森の呪い
お待たせしました。
2日かけ僕たちは村に戻ってきた。時間が大幅に短縮されているのは辿ってきた道を引き返して来たからだ。身体強化で移動速度を上げればどうということはない。
約1週間ぶりに戻ってきた村は、初めて来たときと比べて少し静かに感じた。いや、少しどころではない。誰もいないのではないかと言うくらいに静かすぎる。少なくとも、村に何らかの異変が起きているのは確かだった。
「アキナ、外に人が出ているか確かめてくれるかな?」
「分かった! すぐに行くね!」
「お願い。頼んだよ」
荷物を受け取ると、アキナは魔力の翼で空高く飛び上がる。村はさほど広くはない。上から見渡して探すつもりなのだろう。ソルトさんの家に着くころに、アキナも同時に戻って来た。
「どうだった?」
「だーれもいなかったよ。静かすぎて怖いくらい」
やっぱりか。神隠しの類か、誰かの仕業か。僕たちがいない間に何が起こったのか、ソルトさんに確認しようと思い、家の中に入る。
「ただいま戻りましたー!」
帰宅を告げるが、僕の声だけが反響して帰ってくる。外は明るいというの返事を返してくれる人は誰一人いなかった。
「カズト、何かおかしいわよね?」
「念のため安否確認をしよう。僕はソルトさんを探すから、アルカネ達は手分けしてミィさんとかを探して。確認が取れたらリビングに集合しよう」
「分かったわ」
「はーい!」
「了解した」
皆が散開し、様子を確認しに行った。さて、ソルトさんはどこにいるだろうか。とりあえず最初に案内された部屋にでも向かおうか。
階段を上がり、ソルトさんと初めて会った部屋に向かう。ノックをすると、微かに声が聞こえた。戸を開くと、初めて会った時と同じように部屋の隅に縮こまっていた。
「やめてくれ……そんな空気中に浮いた鬱陶しい埃を見るような目で私を見ないでくれ……」
「そんな目で見てませんよ……ただいま戻りました、ソルトさん」
卑屈なんだかよく分かんないんだよなこの人。
「なんだ、き、君たちか。村の様子には気付いているだろう?」
「はい。誰一人、外に居ませんでした。僕たちのいない間に何があったんですか?」
「全員来ているんだろう。集まって話をした方がいい。下の居間に行こう」
部屋から出たソルトさんの後を追い、みんなで食事をしたリビングに移動する。後からアルカネ達も戻ってきて間もなく全員が揃った。
「集まったか。辿り着いたときに異変は感じていたはずだ。今、私が知りうる範囲で全て話す」
一度咳払いをして、ソルトさんは話し始めた。
「まず、村の外に人が居なかったことについてだ。今この村では私以外の全ての村人が覚めない眠りについている」
「先ほどあなたの家族の様子を確認したが、息はしていたが目覚める様子はなかった。覚めない眠りとは今言ったことで間違いないか?」
ノノさんがミィさんたちの様子を事細かに話す。呼び掛けたり揺さぶったりしても規則正しい寝息を立てるだけで何も変化がなかったそうだ。
「ああ、間違いない。そうなったのは2日前だ。朝起きた時、いつもあるミィの姿がなかったんだ。その時は寝坊だろうと思い特に気に留めることもなかった。だが夜に帰ってきてもミィも子どもたちの姿もない。不審に思って部屋を訪ねれば皆眠っていた。何をしても全く起きる気配はない。それは日が変わっても同じだった。私は何もできない……」
悔しそうにソルトさんは拳を自分の太ももに叩きつける。2日前。僕があのボロボロの男に気絶させられた次の日だ。恐らく気絶した直後に何かを行った結果、今のような被害が起きたのだろう。
「原因の想定は出来ますか?」
「いや、全くない。今までこのようなことは一度もなかった……」
僕の問いにソルトさんは首を振る。手掛かりなしから原因を突き止めるのは骨が折れそうだが、ここは協力しなければいけないだろう。
「僕たちもお手伝いします。皆もいい?」
そう言ってアルカネ達の様子を伺えば、みんな頷き返してくれる。
「済まない、もてなすべき客人に頼ることになるなんて……」
弱々しい声と共にますます小さくなるソルトさん。なぜか見ているこっちが申し訳なくなるくらいだ。
「気にしないでください。これくらい、当たり前ですから」
さて、当てになりそうなのは現時点では大樹の元に居た異世界人だけだ。僕を気絶させた男の方は行方をこれから追うのは困難だ。ただし、僕たちはすでに1度警告を受けている。次近づいたら何をされるかは分からない。考えれば考える程に溜め息が漏れる。初めから選択肢なんて残されていないじゃないか。
「とりあえず昼を食べたらもう一回森の奥へ向かおう。あんまり悠長に構えてると取り返しのつかないことになるかもしれない」
「少年の言う通りだ。今回の事例は病気ではなく魔法や呪いの類だ。早急に解決する必要がある」
呪い? どういう意味なんだ?
「呪いって、ノノさんは眠りから覚めないのが何か知ってるんですか?」
「詳しくは知らないが、似たような事例がいくつかある。例えば、とある禁呪を使った代償として術者とその周囲にいた者たちが死に絶えた実話がある。他にも死者の怨念が呪いとなってかかわった者たちを苦しめたり、とな。今回のこれも、呪いの現象として似通った部分がある」
一体誰が? ただ暮らしていた家族を呪うような人が居るのか?
「呪いの場合は病気とは違い、根源を断たない限り何をしても治すことはできない。呪いの進行を遅らせることもできない。この呪いが命に関わりのない呪いではないという確証はどこにもない、時間との戦いになるぞ、少年」
そこまで言われたら今すぐ行動するしかない。立ち上がって部屋をを出ようとしたとき、ソルトさんに呼び止められた。
「待ってくれ、君は、森の奥で何を見た?」
何で急にそんなことを聞くんだ? 一瞬困惑したが、見たこと全てをソルトさんに話した。僕が言い終わると、思案顔でソルトさんは呟いた。
「やはり君たちも見ることが出来たのか……恐らくだが、その大樹がその呪いとやらの原因ではないだろうか」
「大樹がですか?」
あの大樹は何か特別な樹なのだろうか。見た時の外観からはとても呪いを発しそうな雰囲気はなかった。
「あの大樹はかなり大きい。それなのに、普通の者は近づいても大樹を捉える事は出来ない。限られた人しかその姿を見ることはできないんだ」
「ソルトさんも見たことがあるんですか?」
「ああ。そこで男の守護者に出会わなかったか? 私が視線を合わせられなくなったのはその守護者が原因なんだ」
「いや、守護者はいたが男ではなく若い少女だった。周囲には沢山の動物がいたな」
ソルトさんの問いに答えたのはノノさんだった。ソルトさんは想定していた答えとは違ったようで首を捻っている。
「守護者が変わっているのか? 寿命が来たのか、何者かに殺害されたか……まあ今考えても仕方がない。あの大樹はこの森の守り神だ。森に異変が起きれば大樹にも異変が起きる。間接的に私たちにも異変が起きているはずなんだ。引き留めて済まない」
「いえ、こちらも情報の整理が出来て良かったです。任せてください。必ず解決してみせます」
「恩に着る」
お世話になった人たちを助ける事くらい当たり前だ。急いで大樹の元へ向かおう。そこにいた彼女が大樹の守護者なら森の変化について何か知っているはずだ。
ソルトさんの家を出て、魔力で食事を用意する。今回は時間をかけないためにサンドイッチを出した。魔力の汎用性は異常だと最近感じてきた。
「食べ終わった?」
「ええ。ほらアキナ、早く食べて」
「まっふぇえ、ひまほひほふから」
もごもごと話すアキナ。最初はゆっくり食べていたが、アルカネに急かされ口に詰め込み過ぎたせいでリスのようになっている。年はそれほど離れてはいないけど、やっぱりまだ子どもって感じがする。
ノノさんとアルカネはすぐに食べ終わったのだが、アキナは食べ終わった後にお代わりを要求したのだ。それが今出発が遅れている原因になっている。
「アキナは食べさせながらでもいいから出発しよう。遅くなると取り返しが付かなくなるかもしれない」
「賛成。ほらアキナ、出発するわよ」
「んぐっ、はーい!」
提案した直後、アキナが最後のサンドイッチを飲み下し元気よく返事をした。
「今回は2回目の接近になる。戦闘に発展する可能性が高い、警戒しながら、かつ迅速に進むぞ」
「了解です、ノノさん」
僕たちは、大樹を目指して再び歩き始めた。
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それから二日、帰還時よりも少し遅いペースで僕たちは森を進んでいた。
「なんか森に元気がないよー?」
「うん、枯れ葉が多くなってる気がするわ」
アキナとアルカネが違和感を話す。言った通りで、緑の生い茂っていた森は姿を変え、枯れ木や散った葉が目立ってきた。以前来た時はこのようなことはなかったはずだ。これもなにかの呪いなのだろうか。用心じて進もう。時間が絡んでいるため、僕たちは夜も進む。進めば進むほど枯れ木は増え、森が森の姿を失っていく。時間の経過とともに呪いの進行も進んでいるのだろう。
歩みを進め、一歩踏み込んだあるとき、突如目に移る風景が変化した。さっきまではどこにも見えなかった大樹が姿を現したのだ。大樹はまだ緑を保っていた。いや、風景が変化してからは、枯れた木はどこにも見えない。これってもしかして結界の一種なのか? そんな僕の思考はノノさんの叫び声にかき消された。
「っ! 少年、弓矢だ!」
弓!? もうあの異世界人の警告の範囲内だったのか!?
「『防壁!』」
咄嗟に全方位に防壁を張る。数秒後、防壁に何十本もの木の矢が突き立てられた。しかし防壁には刺さらず、軽い音を立てて地面に転がっていく。
「はは、私たちには過ぎた歓迎だな。前回といい、もう少し控えめでも構わないぞ?」
「……警告はした。犯人は貴方達だったのね」
奥から歩いてきたあの時と同じ少女は言い放つ。脇には以前見た人型の木が無数に存在しており、弓ならず剣や斧を携えていた。殺す気満々だ。
「犯人って何だよ!? 僕たちは君に話をしに来ただけだ!」
「……なら、武装を全て解除して。拘束されるなら、話を聞いてあげる」
僕達は随分と信用がないようだが、話を聞いてもらうには向こうの要求を呑むしかない。少し話し合いをして、防壁を解除し持っていた荷物を全て地面に投げ捨て両手を上げた。少女が杖を振ると、蔦が地面から飛び出し、アルカネ達の手首をがんじがらめに縛り付けていく。僕も手首かと思ったのだが、
「なんでかな……」
僕は簀巻きだった。男女の格差がひどいと思う。これじゃ身動きがとれやしない。虫のようにうねうねと揺れるくらいだ。もしかして意図的?
「……付いてきて。場所を移す」
「ちょっと、流石に簀巻きは動きづらいんですけど……てか歩けないんですけど、解いてくれませんか?」
「…………嫌だ」
「ねえ何で!? 何で僕だけ!?」
喚いても無駄でした。そのまま人型の木に荷物のように担ぎ上げられ、大樹へと僕達は近づいていく。案内されたのはぽつんと建っていた家の中だった。アルカネたちには椅子が用意されたが、僕は床に放り投げられた。頭を強く打ち、痛みが広がるが、やたらときつく縛られた蔦のせいでのたうち回ることすら許されない。床は転がれるけど。捕虜みたいだけどもうちょっと人道的な扱いを求めたい。
「……じゃあ、質問開始」
宣言と共に、圧倒的に優位に立つ異世界人の少女による尋問が始まった。
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