支え
謝罪を2つほど。
1.遅くなって申し訳ありません。テストと学祭の準備がかさんで忙しかったです。
2.字数が今回かなり多いです。1万行きそうな勢いでした。読みづらい事この上ないとは思いますが、途中で区切ると話の切りが悪かったのでどうかご了承ください。
「カズトには、もう一つの人格があるの。今のカズトとは正反対の性格をした、もう一人のカズトがいるの」
「……もう一人の、僕?」
カズトはそう言った瞬間、片目を押さえて前のめりに倒れ込んだ。私は慌ててカズトの体を抱きとめる。
「ちょっと、カズト!?」
声をかけるがカズトからの反応はなく、どうやら気を失っているみたいだ。
どうしよう、状況からみるに私が今言った言葉がカズトが気絶した引き金になった可能性は高い。
(とりあえず日陰に運びましょうか)
どうすればいいか分からないまま、私はカズトを大樹の下の日陰へ運んで仰向けに寝かせた。ぐったりとはしているけど呼吸も落ち着いているし傍にいれば大丈夫そうだ。
木にもたれ掛かり、私は雲の流れゆく空を見上げた。次に向かうところはカルボシル、見たことも行ったこともない未知の場所だ。何が起こるか分からない常に隣り合わせである危険と、行ってみたい、見てみたいという好奇心が私の中で押し合っている。
それ以上に、こうして増えていった仲間達と共にができることがとても嬉しい。危険な目に遭って死を覚悟した時も沢山あったけど、結果として今私達は誰一人欠けることなく先へと進めている。苦難の末に手に入れたかけがえのない仲間達は、私の宝物。
だからこそ、怖い。皆がいなくなってしまうことが。大切な人を失ってしまうことが。
一瞬嫌な夢を思い出し、頭を振ってその光景を振り払った。
嫌な予感がするのだ。カルボシルで、何かが起こる。
アキナの指し示す方角も恐らくカルボシルの方角。根拠なんてないけれど、私はカズトの姿をした男の人が罠を張っている気がするのだ。手掛かりがほとんどない状態で提供されたヒントなんて罠が仕掛けられているに違いない。向かうときは警戒を強めないと。
葉の隙間からゆらゆらと差し込む日差し、微かにそよぐ風、逃げていたのかもしれない鳥達はいつの間にか戻り、嬉しそうに囀っている。頭の中を満たす思考とは真逆に、まだ完全に抜けきっていない眠気が再び湧き上がってきた。
(少しくらい、寝ても大丈夫かしら)
もう危険もないだろうし、みんな寝ているからきっと問題ない。そう自己解決して大きく欠伸をし、私はカズトの横に寝転がった。地面から伸びる草が腕や頬に刺激を送ってきて、少しくすぐったい。
それから私は投げ出されているカズトの手をゆっくりと握った。握るというよりは撫でるとか触れるの方が正しいけど。
こうすれば、安心して寝れる。カズトの事を考えていれば、怖い夢を、怖い過去を見ない。
目を閉じれば、ゆっくりと深い闇に落ちていく。私は底の見えない闇の中を沈んでいく。
目が覚めた所は、ついさっきまで皆といた森ではない。私が暮らしてきた世界ではない。
デザインが統一された同じ服を着た男女が長い通路を歩いていく。手には透明な何かに包まれたパンや前にカズトが出していた「プラスチック」の容器が握られていて、楽しそうに話しながら脇や目の前を通り過ぎていく。
時折私が立っているところを通っていくが、ぶつかることはない。
「透明になってて見えないのかしら。ぶつからないし、どうなってるの?」
疑問が口に出るが、誰も振り向きはしない。そもそも何でこんな光景を見ているのか見当もつかない。もしかして寝る前にカズトの手に触れたからだろうか。私は今カズトが見ている夢を一緒に見ているのかもしれない。
この場に立っていても特にすることもないので、私は建物の中を探索することにした。歩き回ってみると、私の知らない光景がどこまでも続いている。部屋の中には木と金属らしきもので作られた机を寄せ合って女の子達が食事をしていて、壁には沢山の色が使われた鮮やかな紙がそこかしこに張り付けられている。字は全く読めないが、私の生きている世界にはない技術が使われているのは一目で分かった。
(……カズトが暮らしていた世界はこんなにも進んだ世界だったのね)
廊下だって木でも金属でもない材質で作られているし、高価なガラスが壁のあちこちに取り付けられている。外を見れば、荷車ではない高速移動する乗り物が見える。
見るもの全てに驚きながらも別の場所に行こうと部屋を出た時、廊下の奥がゆっくりと崩れ始めているのが見えた。地震のように揺れがあるわけでもない。
逃げなきゃ。そう思ってはいるのに体は床に縫い付けられてしまったかのようにびくともしない。崩壊は目の前にまで迫り、その崩れゆく先を私に見せた。
暗い。光が差しているはずなのにその奥を見通すことのできない闇が瓦礫を呑み込んでいく。
「嫌……嫌! 来ないで!」
反射的に叫ぶが崩壊は止まることなく、私の足元をも砕き奈落へと引きずり込む。
支えを失った私の身体はあるのかどうか分からない重力に従って落下していく。
手を伸ばしても掴む地などとうになく、諦めるしか選択肢は残されていなかった。
やがてどれだけ経ったのかも分からなくなるくらい落ちた頃、背後が白くなっていく。闇ではない、光だ。
やがてその光は闇を白く塗り替え、世界を形作っていく。しばらく経つと、雲が見えた。
雲? つまりここは上空、下には地面が待っているのかな。
でも私にはどうしようもないし、身を任せよう。夢の中なのであれば、死にはしないはずだ。
数秒後、ドンと鈍い衝撃を背中に受けて私は地面に叩きつけられるが痛みは全くない。身体を起こすと見慣れない建物が並ぶ場所だった。どれも大体が二階建てで、同じような見た目をしている。
そして目の前にはカズトがいた。私と同じように周りをキョロキョロしているが、私の方を見ても気付く様子はない。やっぱり私の姿は誰にも見えていないのだろう。
その場からじっと動かないカズトを眺めていると、遠くから誰かが歩いてくるのが見えた。その人は私に会った時と同じ格好をしていて鞄を手に提げている。しかしその表情に輝きはなく、一定の速度で黙々と歩いてくる。
それがカズトだと気付くのに、時間はさほどかからなかった。
心を失ったような顔で歩くカズトは家の中に入っていく。私と最初からいた方のカズトは、後を追って家の中へ入って行った。中は綺麗に掃除されていて、靴を脱いで二人は入っていく。私もそれに倣って靴を脱ぎ、扉を開ける。
「ただいま、母さん」
「お帰りなさい、カズト」
「ねえ母さん、明日はトワと遊びに行くから昼は用意しなくてもいいよ」
「……分かったわ。明日はどこに遊びに行くの?」
「それはまだ決めてないんだ。これから電話して決めようと思ってる」
「……あまり長電話にならないようにね。ご飯、出来たら呼びに行くわ」
「分かった、母さん」
中ではカズトのお母さんらしき人が、カズトと話をしながらご飯を作っていた。
弱々しい声で、泣きながら。
見えたのは、諦めと絶望。変えることの出来ない現実に対する無力感。
(どうして、泣いているの? 帰ってきたら、普通は安心するはずなのに)
起きていることと思考が一致しない。何かがずれているのだ。今の光景と、カズトのお母さんの見ている光景が。
着替えをしていたカズトは部屋を出て階段を上っていく。私とカズトもその後を付いていき、別の部屋の前に来た。入っていくのが見えたからここがカズトの部屋なのだろう。
戸を開けて中を見てみると、そこは私の暮らしていた家よりも豪華で綺麗な部屋だった。それなりに高価だった本がそこかしこに並べられていて、気持ちよさそうなベッドもある。薄くて黒い、艶のある大きな板にキラキラと七色に輝く円形の真ん中に穴の開いたもの。見たことのないもので埋め尽くされていた。
そして机の前にある椅子に座っているカズトは、小さな白いものを耳に当てて何かを話している。
「あ、永遠? 明日遊びに行くところなんだけど、どこがいいかな? とりあえず駅前の書店に行こうかと思ってるんだけど、うん、確か新刊が発売されるはずだから、それを買いに行こうと思って」
白いものからはよく分からない音が出ていて、おそらく言葉を発しているのだけど私に聞きとることは出来ない。話している内容もちんぷんかんぷんだが、後から入ってきたカズトにはその音が聞き取れるみたいだ。その顔を見ると、驚いたような、疑うような表情をしていた。
やっぱり、この何かに向かって話しているカズトは普通ではないのだろうか。カズトは何時までも一人で話し続けている。窓から差し込む夕暮れは部屋の中を朱色に染める。寂しさが、何処からか滲み出るような気がした。
しばらくその様子を見ていると、世界が再び黒くなっていく。次は下に落ちることもなく、ちゃんと足場がある。部屋の中は色を変え、白い壁は暗い緑へと変わっていく。床は木から石のようなものに、天井は消え去り夜の帳が下りた空が広がり出す。全てが変わり切るとそこはこの夢の世界に訪れた時と同じ、カズトと同じ服を着ていた人が沢山いた建物だった。夜になって閉まっているのか、人の気配は微塵もない。隣にはその服を着たカズトが立っている。ポケットから白いものを取り出すと、慣れた手つきで白いものを操作している。
それをしまうと、カズトは閉められた門を乗り越えて玄関に歩いていく。私もその後をぴったりと付いていくことにした。その玄関まで来ると、急にカズトが立ち止まった。戸の仕切りの向こうには人の姿はない。
「トワ!」
カズトは声を荒げてその名を呼ぶ。戸に鍵はされていないようで、乱暴に開け放つと靴を脱がずに見えない何かの後を追って走っていく。
「カズト、待って! 誰を追いかけてるの!?」
叫んだって届くわけがない。私も走るしかないのだ。一体どんな方法で走っているのか、カズトは物凄い速さで走り去ってしまう。私も走って追いかけたが、階段を駆け上がって行くところですぐに見失ってしまった。あまり探索していない所を歩き回っても迷うだけだ、音を頼りに探していこう。
夜というだけあって余計な音は全くなく、聞こえるのは私の足音だけだ。耳を澄ましながらゆっくりと歩いていくと、3階でカズトの声が聞こえた。そこへ向かうと、だんだんとカズトの声も大きくなっていく。
「2-5」と記されたプレートの教室でその声は発せられているようだ。窺うように中を覗き込むと、そこには沢山の白い花びらが散らばっていた。机は一つだけ綺麗な状態で残っていて、それ以外は無残にも破壊されている。この部屋そのものがボロボロに朽ちているのだ。
「分かった。あまり遅くなるとまずいし早く行こうか」
綺麗な机の誰も座っていない椅子に向かって、カズトは一人で話している。さっきもこんな光景を私は見ていなかったっけ……?
「カズト、待って! 分からないけど、行っちゃダメ!」
嫌な感じがして、私は大きな声で叫んだ。でもその声はカズトには届かない。私をすり抜けながらカズトは歩いて行ってしまう。人はすり抜けるけど壁や床をすり抜けることは不可能だ。私はカズトの後ろについていくことしかできなかった。カズトが向かって行ったのは階段。一歩一歩進んでいき、屋上へ向かっているようだ。
「うん、あと数段なんだしなんとかするよ」
息を荒げながらカズトは階段を上る。走っていたからかなり疲れているのだろう、重たい足取りが見て取れた。その屋上に続く扉の前に来ると、「了解」と言ってカズトは目を瞑った。直後、誰も触れていないはずの扉がひとりでに開く。ゆっくりと足場を確かめながら歩くカズトより先に私は屋上に足を踏み入れた。
外はとても暗かった。月明かりもなく、下から届く微かな明かりでしか辺りの様子は確かめることができない。風が強く吹き付け、張り巡らされている金属が何かに揺さぶられるように軋む音を立てる。数歩進んだところでようやく、その金属が軋む原因を捉えることができた。
誰かがぶら下がっているのだ。手で金属にぶら下がっているわけではない、首を縄で縛ってぶら下がっていた。力なく垂れ下がる四肢が物言わぬ骸と成り果てていることを証明していた。その服装から死んでいるのは女の子のようだ。
首を吊る、自殺だろうか。私が昔暮らしていた小さな国であった処刑でそのような光景を見たことがあるから分かる。その処刑された男は村を一つ焼いた男で、見ている人達は笑いながらその処刑の様子を見ていたが、私はとても見ていられるものではないと思う。苦しそうにもがいている姿を見て笑っていられるなんて考えられなかった。
自ら死のうとする理由は沢山ある。私には理解できなくとも、世界の誰か一人くらいは共感する人が居るかもしれない。苦しさから逃れる為か、はたまた興味本位か、誰かに殺され偽装するために首を後から吊るされたのか、手紙などがあれば、彼女が死んだ理由を知ることができたのに。
ふと、強い風が吹いた。その時に彼女のポケットから音を立てて何かが転がり落ちた。近づいて眺めてみると手帳のようだ。名前が書かれていて、左上には生き生きとした彼女の顔が写っていた。
私は静かに祈りを捧げた。死んでしまった彼女が、自ら命を絶ったであろう彼女が報われるように。声が聞こえたのはその直後だった。
「うそだ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だあああああああああっっ!!」
ありったけの声量で放たれた否定の言葉。声の主は一人しかいない、カズトだ。振り向くと、死んでいる彼女のことを呆然と見つめながら地面にへたり込んでいた。
もしかしてこの子が――――――
「そんな訳があるかっ! トワ、生きてるんだろ、返事してくれよ、トワァッ!」
カズトはもう動くことのない彼女に駆け寄って、まだ生きていることを信じてその体を揺り動かす。そのたびに吊るされた体は力なく揺れ、垂れ落ちる液体を周囲に撒き散らした。しばらくして、カズトの手が止まった。私は見なかった、彼女の顔をじっと見つめていた。
きっとそこで悟った。彼女が生きているわけがないと。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
カズトの絶望の咆哮が鳴り響いた。駆け寄ってカズトに触れようとしても、私の腕は虚しく宙を切る。
その姿はかつての私の姿によく似ていた。父親を失った時の私に、そっくりだった。
_______________
魔物とは本来現れないもの。自らが持つ魔力が制御できずに暴走することによって、知性を失い体が変異する。そうして魔物は生まれるのだ。人間は魔力を制御するために詠唱を生み出し、やがて魔法という力を手にすることができた。
しかし動物達はそうはいかない。彼らは魔力を制御する術を持たないから、身に余る魔力を持った動物は簡単に魔物に生まれ変わってしまう。そうして仲間を殺し、自らの魔力を植え付けることによって魔物へ染める。そうして増えた魔物達を倒すのが、私と私のお父さんのする仕事だった。
その時は相手が悪かったのだ、運が悪かったのだ。いつものように他のの魔物を狩る仲間達5人と魔物狩りへ出ていた時、矢が飛んできたのだ。矢を扱う魔物なんて見たことも聞いたこともない。皆は慌てて周囲を警戒していた。魔物の出現場所は死角の多い山岳地帯、数は多くないとのことだったので皆流すように標的を探していた。
数分して、魔物は見つかった。ただし、いつものように魔力に呑まれた動物ではなかった。人間だ。矢を背負い、腰には剣やら物を持ち運ぶためのポーチなどがぶら下がっている。同じように魔物を狩って生活している者だと一目で分かった。しかし誰も剣を向けることは出来なかった。人の姿をしているからだ。
お父さんや仲間達は誰も動かない。きっとお酒を飲み合ったりした、とても仲の良い人なのだろう。でも倒さないと魔物が増えてしまう、そんな葛藤と戦っていたのだと思う。私はそれを見て、一人で剣を持って突っ込んだ。魔物になった男の人は、腰の剣を抜いて私の剣を打ち払った。魔物になって、比べ物にならないほど力強くなった一撃。まだ力のない私は、呆気なく剣を弾き飛ばされた。
地面に尻餅をつき、丸腰になった私に男はじりじりと近づいてくる。「死ぬかもしれない」という恐怖が思考の全てを埋め尽くした。後退る私に男は剣を振り下ろす。しかし、目を瞑った私にはいつまで経っても剣先が触れることはない。恐る恐る目を開けると、お父さんがその剣を受け止めていた。持っている剣ではなく、その全身で。真っ赤な液体が噴出して辺りに飛び散り、後ろに倒れ込んでくるお父さん。止まっていた時間はいつの間にか動き出し、他の仲間がお父さんを斬り付けた魔物の首を刎ねる。
「お父さん、お父さん!」
揺すっても返事はない。傷を見れば、肩の奥深くにまで剣は届いており、今すぐにでも止血をしなければ間に合わない。私は持ってきていた治療道具でお父さんの肩の血を止めようとするが、深い傷は止まることはなくさらに血を吐き出す。
「止まってよ! どうしよう、止まらないの、どうすればいいの!?」
「ここから一番近い治療院はどこだ!?」
「アルトノリアだ! 全力で走っても10分は掛かる!」
「くそっ! 間に合わない! アルカネ、布で動脈をきつく縛れ!」
仲間の人が指し示したところを私は布で力いっぱいに縛り上げる。多少は効果があったのか、僅かに流れ出る血が少なくなる。
「俺達が急いで運ぶ! リクはアルカネを連れて後から来い!」
「分かった! 頼んだぞ」
自分では信用できない応急処置をして、仲間の人はお父さんを運んで行った。アルトノリアに着いてからお父さんの運ばれた治療院に向かったが、入り口の前にはさっき運んで行った人が空を仰ぎ見ていた。私に気付くと、無言で首を振った。
「嘘でしょ、ねえ、嘘って言ってよ! お父さんは生きてるんでしょ、助かったんでしょ!?」
「ダメだった……本当に済まない……俺達のせいだ、いらない躊躇をしていたがために、あんたの父親を死なせちまった」
血の気が引いていくようだった。視界がゆっくりと暗転すると、住んでいた村のベッドの中だった。
しばらくの間私は塞ぎ込んでいた。現実から目を逸らすために、夢から醒めないために。でも、その現実を忘れることは許されなかった。その日から毎日、私はお父さんの死んだ光景を夢で見るようになった。
私の罪、それは父親を殺した事。私が突っ込まなければお父さんが死ぬことはなかった。同じことを呟き、いつまでも私は家から出なかった。村の人達は食事を作って持ってきてくれたり家事をしてくれたりと、とても親切にしてくれた。傷ついた私を守るように、時間をかけてゆっくりと励ましてくれた。立ち直ったのは、それから何年も経った後だった。
元々お母さんはいない。私を産んだ時に死んでしまったとお父さんから聞いていたので、もう一人として私の家族はいないのだ。外に出るようになってからは、前にも増して剣と魔法の練習をした。戦いになった時に誰も死なせないように、誰も悲しませないように。
そんな時に目の前に現れたのが、カズトだった。
_______________
きっとカズトは塞ぎ込む。大切な人を、心の拠り所を失った人はとても脆く、弱い。かつて私がそうだったように、立ち直るにはとても時間が掛かる。だから、私達が支えないと。アキナと、ノノさんと、ユーリと一緒に、カズトを支えないと。触れなくたっていい、私はカズトの手に、自分の手を重ねながらゆっくりと抱きしめる。宙を切るはずの私の腕は、なぜかしっかりとカズトの身体を捉えた。
「カズト、頑張って。これからはきっと辛い毎日が待ってると思う。でも、負けないで。私達が力になるから、前を向いて」
夜だった世界が、うっすらと赤く染まり始める。それは夕暮れの明かり。背中を包むチクチクとした柔らかい感触。覚めるのだ、カズトの過去から現実へ。
「立ち向かって。現実に、この世界に」
カズトが手を上に伸ばす。私はその手をしっかりと握った。
刹那、世界が切り替わる。夢から、私の生き続ける世界へと。
空は赤と青の入り混じる日の沈む前。私は仰向けに寝るカズトの左手を握りしめた状態で寝ていた。
カズトは目を見開いて涙を流しながら右手を宙にに伸ばしていた。吐く息は荒く、私はその手を引き寄せて左手と一緒に握った。
「アルカネ……」
風に紛れて消えてしまいそうな、小さな小さな私を呼ぶ声。
「どうしたの、カズト」
「今、僕は夢を見てたんだ……昔の、過去の夢を」
「私も、一緒に見たわ」
「僕は何も見ていなかった。あるべき現実から目を逸らし続けて、自分の妄想だけを見続けていたんだ。だから、怖い。今こうして皆と一緒に旅ができていることが夢なんじゃないかって、もう皆死んじゃってて、僕がまた一人で馬鹿みたいに暮らしてるんじゃないかって!」
「安心して。私達は、生きているわ」
私はカズトの左手を胸元に押し当てた。心臓の位置に合わせると、温かな鼓動が伝わってくる。
「今見ているのは夢じゃない。私もノノさんも、アキナもユーリも皆生きてる。カズトが助けてくれたから、こうして生きていられるの」
「アルカネ……」
「自信を持って。皆生きていて、カズトと旅をしている。悲しいときは、色んな事を悲観的に考えちゃうから、まずは心を落ち着かせて。いつか貰った言葉をそっくりそのまま返させてもらうわね」
「いつか貰った言葉……?」
不思議そうに私の言葉を繰り返すカズト。覚えているのかな? つい先日のように胸に焼き付いている、大切な言葉を私はカズトに返した。今苦しいのはカズトだから、この言葉は今はカズトが持っているべきだ。
「何かあったら、力になるわ」
カズトはしばらく黙り込んだ後、ゆっくりと私に抱き付いてきた。声こそ出さないものの、顔には流れ続ける涙があちこちに張り付いている。
「ごめん、アルカネ……少しだけでいいから、このままでいさせてくれないかな」
「いいわよ。落ち着くまで、ずーっと」
私もカズトの背中に手を回し、空いた手でカズトの頭を撫でた。
慰めるように、ゆっくりと。
日は沈み始め、夜の帳が降り始める。カズトが寝てしまうまで、私はカズトを抱きしめ続けた。
投稿前に確認はしていますが、万が一誤字脱字などあったらメッセージなどでお教え頂けると嬉しいです。




