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直視

お待たせしました。

今回は6000字くらいです。

教室を出ると、リノリウムの廊下が左右に広がっている。摩擦の跡やいつ付いたのか分からないようなシミが、作られて長い時が経っていることを示していた。

財布を持って走る男子や弁当を持って別の教室へ移動している生徒などから、今の時間帯は昼のようだ。


この学校を回れば知ることができると言われたが、何をすればいいのだろう。具体的なことが何一つ分からない。ローラー式に全部の教室を回ればいいのだろうか。

僕は当てもなく各教室を回り続ける。他にも技術教室や調理室、多目的室や職員室も回るが、特に何も起きなかった。唯一起きている異変といえば時間が進まないことだ。同じ生徒や先生は普通に動いているのに、時計の針だけが進まない。イベントを起こさないと時間経過はしないシステムらしい。


僕が気がかりなことは一つ。同じ学校なら隣のクラスに永遠がいてもおかしくないのだが、その姿が見えないのだ。女子トイレにいるのなら探すことは不可能だが、他の女子に聞いても曖昧な答えを返すだけで詳しい場所を言わないのだ。休んでいるのかと思い、

クラス担任にも確認を取ったが、「今日は彼女は見ていない」という適当な返答しかなかった。休んでいるのなら連絡があるはずだがそれもない。意図的に連絡をしていないだけかもしれないが永遠に限ってそんなことはないはずだ。


残っている場所は食堂だけだ。人の行き来が激しいせいでかなり汚れている通路を進むと、運動部らしき男子と軽そうなあまり関わりたくないタイプの女子が沢山集まって食事をしている。こんな所に大人しい永遠はいないだろう。

一応一回りするが、やはり永遠の姿はない。周囲を見回していると、こんな言葉が聞こえてきた。


「……ねえ、アイツまたいるんだけど。何探してるの」

「あのいつも一緒にいた子でしょ? いつまで無駄なことしてるんだろ」

「幻覚でも見てるんじゃない?」

「まさかの寝ぼけてるとか?」

「夢でも見てるんじゃない?」


誰が言ったかは分からないが、確かにそう聞こえた。夢、幻覚、そんなものを僕が見ているってどういうことなんだ?

今の言葉はあからさまに僕に向けられた言葉、だと思う。食堂の入り口に立っているのは僕だけだし、永遠を探して学校中を回っていた。不自然な行動を取っていたのだから噂くらいは聞こえてくるだろう。


「次のフェイズだ、移動する」

「次のフェイズ? なんだよそれ」


頭に響いた僕の声に聞き返すと、なんの前触れもなく床が崩れ落ちる。


「っ!?」


危険を感じた僕は身体強化をして床の崩れていない食堂の奥へ移動したが、崩壊は目にも止まらぬ速さで進み、移動した先の床も小さな石片となって砕けていく。足場を失った僕は重力に引っ張られ、真下へ落下を始めた。


今まで食事をしていた生徒達は空気に溶けるかのように霧散し、跡形もなく消え去っていく。先ほどまで見えていた学校の風景はいつしか黒に塗り潰され、僕は果てしない深淵に呑み込まれていく錯覚を覚えた。真下は闇、何もない奈落が広がっている。僕は今その先へと落ちているのだ。


「おい、どうなってるんだ!?」

「目を瞑って10数えろ。ここはお前の記憶の中だ、次は別の記憶を見せる」

「10数えればいいんだな!?」


僕は固く目を閉じて10数え始める。

(10、9、8、7、6、5、4)

心の中で時を刻むと黒を映し続けた目蓋まぶたの向こうから白を感じる。光だ!

(3、2、1、0!)

数え終わると同時に目を開く。


そこは住宅街。夕暮れが青かった空を、立ち並ぶ家々の壁を朱に染め上げる。目の前の家には、とても懐かしい感覚を覚える。

二階建ての一戸建て住宅、小さい頃から住み続けたこの家には少なからず愛着がある。表札には「一宮いちみや」の二文字、見間違えることのない僕の家だ。


僕が家の前に立っていると、遠くから人が歩いてくるのが見えた。着慣れた制服を身に付け、鞄を手に提げて歩いてくる少年が一人。近付けばその表情が確認できるが、何処を見ているのか分からない作り物のような空虚な目、機械的な歩き方をしたその少年は見ていて気味が悪い。その少年は僕の家の前で立ち止まると、戸を開けて中に入っていった。


「追え」


冷え切った短い声で命令され、僕は少年の後を追う。玄関に入ると少年はリビングに入っていく。早く追わなければいけないのだが、自分の家に帰ってきたという光景に妙な安心感を覚え、ぼーっと立ち尽くしてしまう。


(そうだ、僕は何かを知らなければいけないんだ。リビングに行かないと)


すぐに目的を思い出し、僕はリビングに入る。中では先に帰っていたらしい母さんが晩ご飯の支度をしていた。


「ただいま、母さん」

「お帰りなさい、和人」

「ねえ母さん、明日は永遠と遊びに行くから昼は用意しなくてもいいよ」

「……分かったわ。明日はどこに遊びに行くの?」

「それはまだ決めてないんだ。これから電話して決めようと思ってる」

「……あまり長電話にならないようにね。ご飯、出来たら呼びに行くわ」

「分かった、母さん」


少年は表情一つ変えず淡々と話す。母さんは、支度を続けながら受け答えをする。その声は微かに震え、その顔には雫が光っている。夕日が当たって煌くさまはまるで宝石だ。

ただ、その表情はひどく哀しく、どうしようもない諦めに覆い尽くされていた。

少年はリビングから出て二階の自室へと戻っていく。残された母さんのすすり泣く声が、残響となって家の中を満たしていった。


「母さん、どうして泣いているんだ……?」

「自分の部屋に行け。そこで今とのズレを知る」


ズレって何だよ。何がずれてるっていうんだ? 頭に響いた僕の声に疑問を感じつつも、僕は二階の自分の部屋へと向かった。

懐かしい階段を上り、僕はゆっくりと自分の部屋へ歩いていく。戸の前に立つと、中から話す声が聞こえてくる。かなり大きい声で話しているみたいだ。さっき言っていた、遊ぶ場所についての電話だろうか。

僕はさほど気にすることなく、部屋の戸を開けた。


部屋の中は、僕の覚えていた部屋と全く変わっていなかった。壁には制服が掛けられており、机の上は勉強道具と買い集めた小説の山が出来上がっている。整えられたベッドに小さなテレビと据え置き型の家庭用ゲーム、紛れもなく僕の部屋だ。


少年は、机の椅子に座って電話をかけていた。丁度今かけ始めるらしく、スマートフォンの画面をタッチしながら耳に当てた。電話相手は永遠だと思っていたのだが、聞こえてきた音はそうではなかった。


「お掛けになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめになって…………」

「あ、永遠? 明日遊びに行くところなんだけど、どこがいいかな? とりあえず駅前の書店に行こうかと思ってるんだけど、うん、確か新刊が発売されるはずだから、それを買いに行こうと思って」


電話からは掛けた電話番号が存在しないことを伝える電子音声が聞こえてくる。それなのに少年ぼく

永遠と会話を続けている。繋がらない電話に笑顔で話を続ける僕がいる。


正気の沙汰ではなかった。異常な光景に思考が追いつかない。僕は何と話をしている? 永遠と話しているのならあんな電子音はならない。仮に出なかったとしても、伝言を残す旨を伝える音声が聞こえるはずだ。


じゃあどうして僕は、永遠と話をしている気になっているんだ―――


「次だ、移動するぞ」


割り込むように、僕の声が聞こえる。


「まだ考え終わってない! 今のは一体何なんだ、説明してくれ!」

「うるさい、静かにしろ」


叫ぶと頭に強い衝撃が加えられ、僕は床に倒れた。意識は失わなかったものの、ありとあらゆるものが揺れて動くことができない。頭の中で響く僕の声の主はまた違う世界を見せるらしく、風景が家からどこかの門の前へと移り変わっていく。揺れが収まり立ち上がると、そこは深夜の学校だった。


先程来た時とは違い、人の姿は一つもない。当然門も閉まっており、学校の入り口にも施錠がされているだろう。車も一台も通らず、ゴーストタウンなのではないかと錯覚するくらい、不気味な静かさがこの辺り一帯を包み込んでいた。


ふと、ポケットから振動を感じる。手を突っ込んでその正体を確かめると、正気を失った少年ぼくが使っていたスマートフォンだ。僕は持っていなかったのに、いつの間に入っていたのだろう。ロックを解除すると、一通の新着メール。差出人には「平井ひらい永遠とわ」の文字。


文面は「午前0時に学校に来てください」とだけ書かれたそんな簡潔なメールだった。


「永遠が全てを知っている。永遠を追え、そうすればお前は仲間の元へ戻ることができる」

「永遠を追って話を聞けばアルカネ達の所に戻れるんだよね?」

「そうだ。ここはお前の記憶、記憶通りに世界は進む。さあ行け、見失った過去を探しに」


僕の声はそこで止み、聞こえなくなる。正門をよじ登って越え、昇降口まで歩いて行くと二階に上がる階段の前に人影が見えた。女子の制服を身に付け長い髪をなびかせるその人影は、僕を見ると階段を上がって行った。死角に移動され姿は見えなくなるが、僕の記憶は彼女の姿をちゃんと覚えていた。


「永遠!」


忘れるわけがない。事故に遭ってから、今でもなお追い続けた姿。旅をする目標と、心の支えとなっていた僕の幼馴染だ。昇降口の戸は、開いていた。靴を脱ぐことすら煩わしい、僕は土足のまま永遠の後を追った。

二階まで全力疾走で階段を上るが、永遠の姿は見えない。二階は一学年の教室、僕達は二年生だからここではない。そもそも永遠が自分のクラスにいる確証などないから、前回同様しらみつぶしに探すしかない。僕は教室をを一つ一つ徹底的に探していく。

二階から三階へ上がり、二学年のクラスに来る。一組から順にみていくがやはりここにも永遠の姿は見当たらない。永遠のクラスである五組を確認しようと中に入ると、そこは今までの教室とは異なる姿をしていた。


永遠の机の上には白い花が一輪、無造作に置かれていた。その周囲には、同じ白い花であると思われる花弁が大量に散らばっていた。それ以外の机はトラックでも突っ込んだかのように折れ曲がり、壁や床、黒板に突き刺さっていた。椅子には、永遠が腰掛けていた。戸を開けるとその音に反応してこちらを振り返った。


「永遠、やっと見つけた!」

「久しぶり、和人」


小さく微笑みながら永遠は話す。永遠に会うことができた喜びで、今までのことなど全て吹き飛んでしまった。これまで見てきたことも、感じてきたことも、考えていたことも、狂ってしまった僕の光景も。

故にこれから待ち受けるであろうことに僕は気付けなかった。永遠が知っている現実が、僕にとって過酷になり得る事を。


「ねえ和人、ここに呼んだのは和人に見せたいものがあるからなの。付いてきてくれるかな?」

「分かった。どこに行くの?」


「屋上」


妖しい笑みを浮かべながら、永遠はそう言った。


「階段までは目を開けててもいいけど、屋上に入る時は目を瞑ってね」

「分かった。あまり遅くなるとまずいし早く行こうか」

「うん、早く行こう。早く、早く行こう?」



僕は階段を上がり、永遠と一緒に屋上へ向かう。四階建ての校舎はかなり大きく、階段を上がるのも一苦労だ。あと少しなのだが息が上がってしまい足を進めることができない。


「ファイトだよ、和人。あと少しだから頑張って」

「うん、あと数段なんだしなんとかするよ」


残った気力を振り絞り残りの階段を登り切る。目の前には屋上に続くドアがあり、僕とドアの間に永遠がいる配置になっている。この先に、永遠が見せたいものがある。僕が知らなければいけないことがある。


「じゃあ目を瞑って」

「了解」


僕は目を瞑り、視界が闇に閉ざされる。永遠が僕の手を握るとドアの開く音が聞こえてきた。永遠の手は冷凍されていたのかと思うくらい冷え切っており、握った手の体温がじわじわと奪われていく。そのせいか、背筋に寒気が走った。


「段差に注意してね、和人」


引かれる手を握りしめ、僕は恐る恐る前に進む。ドアを抜けると強い風が全身に吹き付ける。ギイギイと飛び降りを防ぐ金網の軋む音が夜闇に木霊し、より一層、今僕は真夜中の学校の屋上にいるという事を感じた。永遠はここで何を見せるのだろう。


数歩進み、屋上の真ん中あたりに誘導されたところで進む足が止まった。


「もういいよ、目を開けて」


冷たかった手が離れ、目を開く許可が下りた。見せたいものはなんだろうか。夜だから星空かな? ワクワクと僅かな興奮を覚えながら、僕はゆっくりと目を開けた。


「どうかな。驚いてくれたかな、『和人おれ』?」


永遠の声と僕の声が重なり合い、動けなくなった僕の耳に届いた。


目の前では一人の生徒が首を吊っていた。金属の軋む音はこの生徒が風に煽られて揺れることで起きていたのだろう。一際強い風が吹き、その生徒のポケットから生徒手帳が転がり落ちた。


「さあ、拾って名前を確かめて」

「い、嫌だ、いやだ、違う、これは夢だ、夢なんだ」

「そう、これは夢。向き合うまで醒めることのない和人にとっての悪夢、壊れてしまった和人にとって目を背けるべき過去、そして」


もう止めてくれ、それ以上先を聞きたくない。膝から崩れ落ちた僕は、叫びながら耳を手で塞いだ。無駄だと分かっていても、体が勝手に動いていた。だからお願い、その先は―――


和人おれが受け入れるべき、現実」


「うそだ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だあああああああああっっ!!」

「嘘じゃない、壊れた和人あなたはいつまでも偽りの私を見続け狂気に身を売り渡した。何時までも私が生きている夢を見続け、轢かれて死ぬ最後の時まで道化の真似事をしていた」

「そんな訳があるかっ! 永遠、生きてるんだろ、返事してくれよ、永遠ぁっ!」


ぶら下がる永遠にしがみ付き、僕はその体を力任せに揺らす。しかし反応は一つとして返ってこない。加えた力通りにブラブラと揺れ、金網を軋ませるだけだ。その顔を見上げた時にふと、ぶら下がる永遠と目が合った。


色を失った真っ黒な瞳。あちこちから垂れ下がる体液や苦悶に満ちた表情。どれをとっても正常ではない人間の状態だ。


生きているはずがない。


―――永遠は、ずっと前から死んでいたのだ。


「この瞬間真なるお前は死に、正気を失ったお前と代わりに現実を受け止めるもう一人の俺ができた」


永遠の姿をしたもう一人の僕が、嗤いながら言った。


「なあ俺、お前は何時まで、ありもしない現実ユメを見ているんだ?」


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


助けて、助けて、頼む、誰か……助けてくれ……誰か……


「さあ、夢から醒める時間だ。お前が目を背けてきた現実は全て見せた、立ち向かえ、世界に、目を背け続けてきた現実に! 俺が背負い続けてきた過去に立ち向かえ!」


絶望とは、こういうことを言うのだろう。

こんな世界なんて、見たくない。いっそのこと、本当に狂ってしまえたらいいのに。


僕の叫び声だけが世界を満たしていく。

闇が視界を覆い尽くしていく。


――――――助けてくれ、誰か……




方向も分からなくなった無の中で僕は手を伸ばした。誰でもいい、自分を救ってくれる手を求めて。

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