誤解
お待たせしました。
「……酷いですね」
村は既に原形を留めてはいなかった。家は軒並み焼かれ今なお黒煙が燻っており、瓦礫の隙間からは人の手らしきものが助けを求めるように力なく垂れ下がっている。死んでいるのは殆どが村に住んでいた人達だろう、誰一人として武器になるものを携えてはいない。
「悠莉は見ない方がいい、僕が抱えるから目を瞑って」
「う、うん……」
悠莉を抱き上げると、悲惨な光景が悠莉に届かないよう顔を胸のほうへ向けさせる。僕も覚悟を決めたとはいえ、さすがにこの惨状を見続けるのは堪える。その点ノノさんとアルカネはかなり落ち着いている。慣れているのだろうか。
「ねえアルカネ。……生きてる人はいなかった?」
「…………いないわ。皆、殺されてる」
恐る恐る尋ねたアキナは返答を聞いて表情を曇らせる。
やがて、自然と誰も喋らなくなった。ただ黙々と歩き続け、村の広場にあたる所へ僕達は辿り着いた。
「あそこの影で休憩するぞ。といってもここではまともに落ち着けまい、食事を取り次第カルボシルに向かうぞ」
「分かりました。今用意します」
僕は魔力を消費して食事を用意する。といっても決まってサンドイッチばかり作るのだが、今回はベーコンなど肉類を省き、卵や野菜を中心にした具材で作った。死体を見た後に肉を摂るのは抵抗があるだろうという個人的な観点からの配慮だ。
「みんな、出来たよ。具材から肉を省いてるから食べたい人は教えてね」
「ふむ、私は手持ちがあるから大丈夫だ」
「私はいらないわ」
「アキナもいらない。果物がほしいなー」
「あ、あの、私もリンゴが欲しいです……」
「アキナは何の果物が食べたいの?」
「梨がいい。とっても甘いやつ」
甘い梨と林檎、梨は洋梨のラフランスとかで大丈夫かな。林檎は種類とかが分からないから記憶にあるものをそのまま出すしかない。皿とナイフ、果物を出し食べやすい大きさに切り分ける。二人に差し出すと、おいしそうに食べてくれた。僕も口にサンドイッチを詰めながらわずかな休息を堪能していた。
その時、何かの足音が聞こえた。単体ではない、複数の足音。隠す気も無いのか土を踏みしめる音と金属が擦れ合う音がここから見えない所で鳴り響いている。当然皆にも聞こえていて、音の聞こえる方をじっと見ていた。
「さっき、お兄ちゃんを襲った人達……?」
「分からない。銃を持っていたら危険だから身を出さないようにして。僕が見ますからノノさんは皆をお願いします」
「承知した、私達は入り口の方へ引き返しているから少年もそこで合流してくれ」
「了解です」
皆がその場からいなくなったのを確認すると、僕は崩れかけた瓦礫の影に身を移し息を潜めながら広場の様子を窺う。
「……やはり既に逃走したのでは? 既にこの村の人間は死に絶えてしまっています、血に飢えた奴らも撤退しているのでは」
「分かっている、だがこれほど激しい戦闘であれば敵の一人くらいはどこかで負傷して隠れているかもしれん。何としても情報や痕跡を探し出し国へ持ち帰るのだ!」
「はっ!」
広場には鎧を着た兵が数人いた。一人だけ兜を着けておらず、指揮をしているのはその兵のようだ。その兵の声で他の兵は全員散開し、ここを襲撃した敵や手掛かりを探しに行ったようだ。
「敵の指揮官を早く捕らえなければ……物資も幾ら持つとも判らない今では打開策を見つけ大将を叩くのが最善か……」
残った隊長らしき兵は何かを呟いているが、詳細な内容はこちらまで聞こえてこない。今の距離で推測できるのはあの兵達が僕を襲った兵ではないということだけだ。
これ以上ここに居ても意味はないと判断しノノさん達に合流しようとした時、身を隠していた瓦礫に腕が触れた。絶妙なバランスを保っていたらしい瓦礫はその衝撃によって敢えなく崩れ、大きな音を広場に響かせた。
「そこにいるのは誰だ!」
(まずい、気付かれた!)
もし見つかったら最悪殺されることだって考えられる。逃げないと!
身体強化を行いその場から走り去ろうとした時、僕の足を何かが貫いた。最初は何が起きたのか分からず立ち尽くしていたが、焼けるような熱さに思わず苦悶の声が漏れた。
熱源である右足を見ると、腱の辺りが赤く染まっていた。足を撃たれたのか。
(撃たれた?)
兵はこちらへ何かを向けている。その鈍色に輝く銃口からは白煙が漂い、僅かに見えているらしい僕へ向けて次の弾が放たれるのを待ち続けていた。
なんで銃を持ってるんだ? 鹵獲したのか、カルボシルの方にはもとより存在していたのか、今僕が知ることは出来ない。片足で飛び跳ねながら魔力を消費し腱の治療をしていると、いつの間にか先程僕を撃った兵が目の前に立っていて――銃ではなく剣を、細くしなやかな純白の剣の先を僕の喉元へ向けていた。
「答えろ、お前は何者だ。この村を襲い、無辜の民を撃ち殺したのはお前か!?」
「違う、僕はカルボシルに向かう途中だったんだ! 仲間を探すために、僕の友達を探すためにアルトノリアから来たんだ!」
「ほお、この期に及んで嘘偽りを話すか。いい度胸だ、大方敵軍の斥候なのだろうが情報が無いに越したことはない、お前は城への手土産として連れて行くことにしよう」
銃声を聞きつけ散開していた兵士達も何事かと集まってきて、僕を捉えると逃げ道を塞ぐように取り囲んだ。下手に動けば何かをする前にこの首が離れてしまう。
僕に、抗う選択肢など残されてはいなかった。
「この男を捕縛し城へ連れ帰れ。恐らく敵の斥候だ、情報を搾れるだけ吐かせろ」
「承知致しました」
身体手足を、顔だけが出る状態まで縄できつく縛り付けられ僕は身動きが取れなくなる。そのまま背負われて僕は兵達が乗りこんだ馬車の荷台へと荒々しく放り込まれた。
「痛ってえ……どうするべきだ、これじゃノノさん達と合流できないし、かといって何か出来る訳でもないし」
隙間なく締め上げられた身体は身動き一つ取ることすら出来ない。何か刃物を用意しても切るといった行動をとることも出来ない。出来ない尽くしの現状はどうしようもなかった。
ガタガタと揺れる荷台の中で、僕は今後の事を考え憂いでいた。彼らが銃を持っていたことなどすっかり忘れたまま。




