地下室
どれくらい進んだのか、どれくらい時間が経ったのかは分からない。外の風景を覗き見ることは出来なかったから、ここがどこなのかも分からない。ただ暗く、寒く、苦しかった。
何処を見つめる事もなくぼーっとしているとしきりに揺れ動いていた荷台の振動が収まっていき、しばらくして停止した。荒れていた土地からの移動は済んだのだろう。
「着いたぞ。今からお前を我らが王の元へお連れする、くれぐれも粗相の無いよう注意しろ。いつでも我々はお前の首を刎ねることができるのだからな」
脅し文句に等しい、――実際に脅しなのだろうが、兜をかぶっていない兵はそう言って僕を荷台から運び出して右肩に担ぎ上げた。そこでようやく外の様子を視認することができた。
広い石だらけの地面には急ごしらえのテントが無数に建てられており、先程見たような兵士や白衣を着た人、作業着を身に纏い何かを直している人達があちこち行き交っていた。正面には大きな要塞のような建物があった。皆簀巻きにされて担がれている僕を怪訝そうな目で見て通り過ぎていく。
担がれたまましばらく要塞内を移動し、兵は一つの部屋に入った。中では二人の兵士が向かい合い、広い部屋の中心に座り込んでいた。二人はこちらに気付くと腰の剣に手を当てながら歩いてきた。
「シエトラよ、よくぞ戻った。収獲はあったか」
「カメリア様、申し訳ございません。村の住民は例の敵によって既に全滅、死体には敵の使う「銃」という武器の弾が貫通した痕が複数発見されました。その時物陰に潜んでいたこれを発見し捕縛、連行致しました。王に報告し次第尋問室へ」
「その必要はない」
カメリアと呼ばれた初老の兵は僕を眺めながら僕を担ぐシエトラに向き直った。
「敵勢力の傾向は既に前線より通達を受けている。敵は一言も話さずただ命を刈り取ろうとするそうだ。腕を落とされようと胸を貫かれようと、叫び声すら上げずにな。この少年はどうだ、武器も持たず鎧も身につけておらぬただの旅人ではないかっ!」
僕に指を指しながら力説するカメリアさん。距離が近くその指先が鼻の骨にぶつかり激痛が走る。
さらに急に怒鳴られたことでシエトラさんはびっくりしたのか、担いでいた僕を手放した。重力に従って全身が床に叩きつけられ、縛られていない頭だけが激しい衝撃に揺れる。疲労と妙な脱力感に晒され続けていた僕の意識を葬り去るのには十分すぎる威力だった。
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「も、申し訳ありません! 不審でしたのでつい……」
「全く、情報が届いてないとはいえこのような手違いを起こすとは。王にはこちらから報告しておく、お前は早く前線へ戻れ。ジューク、彼を解放しろ」
「御意」
面倒ばかり起こすシエトラを部屋から追い出すと、とたんに部屋は静かになった。全く、まだあいつには部隊長は早いか。
縄を解かれた少年は落下した衝撃で気絶してしまったのか動く気配は無い。
ふと、少年の足元が赤く濡れている事に気がついた。よく目を凝らせば銃弾に被弾した痕がある。シエトラか未知の敵勢力かは判断しかねるが、放っておけば死に至る出血量だ。
「ジューク、我らが王への報告を頼む。私はこの少年を治療しに行く」
「御意」
少年を抱き抱え私は治療室へ走った。中では前線で負傷した傷の浅い兵が運び込まれている。各地に備蓄していた薬品のおかげで戦線を維持できてはいるが、長引けばカルボシルはいずれ敗れ去るだろう。研究者の言葉が本当であればこの少年とその仲間はそれを打ち破る力となる。一刻も早く治療を行わなければ。
「済まない、遠路から訪れた旅人が敵勢力によって負傷した! 出血が酷い、治療を頼む!」
私が声を上げると、負傷兵の治療に当たっていた看護師が数人駆け寄ってきた。少年の容態を見るなり顔色を変え、手術を行うために少年を運んでいった。
さて、腕の良い彼女らならば少年を救ってくれるだろう。報告に向かわねば。治療室を後にし、私は地下へ続く階段へ向かった。
この地下はかつて罪人を収容する牢獄だったが、今では奇妙な空間へと造り替えられている。火を用いずとも光を放つ球体のものに、鎚で殴りつけてもヒビ一つ入らない硝子、近付くとひとりでに開く扉。これを奇妙と言わずして何と言うべきか、まるでアルトノリアに伝わる魔法のようだ。
私はそのような通路をひたすら進み、研究者を探し回った。
その最深部、地下三階の一室に彼はいた。
「えっと、確かこの部品はここでっ、と……後は組み立ててジャムらなかったら完成かな?」
「ウィード殿、例の少年が現れました。現在足に銃創を確認したため治療中です。仲間と思わしき人物は見当たりませんでした」
「お、カメリアだ。わざわざ地下まで来てご苦労さま。でも折角無線を渡してるんだからそれで連絡して欲しいかなあ。研究した意味がないよ」
「申し訳ございません、疎いもので……」
「ああ、まあいいや。これ持って王様に連絡して。『敵勢力の武器の解析が終わった、同じ型なら今すぐに作れるよ』って」
ウィード殿は一枚の設計図を私に手渡した。何が記されているかは理解できるはずもないが、無数の線と文字から相当複雑な設計になっていることは予想できた。
「承りました、ただいま向かいます」
「今度は無線、使ってね-」
気の抜ける間延びした声を背に受けつつ、私は忠誠を誓う王の下へ駆けた。戦局を変えるはずの、一枚の紙を握りしめ。
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「やっと来たんだね、待ちくたびれたよ」
カメリアの姿が見えなくなると、僕はそうぼやいた。あのスヴェラだか言う神に呼び出された時は何で僕が、なんて思ってたけど、
「実際やってみると結構楽しいもんだね-。設計図だけは全部用意できるし、部品の組み立ても失敗することはないし、研究者って設定も悪くないね」
他にも色々と道具をくれたし、案外僕って優遇されてる? でも心なしか性格が似てる気がするんだよね。飽き性そうなところとか。まあせっかくの二度目の人生だ、死ぬ瞬間まで好きなように生きてやる。
「さーて、次は何を研究しよっかな-。せっかく工業が発展してるんだし、ロボットとかも面白そうかも」
紙を一枚広げるとアイディアがどんどん浮かび上がる。僕は筆を取り、設計図を書き始めた。




