終焉への銃声 2
溜め息を吐きながら部屋に戻ると、寝ていた皆も起きて食事を取っていた。
火の回りでは鞄から取り出した肉を炙っているようで、香ばしい匂いは空腹を堪えるには耐え難いものだ。中心に据えられた鍋では何かが煮込まれている。
火を囲んでいたアキナは僕を見るなり一気に跳躍して飛び付いてきた。
「カズトだー! 大丈夫だった? どこか怪我してない?」
心配そうに身体のあちこちをまさぐり始めたのでやんわりと引き剥がすと、アルカネが椀を持ったまま手招きをしていた。近づくと椀には蒸かした芋が入っていて、後から焼いた干し肉をナイフで刻んで入れてくれた。
「お疲れ様、話はカメリアさんから聞いたわ。ノノさんが居なくなったんでしょ?」
「うん。僕が寝る前までは窓に座っていたんだ。起きたら見えなくなってて、今走り回って捜してきたけど何処にもいない」
「荷物は置きっ放しだし、ノノさんのことだからすぐふらっと戻ってくるわ。まずはご飯にしましょ、カメリアさんもどうぞ」
「おお、かたじけない」
朝食を食べる間、僕は昨晩ノノさんが漏らした言葉を思い起こしていた。
「私は幸福だ。死を以てすら償いきれない罪を抱えながらも君達に出会えた」
「私にもう悔いはない。最期まで務めを果たすとしようか」
何かを知っているような事をノノさんは言っていた。それに、別れをほのめかすようなまで口にしていた。
(ちょっと言わせてもらうぞ、俺)
と、突然救世主の僕が思考に割り込んでくる。
(何か気になることでもあったの?)
(ただの勘だが、ノノにはもう関わらない方がいい。いや、仲間だとは思わない方がいいと俺は思う)
(どうして急に……)
(いや、気に留めておいて貰えれば大丈夫だ。何度も言うがこっから先誰がいつ死んでもおかしくない。コンティニューの効かない世界なんだ、慎重に大胆に行動しろ、分かったか?)
(……了解、憶えておく)
「カズト、食欲ないの? 全然食べてないけど」
「ああごめん、ちょっと考え事してて。すぐ食べるよ」
気付けば皆とうに食事を終えていて、僕も慌てて冷めかかった中身を口の中に押し込んだ。
荷物を片付け、火の始末をする。ここに留まっていたって何も進展しない。襲撃されたというカルボシルに戻って現状を確かめなければ。
「用意できた?」
「全員できてるわ。行きましょう」
「では今回は正規の街道を進みますぞ。こちらならばカルボシルまで2、3時間ほどで到着いたします。敵も朝に通った分では確認しておりませぬ、充分に注意して移動すれば大丈夫でしょう」
カメリアさんは行きとは違い広々とした道路を進む。勿論遮蔽物に身を隠しながらではあるが、格段に早く移動できている。半分の時間ほどでカルボシルが見えてきた。ここまで一度も敵には接触していない。
一言も話す事なく、僕達はカルボシルの中へ入った。
「っ、酷い……」
城は半壊していた。王子がいたテント近辺は火でも放たれたのか炭化した物が散らばり、人の気配は無い。死体らしきものも見当たらず、無人の戦場跡はひどく静かだった。
「誰もいないわね。襲撃を受けたにしては綺麗すぎる」
「僕はちょっと城の中を見てくるよ。カメリアさんは皆をお願いします」
「気を付けてね、カズト」
「分かってる、すぐ戻るよ」
僕は壊れた壁から中へ入り、綺麗だった地下を目指す。
謎の言葉を言い残したウィードの姿を探すために。
時折室内の様子も窺ったが、人の生活していた痕跡だけを残してやはり外と同じような状態だった。
やがてカメリアさんと共に下りた地下への階段を見つけ、僕はMP5を出して構えながら慎重に下る。
地下もやはり荒れ果てている。壁は黒く煤け、ガラスは細々に砕け散っている。それなのに照明だけはきちんと付いていて奇妙だ。
最後の扉の前に立ち、耳を澄ます。不自然な物音なんてしないし、何かが潜む気配も無い。僕はかつてウィードがいた部屋に躊躇なく入った。
「あ、きたきた! ようこそ愚か者、心配してきてくれたのかな? 嬉しいなあ、大して関わっていない僕にまで気を配るなんてやっぱり君は救世主だ!」
かつてごちゃごちゃとしていた地下室はこざっぱりとしていて、部屋の真ん中にはここではないどこかに繋がった穴がある。
「ここで、何をしてた?」
「見ての通り、準備さ。最高のエンディングを迎えるためのね」
ウィードがそう言い終わった後。
遥か遠くから断続的に乾いた音が響いた。紛れもない銃声、まだ敵が潜んでいたのだ。ここで油を売っている暇は無い。ウィードに構わず元来た道を引き返そうと戸に手をかけるが、ついさっきまで容易に開いた戸は壁のようにびくともしない。
「残念、そこはもう開かないよ」
「ここから出せ、ウィード!」
僕が叫ぶと、ウィードは愉快そうに腹を抱えて笑う。
「一方通行って知ってる? 一度進んだら引き返すことのできない道さ。君はその道路に入っちゃったんだ。戻りたいんなら僕を倒してから行け! なんてね」
「いい加減にしろ! 皆の所に戻らなきゃ!」
「はあ……戻って欲しくないから足止めしてるに決まってるでしょうに。君は選択肢を間違った、君単独で行動すべきではなかった、その結果がこうなのさ。どうなったかは、僕と遊んでからのお楽しみだ」
ウィードは僕の能力と同じように、何もない空間から一振りの剣を取り出した。その矮躯にはとても似付かない大剣を軽々と構え、声を張り上げる。
「来い! 」
(おい俺、今すぐ代われ。お前じゃあいつには勝てない)
「分かった、できるだけ急いで」
「当たり前だ」
……アイツの意識が消え、俺はその隙間に入り込んだ。どこか虚ろでふわふわとした、しかし視界だけははっきりとしている。切り替わるときは必ずこうなるのが面倒だが、俺でなければこいつは倒せない。そう直感が囁いていた。短機関銃のUZIを左手に構え、右には長剣を握りしめる。
「さて、久々の運動だ。ちゃっちゃと終わらせようじゃねえか、神様代理」
「へえ、別の人格も持ってるんだね。楽しめそうだ」
顔を見合わせる事もなく、俺等は互いに肉薄した。