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見失う道

前回のあらすじ


大樹の守り手である少女、悠莉ゆうりのこの世界に来る前の話。

借金を抱え、母や自分に暴力をふるう父親を殺そうとしたが、返り討ちに遭ってしまう。

その時男の声が聞こえた。「じゃあもう一度、答えを探してみるかい?」と。

空が霞み、木々の果てから朝日が顔を覗かせる。眩しい光が床に寝る僕の顔を照らして目が覚める。

床に寝ていたので体は痛いが眠気は取れた。立ち上がって凝り固まった体をほぐすためにストレッチをしようとしたのだが、


「痛っつ……」


夜更けに彼女に絞められた首がひどく痛む。魔力で治せるかな。魔力を注ぐとしばらくして痛みが引いてきた。家の中を見回すが寝ていたはずの彼女の姿はない。どこに行ったのだろうか。日の出の時間がいつかは知らないがかなり早起きのようだ。


家から出ると、昨日と全く同じ光景が広がっている。ドアを開いた先の階段を見ると、彼女がチロと呼んでいたい子犬が丸まって寝ていた。ドアを開いた音で起きたのか、僕の方に尻尾を振りながら駆け寄ってきた。


「おまえ、無事だったのか」

「ワン!」


僕の問いにチロは一吠えで答えた。そのまま階段を走って降りていくが、僕が見えるところで止まりこちらを振り返って吠えた。ついて来いってことかな?チロの方に向かうと、僕の歩く速度と同じくらいの速さで先へ進む。やがて大樹の裏側に回ってくると蔦でできた梯子が見つかった。大樹のてっぺん辺りまで続いているのが見える。チロはそこで止まるとワンとだけ吠えてそこに座った。


「ここを登れってことか?」

「ワン!」


上を見上げると、遥か先に木の板組が見える。枝と枝の間に建てているようだ。ログハウスにしては随分と高い所だ。いつだか僕を簀巻きにしたのと同じであろう蔦の梯子に手をかける。足を載せて体重をかけてみるが、思いの外安定していて千切れたりと言った様子は見られない。しっかり掴まっていれば落ちることは無さそうだ。


一歩一歩、大樹に掛けられた梯子を上っていく。飢えに行けば行くほどビル風の要領で吹き付ける風が強くなっていく。もちろん時折梯子が激しく揺れる。心臓に悪い。手が疲れてきたのでそろそろ休憩したいのだか、そんな丁度いい所がある訳がない。


(そうだ、防壁で足場を作れば休憩できるんじゃないか?)


試しに防壁で自分が入れる大きさの簡易的な部屋を作ってみる。自分を中心に作っているので飛び移ったりする必要はない。梯子から降りると、防壁の上に座り込んだ。


うん、休めるには休める。強すぎる風が来ることもないからかなり快適だ。問題を挙げるとするなら風景が見えすぎる事か。

防壁は青白いといってもほぼ透明だ。とっても見晴らしが良いし下だってよく見える。よく見えすぎる。梯子を自分でも気づかない内にかなり上っていたようで、スカイツリーにあるガラス床を彷彿とさせる。ヤベエ怖え、下なんて見るんじゃなかった。緊張感も高まったところで休憩を終わり、再び梯子を上り始める。


陽と共に上り続け、数分して梯子を上り終えることが出来た。太い枝を支えにして建てられていた木の床には人の姿がある。そこには彼女が一人、昇り始めたばかりの太陽を眺めながら座っていた。


「……どうして、ここが分かったの? 誰にも、教えてないのに」

「君がチロって呼んでいた犬が案内してくれたんだ」


彼女は「そう」とこちらを向くことなく答えた。それきり会話が途絶えてしまった。何話そう、何話せばいいんだ? そうだ、森の探索の事を話そう!


「あの、森林探索で分かったことなんだけど……」

「あなたがいたの」

「え?」

「あなたが森に行った後、あなたとそっくりな人が魔物を引き連れてやってきたの」

「僕が? そんなわけ……」


言いかけて口を閉じる。村に戻る時、僕達は魔物の襲撃を受けた。その魔物の指揮をしていたのは、僕と同じ顔、同じ声をしていた男だった。


「戦ったけど、敵わなかった……! 大切な動物たちもみんな死んじゃって、森も枯れちゃって、また全部奪われていくっ!! ……どうすればいいの?」


守りたいものを守れない、その悔しさが泣きそうな声に混じって響く。どれほど、辛い経験をしてきたのだろうか。僕は彼女の過去を知らない。故に彼女が何を思っているのか推測もできない。

僕が彼女にしてやれることなど、何もないのだ。


「もう分からないの……私がここに居る意味も、私がこの世界に留まる必要性も、何もかも……」

「…………」

「報告に来たんでしょ。お願い」

「分かった。僕たちが見つけた祠は全滅、森の奥には合成獣キメラまがいの大きな動物がいた。食べた物を全部吸収してるんだと思う。高さはそこらの木よりも大きいし横幅は家より太い。沢山の動物を取り込んでるから見た目もかなり不気味だよ」

「ふーん、そうなんだ」


どこか興味なさげに彼女は答えた。再び、沈黙が下りる。少し話していただけなのに陽はかなり昇っていて、早朝から朝へと移り変わっていた。晴れやかな青空に、太陽がよく映えている。


「あ、そうだ!」


何かを思い出したのか、彼女はこちらに向き直る。そのままの勢いで、頭を下げた。


「ごめんなさい、殺そうとして。謝って許されることじゃないけど、ごめんなさい」

「いいよ、気にしなくても。もう痛みもないし」

「あなたも、そう言うんだ」


聞こえるか聞こえないかの小さな声で、彼女は呟いた。あなたも、その言葉に引っかかりを覚えたけど、それについて訊くようなことはなかった。


「ねえ、少しお話ししない?」

「いいけど、何を話すの?」

「私達の昔話、私達がここに来る前の話がしたい」


心臓が跳ねた。極力触れないようにしてたけど、彼女から仕掛けてくるとは驚きだ。


「……いいの?」

「その代わり、私が話したらあなたの昔のことも話してね」

「分かった、約束だ」

「うん、約束。じゃあ、話すね」


彼女は深呼吸をして息を整えると話し始めた。


「私の家族は、お母さんとお兄ちゃんとお父さん。父さんはダメ男で、お酒が大好きで遊び歩いてばっかり。その上借金抱えてくるような人だったの」


明るい声で冗談めかして彼女は言っているが、とんでもない父親だ。作り話でしか聞かないような人が実際にいたことに、僕は驚きを隠せなかった。


「しかも私とお母さんに暴力を振るうの。お母さんに逃げよう、こんな奴との縁なんて切っちゃおうって私とお兄ちゃんで言ったの。でもお母さんはね、そんなこと言っちゃいけませんよって、お母さんたちがいなくなったらお父さんが困っちゃうでしょって、聞いてくれなかった。わけわかんない! あんな男、養う必要なんてこれっぽっちもないのにね。私はそれに耐えられなくって、お父さんを殺そうとしたの。でも敵うわけなくて、返り討ちにされた。その時は真夜中だったんだけど、お兄ちゃんが起きてきて私を助けようとしたの。でもすぐにお父さんに殺されちゃった。そこからは良く覚えてないな。でも『もう一度答えを探してみるかい?』って男の人の声が聞こえてきて、気付いたらここにいたの」


彼女の母親がその光景を見た時、どんな表情をしたのだろう。愛する子供達が死体となって転がっている部屋を見て、どれほどの悲しみに包まれたのだろう。聞いているだけで、胸が痛んだ。


それに男の声。僕達をこの世界に呼び寄せた何かだろうか。最初に目が覚めた時に書かれていた本の内容もチュートリアルのような内容だった。声は聞こえなかったが、その何かの筋書き通りに誘導されている気がする。


「私は父のいない家庭を求めて、自ら平穏を壊してしまった。これで私の話は終わり、次はあなたの番」

「うん、分かった」

「あなたの死因は私の死因よりはマシ?」


興味深々とばかりに彼女は身を乗り出してきた。


「うん、マシだ」

「あれ、そこは気遣ってくれないんだ」

「ちゃんと話す約束だから、そこは正直に話さないと」

「それもそうかも。ね、早く話してよ!」


かなりグイグイ来る。最初の頃と比べるとかなり友好的だ。簀巻きにされていた頃が懐かしく感じる。


「僕は事故に遭ってこの世界に来たんだ。今みんなで探している永遠って名前の幼馴染と一緒に本屋に行くところだったんだ。特に勉強が好きなわけでもなかったし、好きなことをして目的もなく暮らしてた。大通りに来たとき、よくある話だけどトラックが突っ込んできて。僕が永遠を連れてこなければ、かれるのは僕だけで済んだんだ。あの世界で僕達は恐らく死んだ。でもまたこの世界で目覚めた」


そこで一度話すのを止め、ポケットからステータスカードに変えていたキューブを取り出した。


「その時にこれと本が置いてあったんだ。困ったことがあったらこれに聞けって。これで永遠がこの世界にいることを知って、旅をしてる」

「それでここに来たの?」

「うん。アキナ、竜人の巫女なんだけど、異世界人の居場所が分かるから、それを頼りに来たんだ。でも行く先々で色々問題が起きてる。僕にそっくりな男が何か知ってるんだと思う。僕の話もこれで終わりかな」

「うん、ありがとう。こうして人と話すのって久しぶりだったから、なんだか楽しかったなあ」


僕もこうして自分の過去を事細かに話すのは久しぶりだ。短期間に凝縮された記憶が頭の中を行き来している気がする。時間もそれなりに立ち、体が微かに空腹を訴えはじめている。


「じゃあ、私は行くね」


そう言いながら彼女は立ち上がった。一際強い風が吹き、彼女のスカートが風に煽られはためいた。


「ありがとう」


僕に対してかは分からない、彼女の口から漏れた感謝の言葉。それと同時に僕に向けられた笑顔はどこか儚くて、手の届かない、遥か遠くへ行ってしまうような感覚がした。


「またいつか、あなたと会えますように」


彼女は歩いていく。梯子のある所ではなく、床の外側に向かって。その端に立って、再び彼女はこちらを振り返った。


「さようなら」

「っ!? 馬鹿っ、止めろ!」


言葉の意図を理解した時には遅かった。

彼女はそのまま外側へ倒れ込んだ。

何もない所へ、遥か下の大地を目指して。


「ばっかやろおおおお!!」


躊躇う必要なんてない。後を追って僕も飛んだ。やっばい息できない、とんでもない風圧が全身を襲う。それでいて落下速度はとてつもなく速い。地面まで距離はまだあるが、彼女との距離は人一人分くらいはゆうにある。当の飛び降りた彼女は驚いているのか目を見開いている。


くそ、どうやって捕まえる!? そもそも捕まえてどうする!? 勢いを殺さないとどっちも冥府行きだ。勢いに任せて捕まえることなど不可能だしアキナみたいに空を飛ぶことだってできない。


(そうだ、防壁を変化させてトランポリンみたいにすれば!)


前に防壁をイメージで変形させられることを楓さんが教えてくれたことを思い出した。

トランポリンみたいに柔らかく、良く伸びる、勢いを緩和できる大きな防壁を。形状をイメージして彼女の落下軌道上に展開した。詠唱が必要だったら息が出来なくて展開できなかったかも。魔力はごっそり持っていかれたが、朝一だし許容範囲内だ。


彼女が防壁に接触すると、防壁が激しくへこみながら彼女を受け止め、反動を以て上に跳ね上げた。丁度良く僕の目の前に。僕はそのまま彼女を抱きとめた。


「しっかり掴まってて。この先どうなるか分からないから」


彼女は何も言うことなく僕の背中に手を回して抱き付いた。ここからだ、彼女に怪我をさせないように下に降りないと。まるでスカイダイビングでもしている気分だ。パラシュートなんて持ってはいないけども。

僕達はそのまま彼女を受け止めた防壁へと落下していく。だが再び防壁にふれると、防壁は脆くも崩れ去った。


「マジかよ……」


再び自然落下の時間が訪れる。目算だとあと3、400m。迷っている暇はない。迷っているというよりは、焦っていたが。僕は咄嗟の思い付きで斜めに防壁を展開した。変な加工は一切していない、普通の堅い防壁だ。

もちろん当たった時の衝撃はとてつもなく大きい。有無を言わさず直撃した。肩を支点にぶつかったので、どこかの骨が持っていかれた気がする。そのまま斜め下に弾き飛ばされるとそこにもう一枚防壁を。何度もぶつかりながら勢いを軽減していけばやがて防壁の上を転がるだけで済む。ピ〇ゴラス〇ッチよろしくゴロゴロと転がり続けること2,3分、無事に地面に転がることが出来た。地面に転がって右肩がひどく痛むことを再確認。やっぱり折れている。だが優先すべきは彼女の無事の確認だ。


「大丈夫? どこか痛い所とかある?」


彼女は首を横に振った。助けることができてよかった。安堵のあまり口から思わずため息が漏れた。


「……どうして?」

「え? 何か言った?」

「……どうして、私を助けたの? 助ける義理なんて、ないのに……」

「急に自殺しようとした人を止めるのは、普通じゃないかな?」


正直言ってしまえば条件反射、気が付いたら体が勝手に動いていた。だけど、


「あんな哀しい笑い方をする人が、本心で死にたいと思ってるわけがないと思ったんだ」

「……!」


彼女は僕を大きな目で見つめている。やがて目から零れ出たのは、一筋の涙だった。


「諦めて、現実を受け入れて、死んで逃げることは僕はダメだと思う。だってそんなの、悲しすぎるじゃないか。だから、君を助けたんだ」


「心の底から、嬉しい気持ちで笑って欲しかったから」


彼女は泣き続けている。その表情をを見られたくないのか、胸元に顔をうずめてしまったが。

人は儚くて脆い。誰かと助け合わないと、とても苦しいんだ。


「僕達が、君の居場所になる。みんな優しいし、きっと大丈夫だと思う。嫌だったら他のところを当たってみるし……」

「……それでいい、あなた達に、付いていきたい」


抱き付いたまま彼女は答えた。


「……名前、聞いてもいいかな」

「……ゆうり、崎原悠莉さきはらゆうり

「僕は一宮和人。これからよろしくね」

「うん……ねえ、もう少しだけこのままで、いい?」

「いいよ、いつまでも」

「ありがとう……お兄ちゃん……」


か細くなっていく声。最後の方はよく聞き取れなかったけども、落ち着いてくれたことは確かだった。

そうして悠莉はしばらくの間、僕に抱き付いていた。すぐ近くで、悠莉の鼓動を感じる。今確かに、僕達は生きているんだ。一度守ると決めたんだ、



必ず、守ってみせる。

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