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夜明け

僕が目を覚ましたのはまだ薄暗い夜明け前だった。どうやら僕はアルカネに抱き付いた後、そのまま泣き疲れて寝てしまったらしい。精神的に参っていたこともあるが、アルカネにはとても助けられた。朝になったらお礼を言わなければ。光が一方向から差し込んでいるから、また木の中で寝ているのだろう。


僕の全身を包む温かさとバラバラに聞こえる寝息が暗がりの中でも感じられる。つい先程まで流れていた気がする涙はとうに消え失せ、荒かった自分の呼吸も安定している。恐怖で埋め尽くされていた時とは違い、自分の置かれた現状についてゆっくりと向き合えるだけの心の余裕が今の僕にはあった。


(ねえ、もう一人の僕。もしいるのなら、ちょっと話をしてくれないかな)


声には出さず頭の中で僕はそう言った。確かに夢の中で聞いた、もう一人の僕の声。きっとその僕が逃げていた間の記憶を知っているはずだ。しばらく待っていると、僕と全く同じ声が頭に響いてきた。


(……何か聞きたいことでもあるのか?)

(うん。これまで魔物とかと戦った時に、いつも記憶が途切れていたんだ。もう一人の僕、君が、代わりに戦ってくれていたんだよね?)

(そうだ。俺は精神を守るためにお前が生み出したもう一つの人格だ。今のお前は理性や日本での常識に縛られ過ぎている。そのままではこの世界で心をすり減らしやがて壊れてしまう危険がある。だから危険だと俺が判断すればお前の意識は闇に沈み、俺が代わりに出てその過酷を肩代わりするようにしている)


もう一人の僕は抑揚のない淡々とした声でそう告げた。今までの戦いで僕は何度か意識を失っている。アルカネとの模擬戦、アキナとアルトノリアに戻る時にガナンに襲われた時、森に封印されていた合成獣と戦った時。もし仲間が倒れた時、きっと僕は永遠の時の二の舞になる。かつて生み出されたもう一人の僕はその記憶を代わりに受け持ち、偽りの事実を周りに伝えてもらうことで脆い僕の心を守っていたのだ。


(お前は人を殺すことに躊躇いを覚えているが、ここは日本でも地球でもない。お前が持っている常識が通用しない異世界だ。お前にもいつか人を殺めなければいけない時が訪れる、だがその脆い心は耐えられるか? いいや、無理だろう。例え敵意や殺意を向けられていてもお前はその人間を殺すことは出来ない。黙って殺されるか、逃げる事しかできないだろう)


そう言われると言い返すことは出来ない。ガナンに銃弾を放った時もトドメを刺すことは出来なかった。人を殺してはいけないという枷がその引き金を引く指を止めたのだ。


(人を殺すことに慣れろとは言わない。だがそれでは抱え込んだ仲間を守ることなど不可能だ。お前の守ってみせるというその場しのぎの戯言は自分の意思で守れるようになってから言うんだな。でなければお前に救世主という役割を受け継がせることは出来ない)

(救世主? 救世主について何か知ってるの?)


アキナが言っていた救世主について、僕は何一つと言っていいほど何も知らない。そもそも情報を得ようとしていないのだから知っているわけがない。それについてもう一人の僕は何かを知っているようだ。


(俺も大して知っていることはないが、あの竜の巫女が言っていた救世主は俺だ。お前ではない。あのキューブは力を引き出す使い方があって、詠唱をすれば身体能力を引き上げることができる。世界の滅びを止める鍵がどういうことかは見当も付かん)


話を聞いていると、本当に小説やゲームでありそうな話だ。その主人公だとしたら、もしも永遠を失うことなくこの世界に舞い降りたのならば僕は喜々としてこの世界での冒険を楽しんでいるのだろう。


(俺は話が出来過ぎていると感じる。俺達を上手い具合に誘導している輩がいるんじゃないかと睨んでいるが、そんな奴探しようがない。RPGの主人公だってゲームの中じゃ自らの意思で行動していることになっているんだ、俺達が今こうして会話している内容さえも予め決められていた可能性がある。恐らく鍵を握っているのはお前と同じ姿をした正体不明の男だ。あの男はあからさまに俺達を誘導している。恐らくカルボシルでも何かが起こるぞ)

(分かってる。でも手掛かりがない以上向かうしかない訳だし、なるべく用心するよ)

(そうか。そろそろ朝だ、出発の準備でもしておくんだな)

(あ、待って! どうして永遠が死んだのかは覚えてないかな?)


話を切り上げようとしたもう一人の僕にそう聞くと、途端に黙り込んでしまった。何か言ってはいけないことでも喋ってしまったんだろうか。


(ねえ、聞いてる?)

(静かにしろ、今記憶を漁ってる)


もう一人の僕は一度集中すると周りが見えなくなるタイプのようだ。しばらく声が聞こえるのを待っていると、2~3分経ってから声が聞こえてきた。


(残念だが、永遠が自殺した理由はお前の記憶にはなかった)

(どうしてだろう? 説明とか遺書とかはなかったの?)

(壊れたお前が塞ぎ込んで何も聞いてない。永遠の死後数日の記憶は全部部屋の中の光景しかなかった。そんなお前には話しても無駄だと思われたのかは知らんが、永遠についての情報が全くない。諦めるんだな)


もう一人の僕からこれ以上永遠について知ることは出来なさそうだ。


(分かった、わざわざ教えてくれてありがとう)


お礼を言うと、それっきりもう一人の僕の声は聞こえなくなった。話している間に周りも明るくなり、木の洞の様子もはっきりと見えるようになった。僕の右にはアルカネがいて、僕の手を握りながら寝ている。その間には悠莉が猫のように小さく縮こまって穏やかな寝息を立てていた。

足元の方にはノノさんが壁に寄り掛かったまま立って寝ており、左にはアキナが僕の腕を枕にして涎を垂らしながら聞き取れない声で何か寝言を言っていた。


アキナは服も少しはだけて色々と危ないのだが、両手が塞がっているしそもそも僕が触れてはいけない。日が完全に顔を出すまではまだ時間もあるし、どうしようか。することが無いし、何より女の子に囲まれて全然落ち着かない。


「よし、もう一回寝よう」


数分間考えそう結論を出した僕は目を閉じ羊を数え始めるが、柵を飛び越えた羊が4桁に達しても眠れる気配はない。時間はある程度進んだので外は明るくなってはいる。


「結構な時間眠ってたし、これはしばらく眠れないな……」

「ならば私が話し相手になろうか? 少年」


ぼそりと呟いた僕の声に、さっきまで寝ていた人の声が聞こえる。目を開けるとノノさんが起きていて、僕の頭の方に回って上から顔を覗き込んでいた。


「いつから起きてたんですか……」

「君が起きる前からずっとだ。なかなか可愛い寝顔だったぞ」

「そんな事を面と向かって言わないでください、恥ずかしいです」

「ははは、少年は格好良さよりは可愛さのほうが目立つぞ。しばらく寝たきりで体も鈍っているだろうが、その状態ではリハビリもできそうにはないな。眠りたいのなら薬があるが使うか?」


そう言ってノノさんは白衣の中から小瓶に入った白い粉末を取り出して僕に見せた。


「いえ、大丈夫です。もう少ししたら皆起きるでしょうし、何か話して時間を潰しましょう」


なんで睡眠薬なんて常備してるんだこの人。不眠症なのだろうか。元々よく分からないタイプの人だし詮索するのは止めておこう。


「と言っても特に話すことがないな。少年は何か聞きたいことはあるか?」

「そんな急に言われても困りますね。次の目的地のカルボシルについては何か知ってますか?」

「カルボシルか。あそこはアルトノリアとは対照的に工業の発達した国だ。魔法も使われてはいるがさほど発展していない。食文化はアルトノリアと大して変わらないな」


工業か。車とかあるのかな。異世界だし街並みはヨーロッパみたいな感じなんだろうか。少し興味が湧いてきたけど、今僕達は誘い出されている状態だ。気を引き締めて行かないと。


「む、どうやら起きたようだ。私は先に下に降りているぞ」


ノノさんがそう言った時、右で身じろぎする感覚。


「ん……起きてるの、カズト……?」


今だ眠気の残る声を出しながらアルカネが体を起こす。左右にいた二人が起きたことで目が覚めたのか、悠莉も目を擦りながらもぞもぞと動いている。


「お兄ちゃん、行っちゃやだ……よぉ……」


ひしっとローリングして僕の体に抱き付く悠莉。これで完全に身動きが取れなくなってしまった。起こさないようにそっと抜ければいいのだろうが、気持ちよく眠っている二人を起こしてしまうのは忍びない。


「カズト、ノノさんはもう下に行った?」

「うん。悠莉達が起きたら僕も降りるよ」

「分かったわ。出発の準備もあるし、私も先に降りてるわね」


音を立てないよう、アルカネはゆっくりと歩いて外へ出て行く。


「えへへ、ダメだよぉカズト……」


そしてアキナは一体どんな夢を見ているんだ? 台詞セリフ的に聞いてはいけないタイプの夢なんだろうけど。


動けなくなった僕は二人が完全に起きるまで再び羊を数え始めた。

……5000匹を超えたのは内緒だ。



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