縫合
お待たせしました。3章行くまでもうちょっとかかりそうです。
随分と暗い。目が覚めた所は薄暗く、一方向からしか光が差し込まない場所だ。僕の記憶はノノさんに介抱されている所で途切れている。前にもいつだかこんなことがあったような気が……する。
ダメだ、全然思い出せない。一体どうなってる? 合成獣はどうなった? 自分の知らない所で事態が進んでいることに気味悪さを僕は感じ、覚えている限りの記憶を引きずり出そうとした。
勿論思い出せるわけがない。現状として今周りにはアルカネ達が寝ていて、僕はベッドに寝かされている。筋肉痛がひどいが、何とか歩くことは出来そうだ。皆を起こさないようにしてベッドから降り、光のほうへ向かう。
外は薄明るく、まだ朝になって間もないことを窺わせる。その光を身に浴びると周りがようやく見えてきた。
ここは大樹の穴の中らしく、悠莉と助けた時と同じように遥か下に地面が見える。強い風が吹き付けるので一瞬落ちそうになり、慌てて木の縁にしがみつく。覗き込むように下を見ているのでバランスが非常に悪い。
「ん、何だあれ?」
同化していて気付かなかったが大きな何かが蔦と植物に包まれている。丘のように盛り上がっている状態はあまりにも不自然だ。
「さて、どう降りればいいかな……」
確認したいが今の場所はとても高い。前回みたいに自由落下するのは流石に避けたいところだ。
「安全に……あ、そうだ!」
滑り台とかはどうだろうか。勢いが付きすぎないよう角度を調整すれば何もせず下に降りることができる。傾斜は20°くらいで大丈夫だろう。特に気にすることなく、僕は防壁を使って滑り台を作っていく。間違いに気付くのは、完成してからだった。
数分でその滑り台はできた。公園などの滑り台というよりはレジャー施設のウォータースライダーみたいになった。
「失敗したなこれ……すごい危険だ」
下の方にクッションとなる柔軟性のある防壁を垂直に立ててはおいたが、無事に受け止められる保証はない。最悪縮こまって下りれば大丈夫なのではないだろうか。
「物は試しだ、滑ってみよう……」
遠心力で飛ばないよう筒状に作った防壁製滑り台に入る。重心となる腰を下ろした瞬間、何の前兆もなく滑り出した。
不思議なことに摩擦が一切ない。加速するだけ加速して、時速何十キロだと言いたくなるくらいの速さで僕は下っていく。
十数秒で下に到達すると、事前に設置していた防壁へ体が沈み込む。エアバック的な感じに受け止められるかと思いきや、沈むだけ沈み込んで派手に跳ね返された。下の辺りは筒状にはしていないので、滑り台からはみ出して地面に投げ出される。
速度はある程度減速されたが盛大に地面をローリング、木にぶつかってようやく停止することが出来た。
「痛っつぅ……絶対角度ミスだよねこれ」
滑り台の角度が急すぎたせいだろう。よく考慮せずに作ったのが良くなかった、今度はもっと安全に作ろう。これを残しておくのは危険なので消し、植物に包まれた何かを確かめにその元に向かう。
「合成獣だ……」
既に地面のようになっているが、いつだか見た動物の手や顔が微かに見える。僕の記憶がない間にアルカネ達が倒したのだろうか。
植物に包まれているのは悠莉が何かしたのだろう。やっぱり直接何が起きたのかを聞いた方が手っ取り早いかな。今のところできることはない。
僕は大樹の幹に背を預けると、魔力を使って筋肉痛の治療に専念することにした。しばらくそのままでいると、上から声が聞こえる。
「カーズトー! どーこー?」
この声はアキナだ。根元にいるから見えないんだろう。
「下にいるよ-!」
叫んだつもりだが思ったように声が出ない。喉も枯れてしまっているようだ。僕はよろよろと立ち上がり、アキナの見える位置を探す。
合成獣の辺りに行くと、丁度アキナが僕を見つけたようで手を振っている。アキナは洞の中に戻っていくと、続けてノノさんとアルカネも顔を出した。二人はそのままアキナの背中に乗ると、こちらに向かって滑空してくる。
着地すると、アルカネが僕へ駆け寄ってくる。
「カズト、もう動いても大丈夫なの?」
「うん、まだちょっと筋肉痛が残ってるけど大丈夫だよ」
そう言うとアルカネはほっとしたような表情をする。ノノさんもこっちに歩いてくるが、いつものどこか余裕を窺わせる雰囲気はどこにもなく、少し足を引きずりながらこちらに来る。手負いなのは見て明らかだった。
「ノノさん、どこを怪我してるんですか? 見せてください」
「まあ慌てるな少年、ユーリにある程度の処置はしてもらっているから大丈夫だ。それよりも今後の目的地について決めなければいけないことがかなり残っている。そちらを優先的に決めてしまいたい」
「じゃあ治しながら決めます。こっちに来てください」
僕はノノさんの手を引くと話を無視して傷を探す。深い傷は無いみたいだけど、まだ幾つかが痛々しい状態で残っている。そこに手を当てて魔力を集め、傷を治していく。
「ふふっ、少年はなかなか大胆だな」
「茶化さないでください。こっちは本気で心配してるんです」
「その言葉、そっくり返させてもらうぞ。少年もあまり心配をかけるな。君が倒れる度に皆落ち着きがなくなる」
「……最大限気を付けます」
あまり保証できない所が何とも言えない。あまり後先考えずに行動することが多いからなあ。
「じゃあ私はユーリを連れてくるねー」
アキナがまだ上にいるユーリを連れてくるために木の洞へと戻っていく。ノノさんの傷はさほど深くはないようで、魔力を少し多めに注ぎ込むとすぐに治っていく。
目に見える傷はこれくらいかな? おそらく最後の傷を治し終わると、丁度アキナも戻ってきた。アキナの腕の中ではまだ寝ている悠莉が安らかな寝顔をこちらへ向けている。
「ノノさん、治しましたけどまだ痛いところはありますか?」
「いや、もう大丈夫だ。ではユーリを騒いで起こさぬよう静かに会議を始めよう。アルカネもこちらへ来てくれ」
ノノさんが手招きをすると離れていたアルカネもこちらへ来る。円を描くように座り込み、小さめな声でノノさんは話し始めた。
「さて、まずは今後の行動指標を決めよう。現在の目標は少年の幼馴染みのトワを探すこと。その道中合成獣に阻まれたが討伐、ユーリを仲間に加え一晩経ったのが現在の状態だ」
「僕は、今日はソルトさんの所に行こうと思っていました。合成獣が呪いだったのであれば、村の皆の容態も回復しているはずです」
なぜソルトさんだけが無事だったのかは分からないけど、アテム君やミィさん達が元気な姿を見ないと安心できない。正直今すぐにでも行きたいけど、体力的に辿り着けそうな気がしない。
「今日は体力的に移動するのは得策とは言えない。一日休息を取って明日村へ向かおう」
「分かりました、ノノさんがいうならそうしましょう」
「ねーねーノノさん、次の目的地はカルボシルだっけ? どっちの方角か分かる?」
「カルボシルは西だ。少年にも行っておくが、例の君に似た男がカルボシルへ来いと言葉を残している。罠の匂いもするが奴を放っておく訳にはいかない。次の目的地はカルボシルにしたいのだが構わないか?」
魔物をけしかけたりと襲撃を繰り返してきた素性の分からない男、幾度となく殺されかけた元凶だ。わざわざ行く場所を教えるということは何か企みがあるのだろう。それにいつか言っていたスヴェラという名前も気になる。
「僕も気になってることがいくつかあります。準備が整い次第向かいましょう。ところで、合成獣はどうやって倒したんですか?」
「覚えていないのか? 止めを刺したのは少年だぞ」
「僕が?」
やっぱり何かがおかしい。道にゴミが落ちているとか特に気に留めないようなことならともかく、そんな記憶に残るような大きな事を忘れるわけがない。
「頭を打って記憶障害でも起こしているのかな? 単に物忘れが起きただけかもしれないけど、かといって忘れるわけがないし……」
「カズト、話し合いが終わったらちょっといいかしら。話したいことがあるの」
僕がブツブツと呟きながら考えていると、アルカネが小声で耳打ちしてきた。全体に向かって言わないってことは個別に伝えたいことがあるんだろう。僕は黙って小さく頷いた。
「まあまだ疲れが抜けきっていないのだろう、今日はゆっくり休むといい。私はしばらく横になる、用があるときは起こしてくれ」
「分かりました、ノノさん」
そう言うとノノさんは寝っ転がりすぐに寝息を立て始める。どっかの勉強ができない狙撃の達人みたいだ。
「じゃあ私は森の探検でもしよーっと。カズト、お昼になったら戻って来るね」
「うん、分かった。気を付けてね」
アキナもノノさんの隣にユーリを寝かせると森の奥へ飛んでいってしまう。大樹の下には寝ているノノさんと悠莉、起きている僕とアルカネが残った。
「カズト、こっちで話しましょう」
アルカネは僕の手を取り、壊れている悠莉の家の方へ引っ張っていく。ノノさん達からはそれほど離れてはいないが、大声で話さない限り聞こえることもなさそうだ。
「それで、話したいことってなにかな。大事なことなんだよね?」
「うん、きっと大事なこと。カズトに話した方がいいと思ったから。ちょっと、深呼吸させて」
「いいよ、待つから」
アルカネは大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。数回繰り返すと、強張っていた表情も心なしか柔らかくなったような気がする。
「言うわよ、カズト」
「うん、聞かせて」
正直どんな話がこれから待っているかなんて想像もつかない。あまり必要じゃない話かもしれないし、今後に大きく影響する重要な話かもしれない。僕も少し緊張していた。長い時間を空けてアルカネが、口を開く。
「カズトには、もう一つの人格があるの。今のカズトとは正反対の性格をした、もう一人のカズトがいるの」
「……もう一人の、僕?」
そう問い返したのと同時に、視界にブラウン管のテレビが発する砂嵐のようなものが発生し、耳鳴りと相まって感覚を奪っていく。アルカネの姿が捉えられなくなり、何もない空間に投げ出されたような気味の悪い浮遊感が全身を包む。
「知らされたんならしょうがない。知れ、背けてきた過去を。俺が請け負ってきた現実を。見るんだ、これから待ち受ける同じ苦しみを」
誰かの声が聞こえる。それはいつも僕が声を発するときに耳に響く波長。同じ声、同じ響きが頭へ届く。
徐々に砂嵐は引いていく。いつしか声も聞こえなくなっている。
僕が目を開けると、そこは学校だった。異世界ではない、僕が生きていた現代社会。
いつも通っていた、僕が振り分けられたクラス。騒がしい運動部たちが教室の一角でいつものようにバカ騒ぎをしている。
「見て回れ、そうすればいずれ出会う」
また一声、教室に取り付けられた放送のアナウンスが聞こえるところから僕の声が聞こえる。しかし教室にいる人達はそれに気づいた様子はない。
僕は教室を出る。よく分からないけど、学校探検をしなければいけないようだ。
僕はまだ一月二月程しか経っていない久々の学校を回り始めた。