気に留めない。意思確認はとうに終わった。

記憶にあった拳銃を一丁適当に出すと、スライドを引いて弾が装填されているのを確認する。


俺は悠莉の額に銃口を向け、引き金を引く。


パン、とひどく、軽い音がした。


「さて、アルカネはどうだ?」


滅びの端に立ち尽くすアルカネは頼りない足取りではあるがこちらへ歩いてきている。決意はまだできていないようだが、進む気はあるようだ。

目の前に来るまで待つと、アルカネは立ち止まって側に横たわる悠莉の手を握った。


「何もできなくてごめんなさい……助けられなくて、ごめんなさい……」


涙を流し、アルカネは地面に座り込む。


「懺悔の時間は終わりだ、行くぞ」


数歩先は何もない虚無だ。俺達はここに留まることは許されない、神に会い、ぶん殴る。このふざけた物語を、終わらせる。


「ごめんなさい、もう大丈夫だから」


涙を拭ったアルカネは、立ち上がった。そのまま、何処かへ繋がる穴へ入っていく。


俺も、後へ続く。


「じゃあな」


僅かな間暮らした世界へ、共に歩んだ仲間へ別れを告げて。

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