異形
お待たせしました。
4月7日追記 本文の一部加筆
「カズト、見つかった?」
「いや、それらしき物は見えないね。もっと遠くにあるのかも」
「では捜索範囲を更に広げよう。もう日も暮れる頃だ、悠長には探していられないぞ」
見つからない。彼女が言っていた祠を探してかなり経つが、それらしき建築物は一つも見当たらない。見えるのは枯れ木と枯れ葉だけだ。ぐるぐると円形に捜索しているが、これで10周目だ。単純計算で3キロ。もうそろそろ見つかっても良いのではと思うが、現実はそうはいかない。アキナがへばってきているのが見える。
「アキナ、休まなくても大丈夫?」
「ううん、平気。今止まったら皆に迷惑が掛かっちゃうじゃない。これくらい我慢しなきゃ」
そう言って「ファイト、私!」と気合いを入れる。休む気は無いようだ。十分な食事も摂らずにここまで来ているので、何か食べた方がいいよね。僕は魔力でブドウ味の飴をいくつか出すと、アキナ達に配った。
「じゃあ、これでも食べて。アルカネとノノさんも」
「カズト、これ何? 初めて見るわ」
「飴だよ。この世界にはあるのかな? 多分あると思うけど、極端に言えば砂糖の塊。口の中で舐めて溶かすんだ。美味しいよ」
「ほんとだ! 果物の味がするね!」
「ふむ、この味はブドウだな。よく出来ているものだ」
「甘くて美味しいわね。他にも違う味とかはあるのかしら?」
「色々あるよ。僕の世界の果物だったら何でも。他にもあるけど、果物の味の方が美味しいかな」
皆にはかなり好評のようだ。甘い物を摂っておけば体の熱源はある程度確保できる。気休め程度だがないよりはマシだ。皆に違う味の飴をいくつか配り、探索を再開する。
それから更に5周すると、木々の間に石造りの物が見えた。近づいてみると、かつて祠であっただろう物が辺りにただ散らばっていた。
「ばらばらだねー」
「自然に壊れたとは考えづらい。誰かが壊したのだろう」
粉と言えるぐらい粉砕されているその祠の中には、お供え物だったのか潰れた花や果物が混じっている。その瓦礫の中を探ると、何かの紋様が刻まれた小さな木材が真っ二つに割れた状態で発掘できた。
「これって御神体とか何かだよね……?」
祠とかって何かを祀ったり封印してたりする印象が強い。それが破壊されているとか嫌な予感しかしない。後であの子に確認をしよう。
「ノノさん、残りの祠も急いで探しましょう。この木材が楔の役割を果たしていたのなら、何かの封印が解かれているかもしれません」
「承知した。全員、身体強化で探索速度を上げるぞ」
「はーい!」
「分かったわ」
今までよりも速く、早く、祠を探して回る。
それから見つかった祠は4つ。どれも同じ造りで、どれも同じように壊されていた。もちろん中の木材も同様に割られていた。手遅れだったようだ。
「他にも祠ってあるんですかね」
「大樹の守護者も詳しい数は言っていなかったな。一度帰還してみてはどうだろうか、少年」
「分かりました」
原因の特定とまではいかないが、異変は確認できた。彼女に報告はしておいた方が良いだろう。全員を集め、一度大樹の元へ戻ろうとした時、僕は何かの気配を感じた。後ろを振り返るが、何もいない。そんな様子を不審に感じたのか、アルカネが駆け寄ってくる。
「カズト、どうしたの?」
「いや、何かいた気がして……」
「もしかして魔物かしら。前襲われた時と同じ夜だし、警戒して行動しましょう」
魔物? そんな気配じゃない。もっと大きな、無邪気な悪意。かなり薄いけど、確かに感じる。遠く遠くにそれがいることを。気配の主がそこにいることを。
「ごめんアルカネ、先に行ってて。すぐに戻る」
「あ、ちょっとカズト!?」
アルカネが呼び止めるのにも構わずに、僕はその気配の方へ駆け出す。時々枯れ枝が体に引っかき傷を付けていくが無視して突き進む。
変わり映えしない枯れ木の中を走り続け、徐々に気配が大きくなっていく。それと同時に、感じていた気配が悪寒へと変わっていくのも感じた。
(この先に何がいるんだ……?)
好奇心にも似た興味がなぜか沸き上がってくる。待っているのはまともではないと分かっているのにだ。
進み続けると、枯れ木すら無くなった荒れ地のような所に出てきた。地面には沢山の倒木が転がり、ここもかつて森であった事が窺われる。また、鳥や動物の横たわる姿もある。近づいて触ってみるが、呼吸はしていなかった。
「あんまりだ……一体どうなってるんだ?」
失われた森の範囲はかなり広い。もしかしたらここを中心に森が枯れ始めたのかもしれない。ささっと探索して戻ろう。アルカネ 達が心配する。
そうして探索を始めようとしたとき、視界の遠くに大きい何かを捉えた。何だあれ、前に戦ったゴリラより大きいぞ。見つかったらマズそうなので倒木に身を隠しながらそっと覗き見る。
一言で言えば合成獣。ただ、キメラと言うにも少し違う気がする。頭部は熊の頭と鹿の頭が左右半分ずつくっついていて、手足は、なんだろう。黒くがさがさしてそうな毛と異常に爪が鋭いのは見える。サイズ的に突き刺さったら一瞬で挽肉になりそうだ。
一番目を引いたのは胴体だった。ブクブクとなぜか泡が立ち、光る緑色の液体が止めどなく垂れ続けている。そこから数えるのも億劫になる数の動物の体、手足、頭が突き出ていて、不気味に佇んでいる。それ以外にも木や細かい石片が表面に浮き出ていた。
背中には鳥の翼を持っている。ただし飛べるかどうかは不明だ。飛ばなくても跳躍して滑空とかはしてきそうだが。そのごちゃ混ぜになった生き物はスフィンクスのように座り込み鎮座していた。目を瞑っている事から寝ているようだ。あれが今回の森が枯れている原因で間違いないだろう。戻って報告しないと。
その場を後にしようと立ち上がった時、足元の石が酷く軋み歪な音を立てた。ただ普通に歩くときより少し大きな音が立っただけだ、起きることはないだろう。念のため振り返るが、起きる様子は見られない。
(よかった……)
身を翻して元来た道を身体強化で素早く引き返し、僕は大樹の元にある一軒家へと駆ける。数分走ればそこにはすぐに到着した。
ただし、そこは元見た大樹のそびえ立つ緑豊かな土地ではなくなっていた。緑から赤へ、綺麗と言えるほどに染め上げられていた。
鼻につく濃い死臭。むせ返る血の臭い。辺りには沢山いた動物たちの亡骸が横たわっている。死に方は皆様々だ。首のないもの、深い傷を負っているもの、真っ二つに切り裂かれて体の分断されたもの。そんな惨状を目の当たりにして、不意に吐き気がこみ上げてきた。近くの枯れ草の茂みへ走り中身を吐き捨てるともう一度、辺りを見回す。
動物たちの死骸以外には特に何かが起きた形跡はない。一軒家の方も壊れたりはしていないようだ。
「っそうだ、アルカネ達は!?」
気を取られていた。先に戻ったアルカネ達とここに居た彼女は無事か!?
居そうな場所は一軒家くらいしか無い。動物たちを踏まないように歩き、一軒家へと走る。静かに戸を開くと、僕を丁寧に縛り上げてくれた彼女はベッドに横になって、アルカネとアキナは壁で二人寄り添うようにして寝ていた。ノノさんの姿は見えない。外だろうか。
一度外に出てノノさんの姿を探すが中々見つからない。どこに居るんだ?
「少年、上だ」
「うぇっ?」
急に呼びかけられ奇妙な声が出た。見上げると、大樹の太い枝に腰掛けるノノさんの姿があった。僕に向けて手招きしてる。結構高いけどどうやって向かえば良いんだろう。防壁の階段でも作った方が早いかな。
魔力で防壁の階段を作り出し、ノノさんの座る枝へと向かう。うわ、上ってみるとやっぱり高い。落ちたらマズいし柔軟性のある防壁を周りに張っておこう。
「少年、もうこの辺りの様子は見たか」
「……はい。僕達のいない間に何があったんでしょうか」
「それは彼女しか知り得ないだろう。私から答えることは出来んさ。それで、単独行動をして何か成果はあったのか? 少年」
「滅茶苦茶大きい魔物がいました。色んな動物とかの姿が混じり合ってて、食べたものをそのまま吸収しているんだと思います。今回の森が枯れていく原因で間違いないと僕は判断します。あの祠のこともありますし」
またあの姿を見ないといけないと思うとぞっとする。不気味だし大きいし強そうだし。
「私達がここに来たときには既にこの有り様だった。手掛かりを探そうにも報告しようにも彼女は眠っているからどうしようも無い。起こせばいい話だが、安らかな寝顔を見てしまってはな」
ここからは下が一望できる。広い緑の中に赤い斑点が無数に散らばって、沢山の命を費やした死のアートで彩られていた。
「私は見張りを兼ねて朝まで起きている。少年は寝ておけ」
「ノノさんは大丈夫ですか? 無理してませんか?」
「気遣いには感謝するが、心配には及ばんよ。一夜ぐらいどうということはない。折角美しい月が昇っているのだ、眺めるのもたまには良いかと思ってな」
いわれてようやく気付く。夜空には月が煌々と輝いていた。日本よりも遙かに大きく明るい月が、森を、僕達を照らす。
「分かりました。じゃあ、先に寝させて貰います」
「うむ、ゆっくり休むといい」
会釈をして、枝から降りて一軒家へと向かう。寝る場所はもちろん床だ。横になると邪魔になりそうだから、部屋の隅に縮こまって寝よう。
再び戸を開くと、さっきまでベッドに横になっていた彼女が起きていた。椅子に座ってぼーっとしている。声、掛けても大丈夫かな?
「あの、おはよう」
「…………」
応答無し。無視は辛いよ? もう一度声を掛けようとすると、彼女がこちらを振り返った。
「……え? なんで!? なんでここに居るの!?」
「なんでって、探索が終わったから戻ってきたんだけど……」
「嫌、来ないで……消えて……また私を殺すの? 何度殺せば気が済むの?」
マズイ、何か話が噛み合っていない。彼女から感じるのは怯えと恐怖と、そして殺意。椅子から立ち上がり歩み寄ってくる彼女の表情はない。地の裂け目から湧き出る清水のような涙だけが頬を伝ってこぼれ落ちていった。
「見たくない、見たくない見たくない見たくない!」
「ちょっと待って! 何か誤解してるよ!」
「あんたなんて……あんたなんて……!」
不意に彼女は僕に抱きついてきた。急に飛び掛かられたので体制を維持できずに床に押し倒される。その直後、呼吸が出来なくなった。視界には、涙を流しながら怒りに身を任せて僕の首を締め上げる彼女が映っていた。
「死んじゃえ……!」




