名を失いし
お待たせしました。やや不定期気味ですが停滞しないよう頑張ります。
「へえ、あの子も仲間に引き入れたんだ。これは攻略難度が段違いになったねえ」
彼の試練用に呼び出したあの小さな子も仲間に引き入れるなんて、和人君は結構カリスマ性があるのかもしれない。僕は楽しくて、
「スヴェラ様、ただいま戻りました」
いつだか聞いたような誰かの声。誰だろう?
彼の姿から目を離し私は闇に包まれた部屋から出た。外にはいつだか送り出したあいつが戻ってきていた。手には数枚の紙束が握られている。
「ねえねえ、君、誰だっけ?」
「貴方様の従順なる使い魔でございます」
「うん、そうだったかな? まあいいや、次の命令だけど、後は好きにしていいよ。レポートはもう作ってあるんでしょ?」
「はい。これでございます」
男から紙束を受け取ってめくると、救世主の彼やその仲間達の取った行動やそれを行った理由の推測などが細かく書かれていた。読むのも面倒でそれを投げ捨てると俺は男の方に向き直った。
「何だか世界の時間があんまり残されていない気がするんだ。だから予定を変更するね。君は今からカルボシルに向かって国を滅びない程度に滅ぼして、救世主をおびき寄せて。彼さえ生きていれば良いから後の仲間達は好きにして構わないよ」
「……道案内はその後でよろしいでしょうか」
「そうだね、それでいいよ。道さえ開けばあとはここに繋がるから、君はもう帰って来なくていいよ。お疲れ様、今までよく働いてくれた、最期くらい思いっきり暴れちゃっていいよ。僕の力も半分くらい分けてあげるからさ、ほら、手を貸して」
「……有難き幸せにございます、スヴェラ様」
差し出された男の手を握り、残った力の半分くらいを時間をかけて流し込む。力を渡し終わると男は、使い魔はゆっくりと立ち上がった。その顔には笑みが浮かんでいた。
「この身朽ち果てるまで、スヴェラ様のために尽くして見せましょう」
「有難い忠誠心だね。でもそれも今で終わり、君はもう使い魔なんかじゃなくて人間だよ。本能のままに、殺し尽くしておいで」
「御意!」
使い魔は霧散して姿を消した。さて、暇になってしまった。彼らはあと一日は休むはずだ、それまで何をして時間を潰そうか。世界の方はあいつが何とかしてくれるだろうし、
「そうだ! 彼らのお出迎えの準備でもしよう! 美味しい料理を並べて、煌びやかな飾りつけをして盛大にクラッカーを鳴らそう! そうしたら和人は喜んでくれるかなあ!」
弾んだ声が洋館内に虚しく響き渡る。男が指を鳴らすと、飾り一つ無かった洋館が華やかなパーティー会場へと一瞬で変化した。そこにドレスやタキシードを纏う男女が楽しげに談笑をしていたならば、もっとそれらしかったのだが。
「やっぱり、作り上げる過程がないと楽しくないな」
冷め切った低い声が口から漏れ、僕は料理の乗った机を力任せに蹴り上げた。食器の割れる音、撒き散らされる美味しくもない食糧、微かに甘い匂いを漂わせるワインにジュース。どれもこれももう味わい尽くした感覚だ。物語で神様が好き勝手に世界を使って遊んでいるのも少し分かる気がする。
永遠にも等しい時間をこの世界で暮らすのは、自分という存在そのものを忘れてしまうほどに、長い。
僕が何者で、どういった経緯があってここにいるのか一つも思い出せやしない。ただ、目覚めたらここにいて、形あるモノを創り出す力を持っていた。その時はまだ何かが僕の中に残っていたんだ。
もう、忘れた。突然身震いする程の寒気を感じ、僕はナイフを生み出して腕に突き刺した。鋭い痛みと共に熱を伴った血が床へと滴り、周りを赤く染め上げていく。
「僕は生きている、僕は、人間なんだ」
唯一覚えている自分のこと。それすらも忘れてしまった時、僕という存在は、自分という概念は死ぬ。ナイフを引き抜くとゆっくりとではあるが血が止まり、傷口が塞がっていく。自分が自分であることを確かめた僕は、景品である彼女が眠る部屋へと向かった。
中へ入ると嬉しい誤算が一つ、今の今まで眠っていたはずの彼女が目を覚ましていたのだ。部屋の中をあちこち歩き回っていて、どうやら出口を探しているみたいだ。やがて彼女が僕に気付くと、怯えるような声を上げた。
「ああごめん、怖がらせるつもりはなかったんだ。僕はスヴェラ、君をここに呼んだのはある実験のためなんだ」
フレンドリーに、友好的に、輝かしいばかりの笑顔を顔に張り付けて僕は彼女に声を掛けたが、彼女から帰ってきた返事は拒絶だった。
「近づかないで! 私は死んだはずなのになぜか生きてる。人の命を弄ぶような真似をして楽しいの!?」
「そうだね、確かに君の言う通りだ。今僕は人々が生きる世界を創って、そこに僕が作った物語と、歴史と、君の大好きだった一宮和人を放り込んでその様子を観察している。確かに命を弄んでる、うん。でもね、すっごく楽しいんだ。君らが小説を読んだりゲームでレベル上げのために敵を蹂躙したりするのと同じさ。ゲームの中のモブキャラとか住民が死んだって、君達は心を痛めたりはしないでしょ?」
僕の言葉に彼女は反応しない。そうだよ、命を最も弄んでいるのは僕達なんだ。命を最も軽く見るのも人間だ。だから君は口出しする権利なんて持ち合わせちゃいない、君だって僕と同じ立場なんだから。
「もうしばらく待っててね。ちゃんとエンディングは用意してある、和人だけは絶対にここに帰って来るから。君はオールクリアの景品だからそこで待っているしかありえないんだ。あんまり抵抗されるともう一回殺さないといけなくなるから、出来れば大人しくしてほしいな。そうだ、何か欲しいものはある? お菓子とかゲームとか本とか! 君はそういうものが好きだったよね!」
「いらない。そんなもの、必要ないわ」
「そう。じゃあね、人間さん」
せっかくの提案をすげなく断られた僕は彼女のいる部屋を後にした。しばらく進んでから、両手が震えていることに気付いた。恐怖でも病気の類いでもない。そう、これは歓喜だ。もっと盛大に喜ばないと。
「ああ、やっぱり僕は人間だ! 最っ高に人間らしい!」
こんなにも自分勝手で、あまりにも無責任で、罪悪感なんてものを抱こうとしない。さあ、彼のためにとびっきりのフィナーレを用意してあげなくちゃ、あの使い魔が仲間を何人殺してくるか分からないから、もし生き残ったなら始末する試練とかでも設けようかな。
「救世主よ、よくぞここまで辿り着いた! みたいに魔王を演じるのも面白いかも! っはははははははは!」
ダメだ、楽しすぎて笑いが止まらない。そうだ、彼らはもう出発したのかな? そろそろ様子を見に行かないと実験を始めた意味がない。ここの時間の流れが異常に早いからまだ夜かもしれないけど。僕は再び暗闇へと舞い戻り、彼らの観察へと戻った。ただ、彼らがこの名もなき世界に、名を失いし人間に会いに来るその時を待ちわびて。




